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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 湖畔に築かれた集落は、かつてそこに存在した種族の繁栄を物語る遺跡に囲まれていた。古代の建造物は壮麗さを維持しながらも、時のなかで荒廃し石柱は傷つき、壁に刻まれた碑文は削られ歴史的な重みだけを静かに感じさせるものになっていた。


 それらの建造物は失われた種族の墓標のように立ち並び、先人たちの知恵と力強さを現代に伝えているように思えた。


 しかしその壮大な風景は、残忍な部族の襲撃と共に血塗られた悲劇に染まる。かつて部族の人々が祈りを捧げた石柱は倒され、日々の暮らしの中心だった住居は焼け落ち、燃え盛る炎によって(かて)が奪われてしまった。辺りには灰が降り積もり、忌まわしい腐敗臭が漂い、生命の息吹を吸い尽くしたような絶望的な気配に(おお)われていた。


 集落を浄化するためにやってきたルズィたちは、血液が付着した石畳のあちこちにキピウの腐乱死体が転がり、〈青の魚人〉の遺体が横たわっているのを目にする。彼女たちの姿は痛ましいほどに無残で、突然の不幸によってもたらされた悲劇そのものを見ているようだった。


 壁に寄り掛かるようにしてうずくまる魚人の遺体がすぐ近くにある。その身体(からだ)には襲撃者の残虐な行為が刻み込まれていた。かつて穏やかな生活があった場所は、死と絶望が支配する廃墟と化してしまっていた。


 痛ましい姿勢で横たわる彼女らの身体(からだ)は、残忍な攻撃で斬り裂かれ肢体は血にまみれ、無慈悲に刻まれた傷痕が痛みと苦痛を物語っている。荒れ果てた通りには、襲撃者によって放り捨てられたままの毛皮や食料品が散らばり、略奪が行われたことが(うかが)えた。


 円錐形の住居の内部では、炭化した複数の遺体が確認できた。収縮した筋肉の所為(せい)で手足が奇妙な角度で折れ曲がり、かつて生命を宿していたモノの末路を示していた。


 炎に包まれる恐怖のなかで、彼女たちは最期の瞬間まで苦痛に耐えなければいけなかったのだろう。そのときに生じた強い感情が混沌の影響を受けて、魂の残滓(ざんし)として(あた)りに漂っているように感じられた。


 アリエルは集落に広がる悲惨な光景を見つめながら、その場所に残る濃厚な混沌の気配に顔をしかめる。すると焼け落ちた住居の中で(くす)ぶっていた木材から煙が立ち昇るのが見えた。炭化した遺体の周りには破壊された家具が散乱し、燃えているモノもある。


 遺跡の壁には、〈黒の魚人〉の戦士が残した獰猛な爪痕や、呪術師が放った〈氷槍〉によって削られた痕跡が見られた。地面に突き刺さった無数の矢と槍が、苛烈な戦いを思い出させた。


 焼け落ちた住居の間を歩く青年の視線は湖に向けられていた。曇り空だからなのだろう、水面はどこか不穏で、敵魚人やキピウの腐乱死体が浮かんでいる。そこには生活用品や破壊された干し籠も浮かんでいる。かつて美しい花や装飾品で仕立てられた毛皮が、無残な姿で汚泥に落ちている。


 集落に生き残りがいないか調べながら、〈浄化の護符〉を使って混沌の瘴気を払っていく。その間、何度か悪鬼に取り憑かれた魚人の死体を相手にする必要があったが、ノノとリリが問答無用で浄化していったので、部隊に被害を出すことなく作業を進めることができた。


 その作業には、アデュリを含む〈青の魚人〉の戦士たちが同行してくれていたが、彼女たちは深く傷つき悲しみに暮れていた。それは彼女たちの言葉を理解していなくても分かることだった。集落が襲われ、家族を殺され、生活の基盤が奪われた。子どもを殺された親もいるし、親を殺された幼い子もいる。


 その悲劇は、あるいは避けられたことだったのかもしれない。しかし神々の血を受け継ぐ者たちのなかにも、運命を変えられるような力を持つ者がいないように、我々〈森の子供たち〉は運命に翻弄され続ける。そこから抜け出す術を知らないままに。


 敵魚人の死体を集めたあと呪術の炎で焼却することになったが、〈青の魚人〉を葬るさいには特別な儀式が必要になるということだったので、敵魚人は別の場所で焼却されることになった。


 残念ながらその特別な儀式を見せてもらうことはできなかったが、湖に浮かべられた遺体が、水中から出現した無数の触手によって水底に引き込まれていく光景を遠目に見ることができた。


 あの触手は、遺跡を守護している生物のモノなのかもしれない。〈青の魚人〉は、その生物と何かしらの契約を――たとえば遺跡を管理する代わりに、そこに住まわせてもらうような簡単な取り決めがあるのかもしれない。いずれにせよ、〈青の魚人〉たちの遺体は湖の底に葬られることになった。


 集落の浄化が終わると、アリエルたちは遺跡の転移門を使って〈白冠の塔〉が設置されている野営地に戻った。そこには〈青の魚人〉のための拠点が準備されていて、周囲にはノノとリリの呪術を使って木材と土嚢による堅固な障壁が築かれていた。


 魚人たちがもとの生活を取り戻せるように、集落の復興作業は続けられることになったが、それまではこの野営地で一緒に生活することになった。


 その間、ルズィは(みずか)ら指揮する別動隊を編成して、ウアセル・フォレリと共にアデュリの部族が暮らす遺跡に(おもむ)いた。そこで転移門を起動して、その(そば)に浮かび上がる光の地図を確認しながら、現存する転移門を使って〈空間移動〉できる遺跡の位置を調査した。


 かれらの目的は〈境界の砦〉の近くにある転移門を探すことでもあった。遠征は想定していたよりも時間が掛っていて、これ以上、砦を留守にすることはできなくなっていた。


 けれど、やっと森から出られる〝鍵〟を手に入れたのに、今さら遠征を中断するわけにもいかなかった。そこで転移門を使って、一時的に東部に帰還することを考えたのだ。そしてその作業を続けながら、森から出るための特別な転移門を探した。


 しかしその作業は難航する。東部の多くの地域では転移門がある遺跡は崩壊していて、そもそも転移できなかったし、森の外で出るための特別な転移門を起動するには照月(てるつき)來凪(らな)と龍の幼生がいなければいけないのか、その門がある場所の手掛かりすら(つか)めなかった。


 野営地の警備を任されたアリエルは、〈青の魚人〉と交流を続けながら、〝老いた豹人〟に会うため、アデュリの遺跡に何度か(おもむ)いたが会うことはできなかった。彼に会えれば、転移門がある遺跡に関する手掛かりが得られると考えていたが、物事は都合通りにいかなかった。やはり照月(てるつき)來凪(らな)の能力〈千里眼〉を使い、地道に探すほかないのだろう。


 ちなみに黒い影を取り込んだ得体の知れない〝(まゆ)〟は〈白冠の塔〉にあるアリエルの部屋に持ち込まれ、そこで調査されることになった。


 心臓のように鼓動する繭が熱を発しているからなのか、龍の子が絡みつくようにして眠っている姿が見られたので、危険なモノではないと考えていたが、引き続きノノによって管理されることになった。ソレは今も大気中から呪素(じゅそ)を取り込んでいて、生命を形作っていたが、その時が来るまで見守ることしかできなかった。


 そうして裏切りや多数の犠牲を出しながらも、遠征隊はついに望みに手が届く場所までやってきた。しかし彼らの本当の願いは森から出ることだけではなく、外の世界から得られる富で森の部族の暮らしを豊かにすることだった。


 そしてこれまでに聞かされてきた噂話や伝承が正しければ、そこには森の同胞と異なる未知の文明や信仰があるはずだ。それら異種族が遠征隊を歓迎しないことは、火を見るより明らかで、仲間を失った状態で困難な戦いが続くと予想された。


 でもとにかく、あらたに手にした転移門を操作する能力を使い、これまで同様に道を切り開いていくしかないのだろう。

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