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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 思わず怖気づいてしまうようなグロテスクな姿をした獰猛(どうもう)で、恐ろしいムカデが突進してくるのが見えると、ノノとリリは不可視の障壁を広範囲に展開して進撃を阻止する。目に見えない壁に勢いよく衝突すると、ムカデの背に乗っていたキピウが投げ出され、遺跡の壁や地面に叩きつけられて血液やら骨片を撒き散らしながら息絶える。


 襲撃部隊を実質的に指揮していた〝網目の魚人〟が排除されると、集落を攻撃していた魚人たちは形振(なりふ)(かま)わず逃げ出すようになった。しかし呪術師たちは追撃を恐れていたのだろう。〈キピウ〉の()れを呼び寄せ、集落を襲わせることで時間を稼ごうとした。それは味方に犠牲を強いる卑劣なやり方だったが、効果的に機能した。


 ルズィたちがキピウの群れに苦戦している間に、集落を襲った〈黒の魚人〉の戦士たちは〝黒い沼地〟まで撤退することに成功する。もっとも、敵魚人は多くの犠牲を出してしまっていて、半数も撤退できなかった。替えのきかない戦力として重宝される呪術師や、一騎当千の兵でもある網目の魚人を失ったことは大きな痛手になった。


 一方、呪術師たちによって呼び寄せられ、ひどい精神錯乱状態で戦闘を強いられていたキピウの群れは、容赦なく排除されていった。その戦いには同胞を避難させていた〈青の魚人〉の戦士も加わり混迷を極めた。


 しかし呪術師の支援が得られないキピウの群れは、もはや烏合の衆と変わりない。復讐に身を焦がす〈青の魚人〉の戦士たちによって次々と排除されていった。


 群れの仲間を相当数失ったところで、ようやく呪術師による洗脳が解けたのか、キピウは生き残った仲間を連れて森に逃げ帰った。戦場と化した集落は死臭と煙が充満し、見る影もなくなった。遺跡に続く石畳の通りは〈青の魚人〉の負傷者で溢れていたが、もっと悲惨な状況になってもおかしくなかった。


 無数の奇岩に囲まれた遺跡まで避難していた子どもの多くは、この襲撃を生き延びることができた。部族間の争いが日常的に行われているからなのか、彼女たちは慌てることなく冷静に動くことができた。


 それが生きるか死ぬかの分かれ目になったのだろう。普段から〝死〟を意識せず、大人の言うことを聞いてことなかった子どもたちは生き延びることができなかった。けれど死を意識しなければ生きていけないという環境が、そもそも異常なのかもしれない。


 ルズィは立ちはだかる敵を掃討すると、遺跡に向かい、転移門を使って〈白冠の塔〉が設置された野営地に飛び、クラウディアを含めた三人の治癒士とベレグを連れて集落に戻ってきた。


 遺跡には治療を必要とする多くの魚人が集まっていて、仲間を危険な場所に連れてくることを思い悩んでいる暇なんてなかった。治癒士は見慣れない種族に驚いているようだったが、クラウディアの指揮のもと、適切な治療を行ってくれた。


 それからルズィはベレグと協力しながら、周辺一帯の安全確認を行った。敵魚人の生き残りが潜んでいないか、また監視を続けている者がいないか徹底的に探した。負傷していた〈青の魚人〉を襲っていたキピウを見つけると、容赦なく殺し、惨たらしい死骸を見せしめにして臆病な獣が近づかないようにした。


 部族の戦士たちが敗走してもなお、戦意を失わず戦いを続けようとしていた敵魚人も見つけしだい駆逐した。集落を囲む葦原(あしはら)にも多くの魚人が潜んでいたが、ベレグの目から逃れることはできない。魚人の多くが獣のように追い立てられ、情け容赦なく狩られていった。


 体内にめぐらせた呪素(じゅそ)を使い肉体を再生する個体も確認できていたので、首を()ねることは忘れなかった。干し首が好きな部族だ。同じ目に遭っても文句は言わないだろう。


 安全が確認できるまでルズィとベレグは休むことなく敵を殺し続けた。守人としての執念だったのか、それとも罪のない集落を争いに巻き込んでしまった贖罪(しょくざい)だったのかは分からない。が、とにかく彼らは敵を殲滅するまで止まらなかった。


 森の民が血を流しているのなら、誰かが傷口に手をあて止血する必要があった。そして守人は数世紀もの間、その手を血に染めてきた。かれら以外に、その仕事に適した人材はいないのだろう。


 しかし集落の安全が確保されたからといって、すぐに普段の生活に戻れるわけではなかった。ふたたび敵対部族から襲撃される恐れがあったので、ルズィは時間をかけてアデュリと交渉して、ひとまず〈白冠の砦〉が設置してある野営地まで避難してもらうことになった。


 彼女たちは(かたく)なに湖を離れようとしなかったが、黒衣を返り血で染めた守人を見て考えを変えた。部族のために命を危険に晒す者に対して、報いたいと考えたのかもしれない。


 そのころ、網目の魚人との戦いで負傷していたアリエルは、貴重な護符を使って傷を治療していたが、それでも消耗が激しく、しばらく動くことができずにいた。かれは倒壊した遺跡に腰掛けて、ぼうっと戦いの様子を眺めていた。


 無防備な状態でキピウの()れに襲撃されることになったが、豹人の姉妹が敵を近づけなかったので、なんとか生き延びることができた。


 魚人との戦いのなか、アリエルの血に流れる力に反応し、(はか)らずとも青年の戦いを支援することになった〝黒い影〟は、望みのモノを手に入れるため近づいてくる。


 ノノとリリは青年の周囲に半球形の障壁を展開して、黒い影の接近を妨げようとしたが、すべて無駄に終わった。黒い影には物理的な攻撃も呪術も通用しなかった。けれどノノは、その不定形な影に変化が起きていることに気がついていた。それは徐々にではあるが、存在そのものが保てなくなっていて、煙のように霧散しているように見えた。


 その影はアリエルの目の前で立ち止まると、青年を見下ろすように身動きしなくなる。

「……ああ、約束だ」


 青年が胸元から半透明の鉱石を取り出すと、それは脈打つように赤く発光する。その輝きに魅入られるように黒い影は鉱石に近づき、赤い光のなかに吸い込まれるようにして消えていく。


 すると鉱石は熱を持ち、アリエルの手のなかで心臓のように――言葉のまま、肉に(おお)われていき鼓動を始めた。それは大気中の呪素(じゅそ)を取り込んでいるのか、青年の周囲は膨大な呪素で満たされていくことになった。


 驚くことに、その得体の知れない心臓は姉妹の呪素も取り込んでいるようだった。そしてそれらの呪素は血肉に変化し、心臓の鼓動を強めていく。


 生命が誕生しようとしている。アリエルは直感的にそれを感じていた。しかしどのような生命が生まれてくるのかは想像することもできなかった。


 筆舌に尽くしがたい残忍な行為のなかで(はぐく)まれ、その身に底のない怨念を宿した化け物になるのか、それとも己の意思すら持たず、生命あるモノの魂を奪う異形の生命になるのか、それは誰にも分からなかった。しかしアリエルは願った。その魂が穏やかに生きられることを、森の民に愛される生命であることを。


 やがて心臓は(かいこ)(まゆ)のように、月白色(げっぱくいろ)の糸を(まと)い包まれていく。近くでその様子を見ていたノノはホッと息をつくと、アリエルの手からそっと繭を回収して、彼女の呪素によって生成した半透明の膜で(おお)って保護する。


 手に負えない化け物が誕生してしまうことを恐れていたのだろう。ノノは安心したように両手で(まゆ)を包み込むように抱えると、すぐに拠点まで帰還することを提案した。


 激しい戦闘の所為(せい)で集落には濃密な混沌の気配が立ち込めていて、湖の底に潜むモノの恐ろしい気配も肌に感じられるようになっていた。すぐに周辺一帯を浄化することができない以上、消耗していたアリエルを休ませる必要があると考えたのだろう。


 ルズィたちと合流すると、彼女たちは拠点に帰還するための準備を進めた。

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