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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第一章 戦場
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 ミジェ・ノイルが部下に指示を出していく様子を見ながら、アリエルは木製の器に注がれていた酒を手に取り、ノノに飲むか(たず)ねた。彼女は桃花色(ももはないろ)の鼻を器に近づけて、ひくひくと匂いを嗅いだあと顔をしかめる。それを見たアリエルは肩をすくめて、器の中身を口に含んだ。


 喉が焼けるような感覚に満足したあと、彼は軍団長に言葉をかけた。

「我々は外で待機しています」

『うむ。神殿まで同行してもらうつもりだから、あまり遠くまで行くなよ』


 ミジェ・ノイルは、人間の子ども程度なら簡単に叩き殺せる太い尾を振りながら返事をする。それを確認したアリエルとノノは姿勢を正し、軽く頭を下げたあと、天幕に入ってきた小柄な蜥蜴人と入れ替わるようにして外に出た。


 天幕に入ってきたのは女性の蜥蜴人だったのだろう。戦士階級の蜥蜴人と異なり、筋肉で盛り上がった硬い(うろこ)は確認できなかった。けれど本陣では女戦士の姿も見られたので、性別の違いによって強靭な肉体を持てないというわけではないのだろう。蜥蜴人のなかでも氏族によって肉体的な特徴に違いが生じるのもしれない。


 蜥蜴人は運動能力が極めて高く聴覚や嗅覚に優れている。けれどその一方で、蜥蜴人独特の声帯によって、森の部族が使用する言語を口にするのが苦手だった。同様に呪術も苦手とされているが、古代の言語を操り、人間の呪術師を凌駕するほどの奇跡を使用するものも存在すると言われている。


 アリエルは人間の男性ほどの背丈しかない蜥蜴人の女性を見つめる。彼女たちの(うろこ)の色は、森のあちこちで見られる蜥蜴人の戦士たちと同じように、様々な色合いがあり色彩豊かだった。遺伝によって身体的特徴に変化が起きるのは間違いないようだ。


 男性たちは大柄で、頭部にはツノのような突起物が確認できる。まるで鹿のツノのように立派なモノが生えている蜥蜴人もいれば、ヒレ状の優美なツノを持つ個体もいるようだ。女性たちにはツノがない代わりに、頭頂部から背中にかけて艶やかな体毛が生えている。しかし女戦士のなかにはツノを持つ個体もいて、人間のように遺伝的多様性に富んでいることが分かる。


 その蜥蜴人たちから距離を取ると、ノノの声が頭のなかに響く。

『よろしかったのですか』

「神殿で見つけたモノを軍団長に話してしまったことか?」

『はい』

「真実を話さなければ、隠し事があると見抜かれていたかもしれない」


『龍の子はどうするのですか?』

「リリと連絡を取ってくれないか」

『構いませんが……』


「物資を確保しに行ったラファたちが神殿に戻っているころだと思う。彼らが手に入れた旅衣(たびころも)をクラウディアたちに着せて神殿内に待機させておいてくれ。ノノが見つけていた貴重な書物は……そうだな、彼女たちの懐にでも忍ばせておいてくれ」


 アリエルは口を閉じると、周囲で(せわ)しなく働く蜥蜴人を見ながらこれからのことについて考える。クラウディアたちについてはなんとかなりそうだったが、問題は龍の幼生だ。〈神々の遺物〉を手に入れようとしている首長に、龍の存在が知られることはなんとしても避けなければいけない。


 しかし首長の呪術師たちがその気になれば、龍の存在は簡単に露見してしまうだろう。ノノが言ったように、龍という生物は神々に連なる存在だ。だからこそ神官たちは呪術で鍛えられた鎖を使い、龍の存在を隠匿(いんとく)していたのだ。


 あの鎖を破壊しなければ良かったと今頃になって考えもしたが、いずれにしろ、龍を(むしば)む鎖を破壊しなければ、あの子を救うことはできなかった。とにかくアリエルは後悔することは止めた。


 クラウディアたちの今後についても心配だったが、首長は機密文章の重要性を理解している。それを守人が手放すことの意味についても。だから彼女たちの処遇について悩む必要はないだろう。必ず彼女たちのことは手に入れられる。けれどダメだった場合のことも考えなければいけない。


 あの龍には治癒士である彼女たちの能力が必要だ。今まで龍の死について考える機会なんてなかったが、生きているのなら死は平等に与えられているはずだ。〈神々の使徒〉のように、命が尽きたときには身体(からだ)霧散(むさん)して死骸を残さないとも考えられたが、そんな事態に(おちい)らないようにしなければいけない。


 百人ほどの戦士たちが集まり、大規模な部隊になっていくのを眺める。蜥蜴人と人間の混成部隊だ。おそろしく錬度の高い戦士たちで構成された部隊で、その動きに無駄はない。夜襲の必要性を疑うような光景だったが、寒さが弱点である蜥蜴人のことを思えば、彼らが朝方まで戦闘に参加しなかった理由には納得できた。


 軍団長の天幕を警備していた赤い(うろこ)の蜥蜴人が近づいてくる。

「づいてごい」

 アリエルとノノは素直に従い彼のあとについていく。彼の向かう先には、数人の戦士を引き連れたミジェ・ノイルが立っていた。

『我々の準備は整った。そちらはどうだ』


 軍団長は機嫌(きげん)がいいのか、鼻歌を口ずさみながら部下が引いてきた大きな生物に騎乗した。〈ラガルゲ〉と呼ばれるそのモリトカゲに似た生物は、太い胴体にどっしりとした四肢を持つ体長四メートルほどの生き物で、おそろしい姿をしていたが、社会性があり気性は(おだ)やかで人を乗せるために訓練されていた。


 人間の生活圏ではあまり見られない大型生物だが、乗用や荷物の運搬などで重宝されていて、蜥蜴人の生活にはなくてはならない生き物だった。太い胴体を持つため、騎乗するさいには(またが)るのではなく、座椅子のような(くら)に座る形になる。体高二メートルほどの生物なので、騎乗するさいには視点の高さに慣れる必要があったが、乗り心地は快適だという。


 アリエルとノノも蜥蜴人が引いてきたラガルゲに乗るか(たず)ねられたが、ふたりは丁寧に断った。ミジェ・ノイルに付き従う古参の戦士たちを差し置いて、辺境からやってきた守人が軍団長のとなりに並ぶわけにはいかなかった。


 ラガルゲがのっそりと歩き出すと、戦士長の号令と共に部隊が動き出した。蜥蜴人は長い尾を持つので、(くら)に座るとき邪魔にならないのだろうかと疑問に感じたが、なぜか質問することを躊躇(ためら)ってしまう。


『神殿を守っていた部隊との戦闘は大変だったのか』

 アリエルはラガルゲに揺られるミジェ・ノイルの背中を見ながら質問に答える。

「はい。敵守備隊の中には、強力な呪術を扱う能力者がいました」

『〈血を継ぐもの〉たちだな……。わしらも連中と遭遇して大変な目に遭った』


 アリエルたちが神殿内に突入した頃のことなのだろう。彼は適当に返事をしたあと、念話を使い会話を続けた。言葉を口に出す必要はなかったが、ノノに会話の内容を把握してもらいたかったので、そのまま声に出して話を続けた。


「そいつらは、人間の呪術師だったのですか?」

『そうだ』と、ミジェ・ノイルの声が聞こえる。

『始祖ほどではないが、あれだけの能力者がこんな場所に潜んでいたとはな……』


 不意に女性の悲鳴が聞こえるとアリエルは振り返るが、彼の後方には数え切れないほどの戦士たちが隊列を組み行軍していて、声の主は見つけられなかった。軍団長の気まぐれに付き合うためだけに、これだけの数の戦士が移動するのは大げさに思えたが、軍団長とはそういうものなのだろう。


『それにしても、〝始祖〟と呼ばれる連中は、まるで使い捨ての大量破壊兵器だな』

「大量破壊兵器ですか?」

『我々のような者からすれば、あんなモノは能力者でもなんでもない、ただの凶悪な兵器だよ』


 我々のような、と彼は言った。たしかにそうなのかもしれない。蜥蜴人は他の種族より突出した能力を神々に与えられているわけではなかった。呪術に優れているわけでもなく、一騎当千の狂戦士が部族のなかで誕生するのも(まれ)だった。


 彼らが森で、それも他の亜人種よりも繁栄できた理由は、その強靭な肉体に宿る身体能力と、人間にも勝るとも劣らない知識を手に入れることができたからだ。


 だからこそ、たった一撃で、数百、ときには数千の命を、いとも簡単に奪うことのできる神々の子を、とりわけ始祖と呼ばれるものたちを危険な兵器として認識するのだろう。


『我々がどれほど時間をかけて武術を極め、厳しい訓練によって戦士を育てようと、あれらは我々を、何の感情もなく簡単に殺すことができる。憎しみも怒りもなく、無感情に。……お主はアレが恐ろしいとは思わないか?』


 神々の子供たち、破壊の能力者にして無慈悲な虐殺者。彼らは産まれながらにして、その血に流れる破壊衝動と共存することを義務付けられる。それがどれほど恐ろしいものであっても、それを制御する方法を学び、そして権力者たちによって戦闘を強要される。

 そして能力の覚醒と共に殺しを洗練させていく。戦争のためだけに研ぎ澄まされた始祖たちの精神は、もはや兵器のソレと同じなのかもしれない。


「恐ろしいです」

 その言葉にアリエルの感情が乗ってしまったのかもしれない。

『怖がらせてしまったみたいだな』と、ミジェ・ノイルは笑う。感情の(おもむ)くままに。


「お恥ずかしい」

『いや、気にすることはない。それでいいのだ。恐れの感情を持つことは決して恥ではない。お主、部族の(いくさ)に参加するのはこれで何度目になる』

「大きな(いくさ)は三度目になります」


『もうそれほど多くの(いくさ)に参加しているのか。(いくさ)は恐ろしいか?』

「はい。悪夢にうなされることもあります」


『わしも――最初は(いくさ)が恐ろしかった。(いくさ)の何もかも恐ろしかったのだ。地面に転がる死体が放つ腐臭も、自分自身に向けられる刃も。だがな、次第に慣れてくるのだ。同胞(はらから)の死も、他者を殺すことにも。そして気づくのだ。激しい(いくさ)に参加するたびに、なにか大切な感情を失ってしまっていると。しかしそのときにはもう遅い。なにを()くしたのかも思い出せなくなっている』


 それからミジェ・ノイルは荒廃した都市遺跡に眼を向ける。植物が縦横無尽に繁茂(はんも)する大通りには、土と鉱石でつくられた巨大な人形が(たたず)んでいた。彼はそれを見上げ、どこか寂しそうに声で言った。

『そうして我々も、ただの兵器に変わっていくのかもしれないな』

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