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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 やはり〝老いた豹人〟との面識はないのか、ノノとリリの姉妹は祭壇に向かう老人の姿を興味深そうに、そして何処(どこ)か警戒しているような素振りで観察していた。


 祭壇の前に立った老人は、アリエルから手渡されていた遺物を――呪素(じゅそ)によって生成される六角柱状の〈結晶石〉にしか見えない遺物を、そっと祭壇にのせる。すると結晶石は群青色(ぐんじょういろ)の輝きを発しながらフワリと浮かび上がる。


 やがて結晶石は、周囲の光を吸い込むようにして(まばゆ)い光を放ちながら液体に変化して、まるで熟練の職人の手によって球体状に仕上げられた宝石にも似た小さな物体に変化する。呪素が濃縮されて形作られたような奇妙な物体は、触れるだけで爆発してしまう何処(どこ)か不安定な物質にも見えた。けれど老人は気にすることなく手に取ると、遺跡の壁を透かして塔内に侵入してくる日の光にかざす。


上手(うま)くいったみたいだな……』

 老いた豹人は満足そうにグルグルと低く(うな)る。

『これで湖に生息する化け物に襲われずに、無事に島に渡れるようになるだろう』


「化け物……?」

 アリエルが首をかしげると、老人は宝石のように輝く遺物を見つめながら鳴いた。


『かの古代文明が滅びてもなお、律儀(りちぎ)に島を守り続けてきた生体兵器のことだ。残念ながら、わしは島に同行することはできないが、この遺物がおぬしらを島まで導いてくれるだろう……。なに、心配することはない。すでに段取りはつけてある』


 それから老人は杖を突きながらアリエルの目の前までやってくると、青年に遺物を手渡しながら言った。

『これがあれば転移門の〝鍵〟は完成する。しかし誰も彼もが利用できる状態は避ける必要があるだろうな……。そこで遺物にちょっとした細工をしておいた。これで厄介な面倒事に巻き込まれずにすむだろう』


 どうやら〈白冠の塔〉につながる転移門を開く呪術器のように、あらかじめ利用者の情報を――血液を使った昔ながらの方法で登録する必要があるようだ。


 老いた豹人から遺物を受け取ったときだった。不意に周囲が暗くなり、なにも見えなくなる。無意識に照月(てるつき)來凪(らな)に視線を向けるが、彼女と龍は無事だった。龍の気配を消すために使用する角灯(ランタン)に照らされていて、暗闇の中で彼女の姿がぼんやりと見えた。


 ノノが呪術で生成した照明を浮かべて周囲を照らすころには、老人の姿は見えなくなっていた。かれが話した転移門と鍵について(たず)ねようとしていた矢先の出来事だったので、少々困惑したが、そもそも神出鬼没(しんしゅつきぼつ)の老人のやることなので、気にしても仕方ないことなのかもしれない。


「必要なモノは手に入れたが、これからどうすればいいんだ?」

 ルズィの質問に答えようとしてくれたのか、魚人のアデュリは舌を鳴らしたあと、我々を遺跡の外に案内しようとする。彼女のあとを追って暗い塔を出ると、遺跡の外周をぐるりと回るようにして島が見える場所まで歩いていく。するとそこには腰の高さほどの台座があり、遺物をピッタリ()()める穴があることに気がついた。


「いかにもって感じの場所だな……。兄弟、気をつけてくれよ」

 アリエルはルズィの言葉に肩をすくめたあと、老人から手渡されていた遺物をカチリと()め込む。その直後、湖から地響きのような低く鈍い音が聞こえ、足元が(かす)かに揺れるのを感じた。異変は湖面にもあらわれていて、白波が立ち水面が泡立つ様子がハッキリと確認できるようになった。


 照月(てるつき)來凪(らな)を護衛していたふたりの武者は、その異様な現象に緊張しているのか、思わず大太刀の柄を握る。豹人の姉妹も湖の異変に困惑しているのか、瞳の色合いを変化させながら枯木(こぼく)の杖をしっかりと握り締めていた。


 やがて水中から石造の白い橋が出現するのが見えた。奇妙なことに橋を支える橋脚(きょうきゃく)はなく、まるで空中に浮かぶように……というより、その橋は空中に浮かんでいた。かつて崩壊したのだろう、いくつかの箇所に分断されていた橋はゆっくりと元の状態に復元しながら、湖の中心にある島まで真直ぐ伸びていく。


 橋が()かる様子を眺めていると、台座に()め込まれていた遺物から、金属を互いに打ち合わせるような甲高い音が聞こえ、穴から遺物が吐き出されるのが見えた。その遺物を回収すると、すぐ目の前に浮かんでいた橋まで歩いていく。


 警戒する照月家の武者とは対照的に、リリも小走りで橋に近づくと、そのまま足をかけて状態を確かめる。もちろん橋が沈むことはなく、浮かんだ状態を維持していた。重力を操作するような、高度な呪術が作用しているのかもしれない。


「とにかく移動手段は確保できた」

 ルズィは島までの距離を目視で測る。

「それにしても、けっこう歩くことになりそうだな……」


 少なくとも三十分ほど歩く必要があるようだ。またいつ橋が沈むとも分からない状態だったので、急いで準備すると、アリエルたちは島を目指して移動を開始する。


 魚人のアデュリも同行してくれるのだと勝手に決めつけていたが、彼女は橋に近づこうとさえしなかった。空中に浮かぶ奇妙な橋を怖がっているとも考えられたが、魚人にとってあの島は禁足地のような、部族に神聖視されているような場所なのかもしれない。


 すると厚く垂れこめていた灰色の雲間から光が()して、不思議な橋を照らすのが見えた。光芒(こうぼう)に照らされて白く輝く橋は、数世紀ものあいだ水中に没していた遺跡だとは思えなかった。

「偶然にはしては出来過ぎているな……」

 ルズィは「やれやれ」と溜息をついたあと、島に向かって歩き出した。


 遺跡で重要な役割を(にな)うことになる照月(てるつき)來凪(らな)と龍の幼生を守るために、ルズィたちが先頭を進むことを引き受けてくれた。その列の左右には豹人の姉妹が配置され、いつでも呪術が使えるように呪素を練る。アリエルは最後尾につくと、周囲に警戒しながら湖を覗き込む。


 古代の遺物だろうか、金属製の翼を持つ巨大な鳥や金属の人型(ゴーレム)、それに破壊された彫像の――人間の背丈ほどある頭部が沈んでいるのが見えた。時折、無数の触手を持った巨大な水棲生物の影が泳いでいくのが見えたが、老いた豹人が話していた化け物の姿を見つけることはできなかった。


 しばらくすると背後から音が聞こえて振り返ると、さきほどまで浮かんでいた橋が再び水中に沈んでいく光景を見ることができた。もう後戻りはできないし、我々以外の生物が島に渡ることもできなくなった。けれど想定していたことだったので、いちいち焦るようなことはしない。老人はアリエルたち以外の誰かが島に近づくことを恐れていた。であるなら、このような仕掛けが施されていても不思議じゃない。


 慎重に移動していた所為なのか、想像していたよりも時間をかけて島に到着する。その頃になると橋の大部分は水中のなかに沈み込んでいた。照月(てるつき)來凪(らな)は帰りのことを考えて、さすがに不安になったが、島のほうにも橋を動かす台座があることが確認できるとホッとして息をついた。


 橋を渡り終えたときだった。まるで目に見えない薄い膜を突き破るような奇妙な感覚を覚えた。その異変に気がついたのはアリエルだけではなかった。それがどのような効果を持つモノなのか分からなかったが、鳥を使って上空から島の偵察ができなかった事と何かしらの関係があるのかもしれない。


 いずれにせよ、目的の場所に到着した。ここからは照月(てるつき)來凪(らな)と龍の能力を使って遺跡を探索して、目的のモノを探す必要がある。


「よう、兄弟」ルズィは周囲を見回しながら言う。

「イヤな感じがする。警戒を怠らないでくれ」

 かれの言葉にうなずくと、六角形の美しい柱状節理(ちゅうじょうせつり)の岩肌を見ながら遺跡に向かう。

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