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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 木材と砂利が敷き詰められた通りを歩いて広場のような場所までやってくると、多くの〈青の魚人〉の姿が見ることができた。しかしやはり種族的の性質なのか、女性ばかりで、生物学的に男性だと思われる個体は見かけなかった。


 それでも子どもの数は多く、やわらかな(うろこ)に黒い泥を塗り込んだ子どもたちが無邪気に遊ぶ様子が見られた。その泥は乾燥して灰色がかっていたが、強い日差しから肌を保護したり、虫除けの効果があったりするのかもしれない。あるいは、部族で見られる魔除けのようなモノなのだろう。


 湖畔の集落では、土地や自然と深く結びついた暮らしがあるようだ。集落の中心には、湖に向かって伸びる砂利道があり、その道の両側には円錐形(えんすいけい)の住居が立ち並んでいる。動物の毛皮に覆われた家々の中では、女性たちが植物や皮を加工したり、湖で獲れる魚を干物にするための準備をしたりする姿が見られた。


 彼女たちも裸の(うろこ)に泥を塗り、皮の腰布を巻き、長い髪は泳ぐときに邪魔にならないように丁寧に編み込んでいた。訪問者であるアリエルたちに興味を示していたが、積極的に関わろうとはしなかった。


 風が吹くと、どこからか嫌なニオイが漂ってくる。集落全体が生臭いのは、どうやら解体所から流れてくる水棲生物の血液だけが原因ではないようだ。魚の天日干しがあちこちで行われていることも関係があるのかもしれない。


 ルズィたちがやってくるのを待っている間、アデュリと一緒に集落を少し散策し用途考えたが、すぐに子どもたちが集まってきて、アリエルたちが行くところについてくるようになってしまった。


 幼い子どもたちは〝老いた豹人〟を見慣れているからなのか、ノノとリリに対する関心は薄いようだったが、(うろこ)のない人を見るのは初めてだったのか、アリエルに対する興味が尽きることはないみたいだった。


 その集落のあちこちに、様々な模様が彫られた石柱があるのが確認できた。石柱の模様や高さには多様性があり、通常のモノは四メートルほどの高さがあり、中には建物二階分ほどの高さがある石柱もある。それらの柱の先端は削られていたり、もしくは破砕されていたりした。


 儀式的な、あるいは宗教的な意味合いで故意に柱の先端が砕かれている可能性もあるが、その理由は分からなかった。それらの石柱は(おおむ)ね、模様が彫られた面が湖の中央に浮かぶ島に向けられているように見えた。


 ほとんどの石柱の彫刻は、設置された位置や方角を意識して彫刻されていて、巨大な水棲生物や植物を描いたモノから、剣、弓矢、盾などの模様が刻まれているモノもある。これらの模様は魚人の文化特有のモノではなく、それ以前にこの地域を支配していた種族のモノだと思われた。けれど彼女たちにとっても石柱は重要なモノなのか、緑に苔生(こけむ)した動物の骨や毛皮で装飾されているのが見られた。


 湖に浮かぶ島を眺めていると、幼い子どもがやってきて、アリエルに魚の干物を手渡す。どうやら一緒に食べたいようだ。アリエルは適当な場所に腰掛けると、干物を半分に千切って子どもと分けるようにして食べることにした。人間が食べても大丈夫なモノなのか分からなかったので、ノノの呪術で安全性を確かめてもらっていたが、それでも未知の食物を口にするのは勇気が必要だった。


 けれどいざ食べてみると、さっぱりとした淡白な白身で、それでいて脂がのっていて大変おいしい。アリエルが感謝して笑みを見せると、幼い子も笑顔になって、白目のない黒曜石のような綺麗な眸で青年を見つめる。と、ほかの子どもたちもやってきて、アリエルたちに果物やら干し肉を手渡そうとする。


 青年が困ったような表情を見せると、アデュリが気を利かせて、子どもたちに注意して解散させてくれる。が、アリエルの隣にちょこんと座って魚の干物を食べていた子は離れようとしなかった。ノノとリリも魚の干物を気に入ったのか、ゴロゴロと喉を鳴らしながら食べていた。


 食事している間、アリエルは幼い子どもに話しかけられていたが、やはり言葉は理解できなかった。それでも彼は子どもとの会話を楽しんだ。舌打ちするような独特な発音で言葉が発せられると、適当にうなずいてから、湖を指差(ゆびさ)しながら気になったことを質問した。すると彼女もうなずいて、質問に答えるように舌を鳴らす。なにひとつ理解できなかったが、退屈することはなかった。


 しばらくすると、集落に到着したルズィたちを迎えに行くため、ノノとアデュリがいなくなる。すると子どもの母親らしき女性がやってきて、アリエルのとなりに座っていた子を引き取ってくれた。そのさい、青年は食事を提供してくれた感謝の気持ちとして、〈獣の森〉に生息する〈クロオオカミ〉の見事な毛皮が使用されたマントをあげることにした。


 境界の砦では守人になるための試練のひとつに、森に生息するクロオオカミをひとりで狩るという儀式めいた習慣がある。その試練で狩った獣の毛皮は砦にいる職人の手で加工され、正式に守人になったさいには、黒装束のうえに羽織ることになる。


 アリエルはその試練とは別に、何度か森で遭遇したオオカミを狩っていて、余分に毛皮のマントを用意してもらっていた。そのひとつを彼女に贈ることにしたのだ。とくに深い意味はなかったが、どうしても彼女の厚意に(むく)いたいと考えてしまった。


 彼女の母親は大いに喜んで、大量の干物を追加でもらうことになってしまったが、ノノとリリが喜んでいたので感謝していただくことにした。ちなみに魚の干物はノノとリリの収納の腕輪に保管され、彼女たちのおやつとして消費されることになるのだろう。


 ルズィたちと合流すると奇岩に囲まれた遺跡に向かう。野営地に残ることになったのは、魚人との戦闘で負傷していたラファとベレグ、それにイザイアだった。クラウディアによって治療は行われていたが、無理をする必要もないので休んでもらうことになった。照月(てるつき)來凪(らな)の護衛としてやって来たふたりの武者が、彼らの代わりに戦力として活躍してくれるだろう。


 その照月(てるつき)來凪(らな)は、土鬼(どき)の動きやすい戦闘装束に――東部で見られる軽い鎖帷子(くさりかたびら)に小袖と(くく)(はかま)を重ね着していて、しっかりした籠手(こて)臑当(すねあて)を装備していた。軽装だったが、身を守るための最低限の装備をしていた。


 もちろん、彼女が背負っている籠のなかには龍の幼生が入っている。籠のなかを確認させてもらったが、眠っているのか、まったく身動きしなかった。彼女の護衛は照月家の武者だけでよかったのだが、女戦士のメアリーも同行してくれていた。


 子どもたちは土鬼を見るのも初めてだったのか、すぐにガヤガヤと集まってくる。が、背の高いふたりの武者が恐ろしいのか、近づくことなく遠くから見ているだけだった。


 古い苔生した石橋を使って真っ白な塔に入る。すると驚くような景色を見ることになる。塔内部に入ったにも(かか)わらず、外が見えなくなるということはなかった。まるで素通しのガラスのように、外の景色が壁を()かして見ることができたのだ。石材に秘密があるのかもしれない。


『おお、やっと来たか』

 石の祭壇のまえに立っていた豹人が、コツコツと杖を突きながらやってくるのが見える。

『どれ、頼んでおいた遺物は手に入れたのか?』


 かれの言葉にうなずくと、結晶石にも似た綺麗な遺物を手渡す。

『ほう』と、老人は眼を細める。

『完全な状態で回収することができたか……魚人どもは抵抗したか?』


 集落に侵入していることを感付かれて、魚人の()れに攻撃されたことを話すと、老人は喉を鳴らして笑った。

『大変だったみたいだな。しかしこれがあれば、無事にあの島に渡ることができるようになるぞ』彼はそう言うと、祭壇に向かって歩きだした。

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