表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
135/501

35


 追手に対処したあと、一行は二手に分かれて行動することになった。ルズィは治療が済んだ仲間をつれて〈白冠の塔〉に向かい、アリエルは豹人の姉妹と一緒に〈青の魚人〉の遺跡にいる〝老いた豹人〟に会いに行くことになった。


 ルズィは拠点で照月家のふたりの武者と、龍の幼生をつれた照月(てるつき)來凪(らな)と合流してから、〈青の魚人〉の遺跡に来ることになっていた。その血に宿る能力で遠征隊を導いてきた彼女がいなければ、湖に浮かぶ島に渡れても意味がないからだ。


 それなら最初から部隊に同行させればよかったのかもしれないが、危険な〈黒の魚人〉の集落に龍の幼生を連れて行くわけにはいかなかった。


 アリエルは魚人の集落から奪還した遺物を届けるため、余計な寄り道をせずに〈青の魚人〉の遺跡に向かう。追手を殲滅させることはできたが、黒い沼地を含め、周辺一帯は野蛮で危険な魚人の支配下にある。〈黒の魚人〉が遺物に執着する理由は分からなかったが、苦労して手に入れたものを奪われるわけにはいかない。


 湖畔に群生する(あし)のなかを移動していると、魚人の鳴き声が聞こえてくる。かれらはカエルのように太い喉を動かして、「グゲェ、ググゲェ、ウッググゲェ」と、奇妙な声で鳴いた。


 すぐに鳥をつかって(あた)りを偵察する。しかし相手は集落からやってきた追手ではなく、付近一帯の遺跡を()()にする〈赤の魚人〉だった。カエルと魚の混血種を思わせる(みにく)い容姿をした化け物で、臭くてヌメヌメした体液が(したた)(うろこ)に赤土を塗り込み、遺跡や隊商から盗んだと思われる錆びついた刃物で武装している。


 まだ気づかれていなかったので、わざわざ魚人を相手にする必要はなかったが、あとから合流することになるルズィたちのことを考えれば、露払いをしておくのも悪くないと考えた。アリエルは〈念話〉を使って豹人の姉妹に声を掛けると、背の高い(あし)のなかを〝煙のように〟移動して魚人に接近する。


 醜い魚人は葦原(あしはら)を餌場にしているシカを狩っていたのか、無残に殺されたシカに群がり、まだ湯気の立つ内臓をベチャベチャと音を立てながら(むさぼ)り食っていた。足元の泥濘(ぬかるみ)は血液で赤黒く染まっていて、ニクバエや気色悪い甲虫が何処(どこ)からともなく集まってきていた。


 食べることに夢中で完全に油断していた魚人の背後に忍び寄ると、ノノとリリは体内の呪素(じゅそ)を練り上げていく。〈枯木(こぼく)の杖〉のおかげなのか、それとも卓越した才能のおかげなのかは分からないが、姉妹は魚人に察知されることなく呪術を使うことができた。


 そうして敵魚人は、目に見えない〈風の刃〉で首を()ねられて息絶えることになった。大きくて(みにく)い頭部が切断され地面に転がったときでさえ、自分たちが何をされたのか理解していなかったように見えた。


 邪魔な敵を排除すると、その死骸を目当てに危険な生物がやってこないように処理することにした。風にあおられた炎で葦原(あしはら)を燃やさないように注意しながら、死骸に火をつけて、それから目的の遺跡に向かって移動を再開する。


 敵魚人が使用していた武器を回収することも考えたが、〈鑑定〉の呪術が使用できるノノとリリに調べてもらうと、ほとんど価値のない鉄屑だったので、結局そのまま放っておくことにした。


 それからは脅威になる魚人や生物と遭遇することなく、無事に遺跡にたどり着くことができた。石積みの高い壁と神殿を思わせる建築物が見えてくると、〈青の魚人〉から誤って攻撃されることも警戒したが、アリエルたちが遺跡にやってくることが事前に知らされていたからなのか、遺跡を見張っていた魚人に攻撃されることはなかった。


 神殿の入り口に到着する頃には、ほかの魚人から連絡を受けていた〝アデュリ〟が迎えに来てくれていた。彼女たちは似たような容姿をしていて、アデュリも他の〈青の魚人〉のように、獣の皮と植物を加工した色鮮やかな腰巻を身につけていて、胸飾りのようなモノは身につけておらず、鳥の羽で飾られた紐編みの首飾りで(うろこ)のない乳房を隠していた。


 しかし装飾に使用されている特徴的な尾羽のおかげで、彼女が以前、野蛮な魚人から助けたアデュリだと区別することができた。


 アリエルの姿を見つけると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて小走りで近づいてきた。群青色(ぐんじょういろ)(うろこ)が陽の光を反射する様子をぼんやりと眺めていた青年と異なり、豹人の姉妹は魚人の接近に警戒していたが、アデュリに攻撃の意志はなかった。


 彼女は水掻(みずか)きのある手でアリエルの手を握ると、舌を鳴らすようにして〈青の魚人〉の言葉で何かを伝えようとする。青年はノノとリリが何かしらの言葉を理解してくれると期待していたが、そう都合よくはいかなかった。どうやら姉妹にも魚人の言葉は理解できなかったようだ。


 言葉が通じないことが悔しいのか、アデュリは下唇を噛んで大きな眸でアリエルを睨む。そしてハッと何かを思い出したようにしゃがみ込むと、地面を指先でなぞるようにして絵を描いていく。どうやら遺跡周辺の地図を描いているようだ。それから彼女は、しきりに姉妹を指差(ゆびさ)したあと、湖畔に沿って指を動かして、別の遺跡を指差した。


「そこに何があるんだ?」

 青年の問いに彼女は何度か舌を鳴らしながらノノを指差した。


『もしかしたら――』と、察しのいいノノが小さな声で鳴く。

『その遺跡に〝老いた豹人〟がいるのかもしれない』

 彼女は念話に身振り手振りを交えながらアデュリとの会話を試みる。


 しばらくしてノノの考えが正しかったことが分かった。この遺跡を調査していた豹人は、すでに別の場所に移動していたようだ。アリエルは収納の腕輪から〈古びた地図〉を取り出すと、それをノノに渡して新しい行き先を確認してもらう。アデュリは地図を指差したあと、壁の外に向かって歩き出す。どうやら彼女が遺跡まで案内してくれるようだ。


 ルズィと連絡を取ったあと、新たな行き先を知らせる。野営地に近づくことになるので、こちらの遺跡に来るよりも合流を早めることができるだろう。


 左手に湖を見ながら移動する。相変わらず凍えるような冷たい風が吹いていて、人間が生活するのに適さない環境だった。しかしここでは葦原で見られた昆虫や魚人の姿はなかった。時折、湖面に(あや)しげな影や波紋が見られたので、湖に生息する水棲生物を恐れて水辺を避けている可能性も考えられた。


 けれど真相は分からない。せめてアデュリの言葉が分かれば、湖について(たず)ねることができたのだが、無いものねだりをしても仕方ない。


 彼女たちが集落を形成した遺跡は、奇岩が立ち並ぶ岩礁地帯のなかにあった。周囲には水棲生物のモノだと思われる巨大な骨が放置されていて、それらの漂流物を骨組みに利用して(あし)亜麻(あま)円錐形(えんすいけい)の住居が並ぶ様子も見られた。そこには多くの〈青の魚人〉がいて、やわらかな(うろこ)を持つ幼い子どもの姿も見ることができた。


 遺跡が立つ水辺に近づくと、湖面が赤黒く染まっているのが確認できた。どうやら集落の近くに、彼女たちが食料にしている水棲生物を解体する場所があるようだ。遠くからしか見ることはできなかったが、水辺で多くの魚人が仕事をしている様子が見られた。


 やはり〈青の魚人〉は、より東部の人々に近い価値観を持って生活をしているのだろう。ここでは食料にするために人間や亜人を捕まえてくることもなければ、行商人を襲うための略奪部隊も存在しない。彼女たちが他の魚人の部族と合流しない理由が理解できた。


 目的の遺跡は、空に向かって高く伸びる無数の奇岩に囲まれた場所に建っていて、その白い石積みの遺跡は、上方に向かうほど細く先が尖っていく方尖柱(ほうせんちゅう)にも似た塔だった。が、遺跡に入るのはルズィたちと合流してからになる。


 遺跡に入ろうとしないアリエルたちを不思議そうに見つめるアデュリに、なんとか事情を説明したあと、仲間がやって来るのを集落で待たせてもらうことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ