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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 追跡に警戒しながら緑に苔生(こけむ)した奇岩がつらなる湖畔まで移動すると、クラウディアの能力を使って負傷者たちの治療を行う。


 ノノとリリの活躍もあって、集落での戦闘は終始有利な状態で進められたが、それでも負傷することは避けられなかった。魚人が使用する粗末な槍や矢には毒が塗られているというだけでなく、ひどく錆びついているので、かすり傷でも適切に処置しなければ大変なことになる。


 鳥を使い上空からの偵察を続けていたアリエルは敵の接近に気がつくと、魚人から奪っていた剣を捨て、腰に吊るしていた〈枯木(こぼく)の斧〉を手に取る。


 斧は豹人の姉妹の手で浄化されていて、泥と手垢でひどく不潔だった持ち手は、浄化の作用によって汚れひとつない綺麗な状態になっていた。その斧を手に馴染ませるように、アリエルは何度か持ち手を握り直してみた。刃が異様に重たい斧だったが、手斧にしては持ち手が長く、重心の均衡がとれていて扱いやすいと感じた。


 入手したときには刃が錆びついていてひどい状態だったが、呪素(じゅそ)を流し込むことで〈修復〉されたのか、刃に錆は確認できない。その刃の表面には、幾何学模様(きかがくもよう)のような複雑な溝が彫られていて、まるで血液を流し込んだように絶えず液体が流れているのが見られた。それは呪素に反応して生成される特殊な液体で、血液に反応して毒物になるという。


 毒性が高く手足の痺れや呼吸困難になるだけでなく、脳からの指令を伝える神経系や、全身に血液を送る循環器系に異常をきたすことになる。非常に危険なモノだったが、所有者の呪素によって生成されるため、誤って自分自身を傷つけるようなことになっても毒が生成されることはない。


「追手を始末してくる」

 ルズィは返事を待たずに(しげ)みに入っていったアリエルを支援させるため、イザイアを同行させようと考えていたが、豹人のリリが青年のあとを追うように駆けていく。


「やれやれ」

 ルズィは溜息をついたあと、負傷者の治療が終わるまで周囲の警戒を続けることにした。


 アリエルはリリと合流すると、音を立てないように茂みのなかを歩いて待ち伏せに適した場所まで移動する。青年は周囲を注意深く見回し、つねに敵の攻撃に備えていた。敵魚人の姿は上空にいる鳥を使って確認していて、追手の数が増えていることにも気づいていた。そこに呪術師が紛れ込んでいたら大変なことになる。


 泥濘(ぬかるみ)に足を取られながら(あし)が群生する場所まで移動すると、突然、前方から魚人の叫び声が聞こえてきた。ふたりは身を隠すために背の高い葦のなかに飛び込んだが、すでに追手はふたりの存在に気づいていたようだった。


 アリエルは焦りを感じながら周囲を見回す。葦のなかでの戦いは不利になると感じていて、どうにかして追手を振り切って周囲が見渡せる場所まで移動する必要があった。


 そうこうしているうちに、魚人たちの足音と、かれらの武器が(こす)れる金属音が聞こえるようになる。リリは耳をピクピク動かしながら敵の位置を確認すると、〈枯木(こぼく)の杖〉を使い(またた)く間に呪素を練り上げ、魚人に向かって〈氷槍〉を放つ。不純物のない限りなく透明に近い氷の塊は、(あし)を斬り裂きながら凄まじい速度で飛び、汚泥にまみれていた魚人の頭部を()ね飛ばす。


 すぐに魚人の怒りの咆哮が聞こえてきたが、それは悪手だった。リリは猫特有の優れた聴覚によって敵の位置を正確に把握すると、その方角に向かって〈氷槍〉を発射していく。敵は視認性が悪い氷の塊に対処することができず、為す術がなく次々と倒れていった。


 敵魚人を簡単に排除できることに気をよくしたのか、リリはゴロゴロと喉を鳴らしながら呪術を練り上げていく。そこに突如、一体の魚人が飛び込んでくる。


 アリエルは反射的に身体(からだ)が動かして、敵の頭部に斧を叩きつける。「グェッ」と、奇妙な鳴き声を発して魚人が倒れる。が、そこに別の魚人が放った矢が飛んでくる。青年は呪素を練っていたリリを抱きかかえると、その場から急いで離れる。ふたりのあとを追うように無数の矢が頭上を(かす)め飛んでいくのが見える。


 青年は背筋が凍るような恐怖を感じながら、収納の腕輪から〈矢避けの護符〉を取り出すと、自分自身とリリに使用する。と、横手から魚人が飛び掛かってくるのが見えた。


 咄嗟(とっさ)(あし)の茂みにリリを放ると、斧を使い敵魚人の刀を(はじ)き返す。衝撃で刀が砕けるのが見えたが、油断せず踏み込んで魚人の首元に斧を叩きつける。「グギェッ」と、くぐもった声を発しながら倒れようとする魚人の身体(からだ)(つか)んで引き寄せると、そのまま盾にして矢による攻撃を防いでいく。


 無数の矢を背中に受けた魚人が吐血して息絶えると、途端に力が抜けて重たくなる。その魚人の身体(からだ)を突進してきていた別の魚人に向かって蹴り、敵の動きが止まった隙に斧を叩きつけて処理する。敵の追撃を警戒したが、射手からの攻撃は止まっていた。


 ちらりとリリに視線を向けると、彼女の眸が極彩色に発光しているのが見えた。その身に(まと)う呪素も膨大で、まるで濃霧に包まれているように見えるほどだった。


 直後、空気をつんざく破裂音が聞こえたかと思うと、葦原のあちこちで魚人だったモノの一部が宙を舞うのが見える。


 相当な数の追手を始末したが、それでも青年は敵に取り囲まれていることに気づいていて焦りを感じていた。

「リリ、まだやれるか?」


『やれるよ』

 彼女は可愛らしく鳴いてみせたあと、神経質そうに長い尾を左右に振る。


 呪術を使い過ぎて体力を消耗しているのかもしれない。

「敵を引き付けて一気に叩く。リリは〝網目の魚人〟の出現に備えて力を温存してくれ」

『ん、分かった』


 周囲の(あし)を利用して追手に接近すると、容赦なく斧を叩きつけて殺していく。リリは茂みのなかを駆けて、追手の注意をそらし、アリエルが不意をつく機会をつくっていく。青年が手にする斧は血に濡れ、気色悪い体液が付着して本来の切れ味が失われていく。けれど〈修復〉能力のおかげで刃の状態が保たれているので、気兼ねなく斧を振るい、敵を叩き殺すことができた。


 集落から追ってきていた魚人を殲滅できたことに安堵したが、それでも警戒を解くことはできなかった。青年は鳥を使って周囲を偵察して、呪術師が潜んでいないか確認する。


 と、そのときだった。汚泥にまみれた魚人が地中から姿をみせて、アリエルに向かって飛び掛かってきた。青年はすぐに反応して地面に手をつけると、〈硬化〉の呪術で生成した〈石の壁〉を出現させる。ソレはすぐに泥に戻ってしまう程度の不完全な呪術だったが、敵の攻撃を受け止めるには十分な呪術だった。


 泥になり崩壊していく壁の隙間から斧を叩きつける。硬い(うろこ)が裂けて内臓が飛び出すが、それを無理やり腹部に押し込むようにして傷口を押さえると、魚人は攻撃を続けようとする。が、そこに槍が飛んできて魚人の胸部を貫通して青年の脇腹に突き刺さる。味方もろとも青年を殺そうとしたのだろう。槍を引き抜くと、投げ返すようにして隠れていた魚人を殺す。


 矢避けの効果と革鎧のおかげで大事に至らなかったが、すぐに治療する必要があるだろう。けれど、こういうときこそ冷静である必要がある。痛みに耐えながら深呼吸して気持ちを落ち着かせると、周囲に敵がいないか確認してから行動する。


 ルズィたちと合流するころには、負傷者たちの治療も終わっていて、アリエルもすぐに治療してもらうことができた。敵の追手には対処できたかもしれないが、〈黒の魚人〉の怒りを買ったという事実は変えられない。〈青の魚人〉の遺跡で待つ〝老いた豹人〟に遺物を届けて、すぐに湖畔を離れたほうがいいだろう。

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