表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
133/500

33


 奇妙な叫び声をあげながら駆けてくる魚人に向かって、無数の矢が鋭い音を立て飛んでいく。直後、魚人の手足やギョロリとした眼球に矢が突き刺さるのが見えた。その攻撃で倒れて動かなくなる個体もいれば、異常な生命力で立ち上がり、襲いかかってくる魚人も存在した。


 おそらく呪術で身体能力(しんたいのうりょく)を強化している個体なのだろう。回復力が異常で、首を()ねないかぎり進撃をとめることはできない。


 ラファと女戦士のメアリーが長弓に矢をつがえ、(つる)を引いたときだった。何処(どこ)からともなく鋭い〈氷槍〉が飛んでくるのが見えた。ふたりは横に飛び退()いて(かわ)すと、姿勢を崩しながらも矢を放った。それは黒光りする(うろこ)を持つ魚人の(えら)に突き刺さり、しなるように震えた。


 魚人は吐血しながら矢を引き抜くと、怒りと憎しみのこもった怒声で咆哮してみせた。が、その口腔(こうくう)に矢が突き立てられると、ドサリと倒れて動かなくなった。


 しかし敵魚人は次から次にあらわれ、アリエルたちに襲いかかろうとする。と、粗末な小屋から跳び出してきた魚人が槍を投擲(とうてき)しようとしているのが見えると、ラファは即座に反応して矢を射る。


 空気を斬り裂くように放たれた矢は見事、敵魚人の頭部に突き刺さる。魚人が死に際に投げた槍は、崩壊した遺跡の陰に隠れていたクラウディアのすぐ近くの地面に突き刺さる。


 ルズィは驚いて固まっていたクラウディアの手を取ると、彼女とふたり、いくつもの細い通りで複雑に入り組んだ路地に入っていく。前方に魚人の影が見えると、容赦なく呪術の炎で焼き尽くしてく。


 しかし魚人は、小屋と遺跡をつなぐように()けていた足場を利用して上方から攻撃してくるようになる。ふたりは攻撃を避けるため、扉のない小屋のなかに飛び込む。


 腐臭と刺激臭が漂う小屋は、どうやら魚人の食糧庫だったようだ。皮を()がれた状態で吊るされた亜人や野生動物の死骸の間を通って、反対側に見える出口に向かって移動する。ポタポタと滴り落ちる血液で足元は滑りやすく、クラウディアは何度も転びそうになるが、そのたびにルズィが彼女の身体(からだ)をしっかりと支えて歩いた。


 そこに魚人が跳び込んできてかと思うと、そのまま滑って床に倒れる。悪態をつくように奇妙な声を発しながら立ち上がろうとするが、床が血液に濡れていた所為(せい)で、すぐに立ち上がることができない。その機会を無駄にするわけもなく、ルズィは腰に吊るしていた両刃の剣を引き抜くと、魚人の首を()ねる。


 大量の血液を噴き出しながら痙攣(けいれん)する頭部のない魚人を見て、クラウディアは顔を青くするが、立ち止まっていることはできない。ルズィは彼女の腕を掴むと、急いで小屋を出る。


 ふたりが小屋から出てくるのを待っていたのか、錆びた剣と斧を両手に持った二体の魚人が猛然と駆けてくるのが見えた。ルズィは横に薙ぎ払うように腕を振ると、体内で練り上げていた呪素を一気に放出する。


 瞬間的に発生した超高温の炎が周辺一帯を焼き払っていく。その炎は魚人だけでなく、密集する粗末な小屋にも飛び火して燃え広がっていく。が、そんなことに構っている余裕はない、ふたりは集落の出口に向かって駆けていく。


 そのふたりを弓矢で攻撃しようとしていた魚人が、倒壊した遺跡の瓦礫(がれき)に立っているのが見える。が、ふたりに向かって矢を射かけようとしていた魚人の動きが止まる。人間の干し首を腰に吊るした魚人の身体(からだ)には、不自然に黒い影が絡みついていて、動きを拘束していたのだ。間を置かず上方から飛び降りてきたベレグが、魚人の後頭部にナイフを突き立てる。


 足元に倒れた魚人が持っていた弓を手にすると、ルズィとクラウディアに襲いかかろうとしていた魚人を次々と射殺していく。魚人の矢が底を突くと、弓を放り捨てて駆け出す。まだ〝網目の魚人〟と呼ばれる強力な個体は姿をみせていないが、いつあらわれても対処できるように、つねに周囲に警戒しながら襲いかかってくる魚人の相手をする。


 ルズィたちと合流して入り組んだ路地までやってくると、数体の魚人に囲まれてしまう。ベレグは周囲の小屋がつくりだす影を利用して、魚人たちの動きを拘束する。そこに〈黒の戦士〉のイザイアが颯爽(さっそう)と駆けつけて、身動きできなくなった敵魚人を斬り伏せていく。


 イザイアが使用する湾曲(わんきょく)した特徴的な曲刀は鋭く、魚人の硬い(うろこ)をいとも容易(たやす)く斬り裂いていく。(あた)りには切断された腕や足が転がり、裂かれた腹部からは臓器がこぼれ落ちている。


 魚人は苦痛に悲鳴をあげるが、ベレグの能力によって拘束された身体(からだ)は動かすことができない。かれらは抵抗することも、痛みにもがき苦しむこともできず、虚空を見つめながら息絶えていくことになった。


 と、怒りの声を発しながら魚人が飛び掛かってくる。イザイアは最小限の動きだけで攻撃を(かわ)してみせると、魚人の(うろこ)を撫でるようにして曲刀で斬りつけていく。あまりにも鋭利な刃だからなのか、斬りつけられた魚人が反応するのに一瞬の間が必要だった。スパッと引き裂かれた脇腹から内臓が飛び出す。そこで初めて斬りつけられたことに気がついて悲鳴をあげる。


 けれど一方的に見えた戦いは、〈黒の魚人〉の呪術師があらわれたことで簡単に流れが変わってしまう。ベレグとイザイアは複数の魚人から放たれる呪術から逃れるため、瓦礫に身を隠し、攻撃に耐えしのぐことなった。


 呪術師が放った〈氷槍〉や〈火球〉が彼らのすぐ近くの地面に直撃して()ぜるたびに、小石や氷の塊が飛んできて肌を切り裂いていく。が、動くことはできなかった。


 そこにラファとメアリーがやってきて弓矢でふたりを掩護(えんご)しながら、敵を攻撃する(すき)を作っていく。が、魚人の呪術師は強力な呪術を使い、かれらの攻撃を寄せ付けなかった。


 集落の出口を目前にしてルズィたちの動きが止まったときだった。大気をつんざく衝撃音のあと、かれらを包囲しようとしていた魚人たちの身体(からだ)がズタズタに破壊され、衝撃でバラバラになった小屋の残骸とともに吹き飛び空中に舞い上がるのが見えた。


 攻撃に耐えた数体の呪術師は不可視の障壁を展開して、強力な衝撃波を(ふせ)いでいたが、続けて放出された呪術によって身体(からだ)が膨張、そのまま破裂して血煙に変わる。


 そこに〈枯木(こぼく)の杖〉をコツコツとつきながら豹人の姉妹が姿を見せる。姉妹の大きな眸は極彩色に発光して、その眼からは(もや)のように呪素がゆっくりと放出されている。


 姉妹が呪文を口ずさんだときだった。まるで空から巨人の大槌が振り下ろされるようにして、接近してきていた魚人の集団は不可視の衝撃波で圧し潰されて、あっという間にドロドロの物体に変わるのが見えた。


 仲間が圧殺される様子と、姉妹がその身に(まと)っている膨大な呪素に怖気(おじけ)づいたのだろう。呪術師たちの動きが止まる。すると今後は魚人の足元の地面が隆起(りゅうき)したかと思うと、地中から無数の〈土槍〉が飛び出して、動きを止めていた魚人たちを串刺しにしていく。岩のように硬化していた土は、次の瞬間には崩壊してサラサラした砂に変わる。


 ルズィは魚人を圧倒する豹人の姉妹を見て、呪術師としての格の違いを見せつけられたように感じた。彼が満身創痍になりながら、何とか倒すことのできた〈黒の魚人〉の呪術師を、姉妹は容易く(ほふ)ってみせたのだ。あらためて姉妹が味方であることに安堵した。もしも敵対するようなことがあれば、守人といえども、生き延びることは難しいだろう。


 攻撃を引き付けるため後方で魚人の戦士と戦っていたアリエルがやっと追いついて合流すると、全員がいることを確認して、それから一行は腐って崩壊していた壁から集落の外に出る。振り返ると、火災によって黒煙が立ち昇る集落と、怒りに咆哮する魚人たちの声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ