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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 バヤルの裏切りに端を発して敢行された襲撃から数日、アリエルたちは〈黒の魚人〉に奪われた遺物を奪還するため、薄暗い湿地帯を移動して敵部族の集落に向かっていた。


 黒い樹木(じゅもく)が密生する深部に入り込むと、密林の枯れた木々や腐植土の混じった泥沼に足を取られながら前進することになった。空気は冷たく、アリエルたちが吐き出す息は白い。凍えるほどの寒さではないが、冷たい泥濘(ぬかるみ)に足首まで()かりながら移動しているので、それだけで体力が消耗されていく。


 魚人の集落に侵入するという危険な任務には、守人のほかに豹人の姉妹のノノとリリ、それに傭兵を生業にする〈黒の戦士〉のイザイアが同行してくれることになった。野営地に残って〈白冠の塔〉を守護するのは、照月家のふたりの武者とウアセル・フォレリの護衛、そして戦狼(いくさおおかみ)たちだ。


 敵集落に侵入するという隠密性を重視した任務でもあるため、ラライアたちの巨体は目立つ恐れがあった。だから今回の作戦には参加しないことが決まった。彼女は不服そうにしていたが、野営地を守ることも重要な任務だと理解してくれているので、文句も言わず素直に納得してくれた。


 ちなみに、優れた治癒士でもあるクラウディアも今回の作戦に同行してくれていた。〈黒の魚人〉には、守人を圧倒する強靭な肉体を持つ敵が存在する。敵部族との戦闘は苛烈で、〈治療の護符〉の消費も多くなり、治療ができなくなることも想定しなければいけなかった。そこで前回の戦闘の教訓を活かして、呪術で治療が行える仲間を同行させることに決めたのだ。


 しかし戦士ではないクラウディアには過酷な任務になる。そこで彼女を支援するために女戦士のメアリーも作戦に参加することになった。もちろん、大人数で移動するわけにはいかなかったので、彼女が率いていた女戦士たちは野営地に残り、照月(てるつき)來凪(らな)と龍の幼生の護衛を続けることになる。


 一行は周囲に気を配りながら暗い密林を進む。寒さの厳しい環境であるにも(かか)わらず、(あた)りにはさまざまな種類の鳥や昆虫の鳴き声が響き渡っており、時折、どこからともなく危険なニクバエの群れが飛行する音が聞こえてくる。アリエルたちは、虫除けの効果のある護符を使用していたが、それでも小さな羽虫に(まと)わりつかれるほど湿地は生命で溢れていた。


 けれどアリエルたちが気を抜くことはなかった。異様な緊張感に(つつ)まれながら、いつ襲撃されても対応できるように意識して移動を続ける。


 遠くから咆哮(ほうこう)する生物の音が聞こえる。アリエルは、その鳴き声が野生動物のモノではなく、危険な化け物が発する声だと知っていた。彼らは敵が迫っていることを肌で感じ、さらに警戒を強める。作戦に参加する〝影のベレグ〟は、暗い密林での戦いを誰よりも熟知していた。彼は熟練の斥候(せっこう)として部隊を導き、脅威になる生物に遭遇しないように慎重に湿地を進んだ。


 やがて〈黒の魚人〉の集落が見えてくると、ルズィは集落の位置を教えてくれた〝老いた豹人〟の言葉が嘘ではなかったと知り安堵(あんど)する。得体の知れない老人で完全に信用することはできないが、少なくとも遠征隊を危機に(おとしい)れようとしていないことが分かった。


 その集落は不揃いの木材で囲まれていて、高い壁には数多くの頭蓋骨が冒涜的に、あるいは周囲の生物を威嚇するように吊り下げられている。肉食動物の頭蓋骨もあれば、人間や亜人の骨も確認できる。一行は壁の向こうに危険な部族がいると確信していた。姿こそ見えないが、呪素(じゅそ)(まと)った魚人の恐ろしい気配が感じられた。


 ベレグは影に身を隠すようにして――言葉のまま、呪術の影に溶け込むようにして集落の周囲を偵察して、侵入できそうな場所を探す。集落の入り口になる巨大な門の(そば)には、()びの浮いた斧や剣で武装した魚人が待機していて、侵入者に目を光らせている。そのため、アリエルたちは別の入り口を探す必要があった。


 木材が腐って崩壊している場所を見つけると、ベレグは壁にできた(わず)かな隙間を通って集落に侵入して魚人の動きを偵察する。その間、アリエルとノノも上空を飛んでいた鳥を捕まえて集落を偵察するが、遺跡を利用した集落は複雑に入り組んでいて、遺物の捜索は難航すると思われた。


 単体で行動していた魚人を見つけると、ベレグはナイフを握り締めながら敵の背後に接近して、グロテスクな(えら)がある首元に刃を突き入れて、横に引き裂くようにして始末していく。魚人は抵抗することもできず、大量の血液を失い、眠るようにして息絶えていく。その死体は魚人が()()にしていた小屋に隠して、すぐに集落の偵察を続ける。


 ある程度の安全が確保されると、アリエルたちも準備を整えて、息を殺しながら集落に侵入する。そこで一行はいくつかの小部隊に別れて、集落内を捜索することになった。〝老いた豹人〟の話では、遺物は遺跡に持ち込まれていたが、建物の数が多く、簡単に見つかるとは思えなかった。その緊迫した状況の中、彼らは(みずか)らを危険に(さら)して捜索する必要があった。


 古代に存在した部族の遺跡は、湿地にあるとは思えないほど状態が良かった。けれど植物が絡みついていたり、動物の死骸が吊るされたりしていて近寄り難い場所になっていた。


 その遺跡の周囲に建てられた魚人の小屋は、かろうじて雨風をしのげる程度の粗末なモノだった。それらの小屋は動物の毛皮や骨で装飾されていて、〈黒の魚人〉が自然と共生するような、極めて原始的な生活を(いとな)んでいることが想像できた。


 しかし、その風景の中にも異質なモノが存在する。部族の魚人は、邪神を崇拝する独自の文化と風習を持っており、集落のあちこちに悪神に捧げられたと思われる生物の死骸が串刺しにされた状態で放置され、ニクバエや昆虫が(むら)がっているのが見られた。


 それらの死骸は宗教的に結び付けられた()まわしい儀式が行われていることを示唆(しさ)していた。遺跡前の広場には石の祭壇らしきモノがあり、生きた動物や人間、それに〈青の魚人〉が捕らえられているのが見えた。木製の檻に入っている人々は裸にされ、ボロ布で目隠しされ植物の縄で手足を縛られていた。ひどく衰弱しているのか、抵抗する様子は見られなかった。


 広場にいる魚人は儀式の準備に没頭していて、近くに潜んでいるアリエルたちに気づく様子はなかった。それにしても、あれだけの数の人間を何処(どこ)から(さら)ってくるのだろうか。一行は警戒心を強めながら、慎重に集落の奥深くに進む。


 すると、生け(にえ)の儀式のために連れてこられたと思われる人々が監禁されている檻が並ぶ通りに出る。ここでも生け贄にされた人々は手足を縛られ、窮屈な檻のなかに入れられていた。


 顔には怯えと絶望が刻まれていて、髪は乱れ、汗や糞尿で汚れた肌は血液にヌラヌラと濡れている。近くで拷問が行われているのか、時折おぞましい悲鳴が聞こえることもあった。


 捕らえられている人々のなかには、魚人による拷問や苦痛に耐えられず、絶望して狂ってしまったように叫び続ける者もいた。


 部族による凄惨な行為を目にして、アリエルたちはひどく困惑していたが、目の前で行われるおどろおどろしい行為から人々を救い出すことはできなかった。ここで動けば、集落にいるすべての魚人を相手にしなければいけない。そして残念なことに、その状況で生き延びることが不可能に近いことも分かっていた。



 〝赤ら顔のバヤル〟の裏切りに加担しなかった傭兵のなかには、〈白冠の塔〉でヤァカの世話を担当していた人間もいた。彼らの多くは、もともとバヤルに対する仲間意識を持っていなかったからなのか、与えられた仕事を真面目に続け、己の価値を示し信頼を得ることで遠征隊での地位を確かなものにしていった。

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