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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第一章 戦場
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 ノノの呪術を使い目撃者がいないことを確認すると、ふたりは敵対者たちの死体を残してその場をあとにした。神殿前の広場には大量の死体が放置されているので、偽装する必要もないだろう。そのうち獣がやってきて、死因が分からなくなるほど死体を破壊し処理してくれる。


 それからふたりは宗教建築物が多く残る区画を離れ、味方部隊の本陣が敷かれた広場に(おもむ)いた。そこで本隊からやってきている部族の重要人物に会えると考えていた。


 〈霞山(かすみやま)〉の制圧を目的とした作戦行動には、アリエルが指揮する部隊と戦友のルズィが率いていた主力部隊、そして首長が派遣した師団長の部隊が参加していた。総勢三百名ほどになる部隊だ。


 作戦を任されていたのは、かつて東部地域の大部分を支配していた首長のひとり娘だった。彼女の父親が謀反(むほん)によって殺されたとき、彼女は現在の首長によって人質として捕らえられ、そして生かされた。前首長の腹心たちの反乱を恐れた現首長が、彼女に流れる最初の人々の血筋を利用し、古い血脈に忠誠を誓う族長たちを取り入れるために保護したという噂だが、おそらく事実だろう。


 いつしか彼女は戦闘においてその才能を遺憾なく発揮し、今では首長の部隊を預かる師団長のひとりにまで上り詰めていた。


 アリエルとノノは敵守備隊による攻撃を警戒しながら、聖地に残る遺跡を駆け足で進んだ。移動の合間、略奪部隊によって行われた凄惨な戦闘のあとがそこかしこで見られたが、ふたりは時間を無駄にしないためにも、脇目もふらずに荒廃した都市遺跡を移動した。


 戦士たちが行う略奪や強姦、そして虐殺が戦闘の混乱のなかで自然に発生している。ふたりがそれらの行為から目を()らしたのは、人々の悪意を凝縮(ぎょうしゅく)したような蛮行を見ることで、気持ちを乱したくはなかったという側面もあったのかもしれない。


 怒りや憎しみといった感情を(たん)として発動する制御の利かない能力、そしてその能力に耐えられず、いつ止まるのかも分からない心臓を抱えて憎悪のなかで泳ぎたくはなかった。


 アリエルの手で救える命がそこにあるのかもしれない、けれど彼は神のように全能ではない。己の手が届く範囲にいる大切な者を守ろうと足掻(あが)いている矮小(わいしょう)な存在でしかないのだ。


 聖地で暮らしていた女性や子どもの悲鳴を耳にするたびに、青年は(まぶた)を閉じて自分に言い聞かせる。やれることなど何もないのだと。


 前方から戦闘を終えた味方部隊が歩いてくるのが見えた。歩行に支障がない程度の傷を負った戦士たちだ。彼らの顔を見ただけで、どれほどひどい状況で戦闘していたのかが分かった。


 戦士たちは一様に、文字通り、恐怖に打ちのめされた顔をしていた。長い間、それも敵の刃が届く距離で戦ってきた者たちが(かか)え込んだ恐怖や衝撃、それに嫌悪感や疲労が表情に張り付いている。


 アリエルたちの存在に気がつくと数人の戦士は抜刀して、ふたりに敵意を含んだ視線を向けた。けれどそれはどこか(うつ)ろで、緊張に欠いていた。青年はできるだけ彼らを刺激しないように動いて、所持していた部族の旗を広げ、それを彼らに見せることで味方だと証明した。


 黒地に二頭の白イノシシが対峙する紋章を見た戦士たちは、安心したような深い溜息をつくと、手斧や刀を鞘に戻した。すれ違うときには、すでにアリエルたちから興味を失くしていて終始無言だった。


 それからも何度か戦場から引き上げる小さな部隊と遭遇する。誰もが傷つき消耗していた。一度だけ昆虫種族の傭兵部隊と遭遇した。ゴワゴワした粗織(あらお)りの衣類で身体(からだ)の大部分を隠していた亜人は、抜刀こそしなかったものの、警戒を(おこた)ることなく大きな複眼で我々の動きに注意を向けていた。


 昆虫種族の傭兵が部隊に加わっていたことは知っていたので、アリエルたちは別段驚くようなことはしなかった。〈神々の森〉で生きる昆虫種族も、傭兵という形で首長の部隊に参加していた。しかしかつての紛争の歴史がそうさせるのか、彼らは〈(むし)〉と呼ばれ、多くの部族から(さげす)まれ恐れられている。


 昆虫種族はカチカチと口吻(こうふん)を鳴らし、それから胸部に手を当て、長い触覚がついた頭部を少し下げる。礼儀正しく、誇り高い種族だ。アリエルとノノも彼らに習い、その所作(しょさ)を真似て挨拶をする。


 部族としての誇りを取り戻すための闘い。それは首長が昆虫種族の傭兵に強いる終わりのない(いまし)めでもあった。



 本陣が敷かれた広場の周囲には物々しい警備が敷かれていた。アリエルは事前に手に入れていた部族の旗を掲示しながら陣地に入る。ちなみに部族の旗は特別な能力を持つ呪術師が製作したモノで、基本的に偽造は不可能だった。


 なんらかの方法で敵対者が旗を手にした場合、自動的に消滅するようにできていた。どういった原理なのかは分からない。それを造った本人でさえ知らないのだろう。


 青年はきょろきょろと(あた)りを見回し、目的の天幕を探す。彼は今回の作戦を指揮していた師団長に会うつもりでいたが、何故(なぜ)か厚い(うろこ)に覆われた〈蜥蜴人〉が、ふたりの目の前にやってきた。


 まだ〈境界の砦〉に蜥蜴人の兄弟がいなかったころ、アリエルは商人に彼らの容姿について(たず)ねたことがあった。〝森に生息するトカゲの姿を想像してくれればいい〟と商人は笑顔で言った。


 頭の中で思い描いたトカゲを二足歩行させ、豹人の男性よりも(わず)かに身長を高くする。そこに厚い筋肉と骨格を覆う色とりどりの(うろこ)を足してやればいい。もう立派な蜥蜴人の姿を思い描けているはずだ。おまけに動物の毛皮でつくられた暖かい衣類を着せれば完成だ。運動能力が極めて高く、森のあちこちで見られる狩猟民族でもある。


 アリエルとノノは蜥蜴人で構成された部隊の天幕に連れて行かれ、そこで〈軍団長〉に会うことになった。この場所にいるはずのない人物だったので驚いたが、案内人の言葉に素直に従い天幕に近づく。入り口を警備していた赤い鱗の蜥蜴人に旗を見せると、彼は何も言わなかった。旗を見ることもなかった。ただ感情のない眼でふたりをじっと見つめた。


 やがて赤い蜥蜴人は天蓋の布を引いて、アリエルとノノを通した。蜥蜴人はあまり話をしない、基本的に無口なのだ。部族の言葉を上手く発声できないからなのかもしれない。とにかくふたりは中に入れてもらえた。


「アリエル!」

 親しみのこもった声が聞こえ、先ほどの蜥蜴人にも負けない巨体を持つ人物が近づいてきた。彼の(うろこ)黒檀色(こくたんいろ)で赤い斑模様(まだらもよう)があり、動物の毛皮を加工した厚く重たそうなマントを羽織っていた。


「ミジェ軍団長?」

 青年はその姿に驚きながらも頭を下げた。


 〈ミジェ・ノイル〉古い言葉で〈緑の夜〉を意味する名を持つ蜥蜴人だ。

「よくぎてぐれた。ずいぶん姿を見ないがら、心配じておったのだ」

 両肩にのせられた大きな手は冷たかった。

「敵の抵抗が激しく思うように動けず、作戦遂行に手間取ってしまいました」


 青年の適当な言い訳に蜥蜴人は大きな口を(ゆが)め、鋭い牙を見せながら言う。

「そんなにがしごまらなくていいんだぞ。アリエル殿は首長からあずがった大切なぎゃぐじんだ。戦闘にざんかさせで、逆にもうしわげないぐらいだ」


 彼は豪快に笑った。蜥蜴人の表情は分かり難いが、それでも彼の言葉に悪意がないことは理解できた。


「守人でありながら部隊を指揮させてもらい、戦場で自由を与えてくださっただけでも感謝しています」

「うむ、そうが」彼は大きくうなずいて見せると、テントの中央に置かれた長机に向かい、その上に置かれていた雑多な物を豪快に退()かして、何処(どこ)からか持ってきた酒を木製の(うつわ)(そそ)いだ。


「飲め!」

 アリエルは差し出された器を両手で受け取ると、(そそ)がれた液体を口に含んだ。それは口に入れるだけの価値がある飲み物だった。器の中身を一気に飲み干すと、感謝の言葉を口にしてから器を机に戻した。


(うま)いが?」

 液体が(そそ)がれていく器を見ながらアリエルはうなずいて、それから彼に(たず)ねた。

「どうして軍団長がここに?」

「だいせつな用事があったのだ」


「大切な用事……ですか」アリエルは眉を寄せる。

「ところで、戦闘は終わったのでしょうか?」


『うむ、終わったぞ』と、彼は念話で返事をした。

 蜥蜴人は呪術が苦手だったが、念話のように感情を乗せやすい能力なら充分に使いこなすことができた。


『奇襲や待ち伏せ攻撃を仕掛けてくる好戦的な戦士が残っているようだが、(おおむ)ね、ここでの(いくさ)(しま)いだな』


 想定外の人物の登場にアリエルは驚いていたが、覚悟を決めて本題を口にした。

「神殿を確保しました」


 ミジェ・ノイルは大きな口に酒を一気に流し込むと、黒い尖晶石(せんしょうせき)のような眼を見開いた。

『あそこには何度か戦士を送り込んでいたが、今まで報告がなかったから作戦は失敗したと思っておったが……そうか、神殿を確保してくれたか』

 すぐ背後に控えていたノノから金の教本を受け取ると、何も言わず机にのせた。


『そいつは戦利品か』と、ミジェは視線を落とす。

「このようなモノで神殿内は溢れております。金に魅了された戦士たちが勝手に略奪を始めないように、神殿は兄弟に警備させています。ですが、敵守備隊との戦闘で部下の半数を失いました」


 アリエルは改めてこの場に来た理由を述べながら、ミジェ・ノイルに助力を求めた。もちろん語るべきではないことは口にしなかった。呪術で発覚することを恐れ、龍のことは完全に頭から追い出していた。


 光沢を帯びた黒檀(こくたん)(うろこ)を持つ蜥蜴人は空になった器を見つめ、しばらくして口を開いた。

『あいわかった。我が種族の戦士を派遣しよう』


「それから、これは首長に」

 アリエルは懐から書物を取り出し、そっと教本の上に置いた。それは神官たちの諜報活動が記録された機密文書だった。

 ミジェ・ノイルはごつごつした太い指を器用に使い、書物の中身を確認する。


『ほう、これを首長に?』

「はい」

『神殿には、これほど価値のあるモノが他にも?』


「時間がなく、すべての書物は確認していませんが、貴重なモノが保管されている可能性はあります」

『〈神々の遺物〉は確認できたか?』


 ミジェの厳しい眼差しで見つめられながら、アリエルは言葉を続けた。

「いえ、神殿を管理していた神官は死んでいて、〈遺物〉の存在は確認できませんでした」

『殺したのか?』


「いいえ。勝手な憶測になりますが、彼らは降伏をよしとせず、自死を選択したのでしょう。我々が地下に侵入したときには、すでに亡くなっていました」


『神官は死んでいたが、金と機密文章は手に入れられた。そういうことだな?』

 鉱石のような眸で見つめられながら、アリエルは正直に答える。

「それと、数人の女がいました」

 しばらくの沈黙。首筋に嫌な汗が伝う。

『神殿を管理していたモノたちだな』


 ミジェの眸に柔らかい光が戻るのを見て、アリエルはいつの間にか止めていた息をそっと吐き出した。


『この書物は貴重なモノだ。それこそ守人たちにとっても価値のあるモノだ。隠すこともできたはずだ。どうしてこれを首長に?』

「代わりに欲しいものがあります」

『言ってみろ』

「女です」


 ミジェはじっとアリエルの顔を見つめていたが、やがてうなずいた。

『神官を失ったことは残念だ。だが、それでも大手柄だな。これだけのモノを手に入れたのだ。わしの一存ではどうすることもできないが、褒美について考えておこう。首長に口添えできれば、その女たちを譲り受けることもできるだろう』

「ありがとうございます」


 アリエルは頭を下げながら、〈神々の遺物〉について追及されなかったことに安堵した。どうやら遺物の存在について知っていたのはアリエルだけではなかったようだ。首長も遺物を探している。それは当然のことに思えた。


『しかし女か……そう言えば、お主は幾つになったんだ』

「命名日には十五歳になるはずです」

『ふむ。どうやらお主のことを勘違いしていたようだ。首長に気に入れられているただの若造だと思っておったが、気に入れられるだけの理由があったのだな。豪胆で勇ましく、そして正直者だ』


 ミジェは木製の器に酒を注ぐと一気に飲み干す。

『よし、わしも出るぞ。急ぎ準備をしろ!』

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