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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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29〈枯木人〉


 ゆっくりと(まばた)きしている間に、アリエルは〈転移の円環〉による空間移動によって、武器庫がある塔内部の別区画に到着していたことに気がつく。あっという間に、そしてあまりにも違和感がなく行われた移動だったので、周囲の景色が変化したことに気がつく前に目的の場所に到着していた。


 青年は(あた)りを見回して、視線の先に重厚な石造りの廊下が続いていることを確認する。人気(ひとけ)のない廊下は薄暗く無機質で、どこにでもいる小さな昆虫の気配すら感じられない。まるで〝悪夢の続きを見せられている〟ようだ。青年は溜息をついたあと、目の前の暗闇を照らすため、照明の代りに機能する小さな光球を自身の周囲に浮かべる。


 どこか薄気味悪い場所だったが、〈白冠の塔〉を拠点にしてから、このような暗い廊下を何度も歩いていたので、今では慣れてしまっていた。理由は分からないが、塔内部の造りは何処(どこ)も似たような構造をしている。その所為(せい)なのか、(いま)だに塔の全容を把握することができていなかった。正直、どれほどの広さと空間があるのかも分かっていない。


 ぼんやりとした明かりで廊下を照らす壁掛けの照明器具は、簡素な角灯(ランタン)のように鉄製の囲いと薄いガラス板で造られていて、その中には呪素(じゅそ)によって生じた光球が浮かんでいる。それはアリエルの存在に反応して明るさを微妙に変化させていた。青年が接近して光球が輝くたびに、彼の影が廊下の壁や床に映り込むのが見えた。ふと気になって振り返ってみると、廊下は完全な暗闇に沈み込んでいた。


 アリエルは静かに歩みを進め、ルズィたちが待つ武器庫の前に到着する。両開きの重厚な扉は、軽く触れるだけで開いてくれる。おそらく塔の管理者によって操作されていて、権限がない者は扉を開くことができないようになっているのだろう。


 音も立てずに扉が開いていくと、整然と並べられた武器や装備品の数々が目に飛び込んでくる。広い空間には、それら装備品を保管する棚や木箱が置かれていたが、整理整頓されていて、何がどこに保管されているのか一目で認識できるようになっていた。


 そこで青年がまず目にしたのは、簡素な造りの長剣や短剣、槍や弓矢などの武器類だった。それらは壁にかけられていたり、棚に収納されたりしていて、まるで昨日まで誰かに管理され、整備されていたかのような状態で保管されていた。


 青年は天井付近に浮かんでいる光球を確認しながら手前に置かれた棚に向かい、そこに並べられた金属製の甲冑や兜などの装備品を手に取る。(ほこり)が堆積していることもなければ、傷ひとつなく(さび)すら見当たらなかった。作業台には、鉄の鎖や金属板、釘や金槌などの金属加工に必要な工具が一通り備えられていた。


 守人が〈白冠の塔〉を使用していた時代が、組織の最盛期だったことも関係しているのだろう、この場所には何人もの武具師が出入りしていて、彼らが何不自由なく作業できるための道具が揃えられていた。


 石壁の(そば)に並べられた棚には、さまざまな物資が木箱に収納された状態で保管されていた。木炭や鉄鉱石が詰め込まれた麻袋があれば、水薬を保管するための小さなガラス瓶も数え切れないほど用意されていて、それらすべての物資は必要なときに持ち出せるように準備されていた。


 作業台に置かれた奇妙な石の存在に気がついたのは、豹人の姉妹の鳴き声が聞こえて、倉庫の奥に向かって歩き出そうとしたときだった。楕円形(だえんけい)の物体は、職人の手で綺麗に磨かれた琥珀(こはく)にも、異様な輝きを放つ宝石にも見えた。


「そいつは魚人の体内で結晶化した呪素(じゅそ)の塊だ」

 青年が驚いたように顔をあげると、ルズィが歩いてくるのが見えた。

「兄弟、身体(からだ)の調子はどうだ?」


 彼の言葉にアリエルは肩をすくめてみせる。

「まだあちこちに痛みは残っているけど、だいぶマシになったよ」

「それは良かった」

 彼は嫌味のない笑みを浮かべる。本当に心配してくれていたのだろう。


「それで、結晶っていうのは?」

 ルズィは作業台にのっていた石を手に取りながら言う。

「さっきも言ったけど、こいつは呪素が結晶化(けっしょうか)したものだ。湖畔の遺跡でザザが魚人を解体していたときに見つけたんだ」

「何か貴重なモノなのか?」


「どうだろうな」彼は目の高さまで結晶石(けっしょうせき)を持ち上げて眺める。「それを調べるために回収したんだけど、まだ何も分かっていない」

「呪素が結晶化したモノなら、呪術を使用したときに失われる呪素を補給するために使うことはできないか?」


「できるかもしれない。けどこいつは魚人の体内から取り出したものだから、まずは混沌の瘴気で汚染されていないか調べる必要がある」


「魚人の体内か……」アリエルは眉を寄せながら綺麗な結晶石を見つめる。「俺たちが今まで相手にしてきた混沌の化け物の体内にも、これと同じモノがあったと思うか?」


『その可能性はあります』

 豹人の鳴き声が聞こえて振り返ると、ノノとリリが立っているのが見えた。

『体調は良くなりましたか?』


「ああ、だいぶ良くなったよ。それより、可能性があるっていうのは?」

 ノノはルズィの手のひらにのっていた結晶石をひょいと取り上げる。

『これは呪素を使って、意図的に臓器を保護していたから出来たモノだと考えられます。であるなら、呪術を多用する混沌の生物の体内でも同様のモノが生成されていてもおかしくありません』


「だけど」と、ルズィが(たず)ねる。「俺たち守人は、日々混沌の脅威に接している。それにも(かか)わらず、〈境界の砦〉で結晶石について聞いたことは一度もない」


『混沌から這い出たばかりの生物は、こちらの世界に肉体と精神を馴染ませるため、多くの呪素を消費すると言われています。そのさい、体内に(たくわ)えられていた呪素とともに結晶石も失われると考えられます』


「聞いたことのない話だな」

 ノノは絶えず色合いを変化させる大きな眸でルズィを見つめる。

『組織の衰退とともに知識が失われたのでしょう。砦の書庫を探せば、結晶石に関する資料が見つかるかもしれません』


「書庫か……考えただけでも気が滅入るな」(ほこり)(ちり)が舞う暗い場所で作業する様子を思い浮かべたのだろう、ルズィは嫌そうな表情を見せる。「それで豹人は、どうしてそのことを知っているんだ?」


『北部に生息する多くの生物が体内に結晶石を持っています。それは冬の厳しい寒さから臓器を守るために、つねに体内に呪素を循環させているからだとも言われています』


「つまり、豹人はこいつの正しい使い方を知っているんだな?」

『ええ、もちろん』彼女はうなずいて、それから言った。『ところで、魚人が使用していた杖の〈鑑定〉が終わりましたよ』

「何か分かったのか?」

『素材に〈枯木人〉の枝が使用されています』


「枯木人?」

 ルズィはノノから差し出された杖を手に取ると、枯れ枝のようにも見える杖をじっと見つめた。



枯木人(かれきびと)〉あるいは、〈枯木人(こぼくじん)


 南部の森には、ひときわ目を引く不気味な生命が存在するという。それはまるで樹木(じゅもく)から生まれたかのような生き物で、太い(みき)から伸びる細い枝を触手(しょくしゅ)のように動かして獲物を捕らえ、血肉を(すす)って生きていると言われている。


 湿地や植物に埋もれた古い城跡や遺跡の周囲で見られる〈枯木人〉は、かつて神々の遺物を求めて遺跡を荒らした盗掘者たちの成れの果てだという。森の神々に呪われたことで、半永久的な命を手に入れることができたが、その生命力とは対照的に、枯れた樹木(じゅもく)のような(みにく)い姿を与えられ、肉体(にくたい)を締め付けるような絶え間ない痛みに苦しめられながら、遺物の番人として遺跡を徘徊することを強制される。


 また〈枯木人〉に捕らえられた盗掘者は、かれら同様に、樹木に姿を変えられると信じられていて、ひとたび呪われてしまえば、樹化が始まった箇所を切断したとしても、手足が枯れ枝のように変化していくのを止めることはできないとされている。

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