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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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26


 アリエルは冷たい糠雨(ぬかあめ)に顔を濡らし、粘着質の泥に何度も足を取られながら背の高い(あし)が群生する湿地を歩いた。網目の魚人と戦っていたザザのあとを追ってきていたが、人間離れした身体能力(しんたいのうりょく)を持つ亜人同士の激しい戦いだからなのか、途中で姿を見失っていた。


 突発的な戦闘に備えて、青年は大気中の呪素(じゅそ)を体内に取り込むことを意識しながら歩いた。彼は平常心を失わないように、冷静であることを心掛けた。つねに周囲の状況に気を配り、重要なことだけに意識を集中させて、そのほかのことは心から追い出した。


 風が(あし)を揺らし、青年の周囲が(ざわ)めき立つ。突然、網目の魚人が姿をあらわす。葦の間に(たたず)む黒い(うろこ)を持つ魚人は、幽霊のように静かで、黒い尖晶石(せんしょうせき)にも似た残忍な眼で青年を見つめている。かれの手には、赤茶色に錆びついた刃をもつ斧が握られていて、その刃には昆虫種族特有の黒みがかった青い体液が付着しているのが見えた。


 アリエルは魚人の出現に反応して身構えると、体内の呪素を練り上げて〈石の矢〉を発射する準備をしたが、敵は音も立てずに葦の陰に隠れて姿を消してしまう。


 吹き荒ぶ風の音と、空に響き渡る遠雷の音が聞こえるだけだった。

 と、葦原が奇妙な静寂に支配された瞬間だった。魚人が斧を振り上げながら横手から飛び込んでくるのが見えた。アリエルは敵の動きに反応すると、攻撃を(かわ)すために横に飛び泥のなかを転がる。


 すぐに立ち上がって反撃しようとしたが、泥濘(ぬかるみ)に足を取られて片膝をついてしまう。そこに斧を振り上げた魚人が迫る。だが敵の攻撃が届くことはなかった。突如ザザがあらわれたかと思うと、奇妙な雄叫びの声を上げながら――薄い金属の板を(こす)り合わせるような声を上げながら――魚人に接近して、二本の腕を使い巨大な斧を振り下ろす。


 が、身体能力(しんたいのうりょく)に優れた魚人は身体(からだ)(ひね)るようにして攻撃を(かわ)すと、身体(からだ)を回転させた勢いを利用して回し蹴りを叩き込む。ザザは攻撃を防ごうとして短剣を握っていた腕を上げるが、衝撃で前腕の外骨格がひび割れて、そのまま葦のなかに吹き飛んでいく。


 その場にひとり残されたアリエルは立ち上がると、動物の骨を削って作られた斧を使って魚人に襲いかかる。しかし敵は、まるで背中に目がついているような動きで斧の一撃を(かわ)すと、青年に向かって咆哮(ほうこう)する。直後、アリエルは不可視の衝撃波を受けて吹き飛ぶ。


 衝撃は凄まじく、岩や腐った倒木に何度も身体(からだ)を打ち付けなければ勢いが止まらないほどだった。それでも敵は容赦をしない。青年が立ち上がれないのを見ると、止めを刺すために飛び込んでくる。


 そこに白銀のオオカミが飛び込んでくる。ラライアは泥濘を走り抜け、敵に向かって勢いよく突進する。魚人は驚きつつも、オオカミの攻撃を避けてみせると、斧を振りかざしながら攻撃しようとする。が、ラライアは軽々と(かわ)し、斧を手にした魚人の腕に()みついて、そのまま強引に引き千切った。


 魚人は苦痛に顔を歪ませ威嚇するように叫んで、地面に落ちていた斧を拾おうと腕を伸ばす。その一瞬の隙を突くため、葦の間からあらわれたザザが攻撃を行う。が、またしても異常な反応速度をみせた魚人は攻撃を(かわ)すと、足元の斧を蹴り上げるようにして拾いあげ、片腕を失ったとは思えない激しい斬撃でザザを追い詰めていく。


 大柄の昆虫種族は必死に攻撃を防いでいたが、ついに斧で斬りつけられてしまい、腕を一本失ってしまう。しかしそれでも、ザザは三本の腕を使い敵の猛攻に耐える。


 アリエルがザザのもとに駆け付ける間、ラライアは素早く動いて、鋭い爪で敵魚人の身体(からだ)を斬り裂いていく。魚人は激痛に襲われ、斧を手放してしまう。ラライアは一気に攻め立て、魚人に飛びついて動きを拘束する。巨大なオオカミは力強く、異常な身体能力を持つ網目の魚人でも振り払うことができない。


 魚人は狂ったように咆哮して、戦狼(いくさおおかみ)に向かって何度も強烈な衝撃波を叩きつける。が、それでもラライアは魚人から離れようとはせず、(うろこ)(おお)われた身体(からだ)に爪を突き立てていく。魚人は大量の血液を流すが、押さえ付けられた状態でも激しく暴れ、そしてついに取り落としていた斧を手にする。


 次の瞬間、今までにない強烈な衝撃波を受けたラライアの巨体が空中に吹き飛ぶのが見えた。魚人は跳ねるようにして跳び上がると、オオカミに接近して、その首元に斧を叩きつけようとする。


 間一髪のところで駆け付けたアリエルが斧の一撃を受け止めると、敵の背後に接近していたザザが両刃の斧を叩きつけるように振り下ろす。背中を斬られた魚人は、しかし攻撃の手を緩めることはなかった。振り向いて咆哮する(わず)かな動作だけで衝撃波を放ってザザを吹き飛ばすと、攻撃を受け止めるだけで精一杯のアリエルに何度も斧を叩きつける。


 青年は状況を打開するため、至近距離から鏃状(やじりじょう)に形成された〈石の槍〉を容赦なく射出する。攻撃を避けるために魚人が後方に飛び退()くと、アリエル立て続けに呪術を使いながら攻撃をして、反撃に注意しながら敵に接近する。


 その一方で、ザザは傷つき満身創痍だったが、それでも大胆に攻撃を仕掛けていく。斧を振りかぶっては、泥濘の中を飛び跳ねながら敵に攻撃を加える。その昆虫めいた素早い動きに、さすがの魚人も翻弄(ほんろう)される。


 ついに本格的に降り出した雨と湿地の環境が呪素に影響を与えているのか、呪素を体内に取り込むことが困難になっていることに青年は気がついた。しかしアリエルは慌てず、魚人の動きを観察しながら、呪素を効率的に取り込むため呼吸を整えながら慎重に歩いた。


 すでに魚人は致命傷になるような傷を負っていたが、それでも倒れることがなかった。どういうわけか、引き千切られていた腕の出血も止まっていた。敵は遥かに優れた能力を持つため、苦戦を強いられることは分かっていたが、その理不尽なまでの能力にウンザリしていた。


 彼らは魚人の攻撃を避けるのが精一杯で、反撃に転じることができない。ザザが負傷した状態では、ますます緊迫した状況に追い込まれるだろう。


 青年は溜息をついて、それからとなりにやってきていたオオカミに(たず)ねる。

「いけるか、ラライア」


 彼女は低い唸り声で答えると、魚人に向かって駆け、鋭い牙をむき出しにして咬みつこうとする。しかし敵魚人はその攻撃をひらりと(かわ)し、即座に反撃に転じる。オオカミの脇腹に斧を叩きつけ、血しぶきが飛び散る。ラライアは痛みに思わず悲鳴を上げ、魚人と距離を取るため後方に飛び退()く。彼女の体毛が血に濡れ赤く染まるのが見えた。


「ラライア!」


 アリエルはラライアが傷つけられたことに激昂し、敵に向かって駆け出す。敵魚人もまた、残忍な眼で青年を睨み、その身体(からだ)を破壊し血を浴びるために斧を振りかぶる。青年は魚人の攻撃を受け止め、敵を蹴り飛ばすと、体勢が崩れた魚人の胸部を斬り裂く。敵は痛みに叫んだあと、地面に膝をつけるが、まだ戦う気力は失われていなかった。


 黒い(うろこ)を血液にヌラリと濡らした魚人は立ち上がると、アリエルを睨みながら膨大な量の呪素を操作する。空間が揺らめいて、混沌の気配が忍び寄る。雨はますます強くなり、泥濘は血に染まっていく。そこにザザが駆けつけ、魚人の頭部に斧を振り下ろす。敵は反応して攻撃を避けようとするが、重い刃が肩に食い込む。


『これで(しま)いだ!』

 ザザの勝利の栄光は目前に迫っているように思われた。


 しかし魚人は生きることを諦めていなかった。敵は振り向きざまに斧を振る。その動きはあまりにも速く、対応できる者はいなかった。アリエルが反応したときには、無残に切断されたザザの首が中空を舞っていた。


 仲間を失った。が、魚人にも一瞬の隙が生じる。ラライアはその機会を見逃さなかった。暴風のように飛び込んできたオオカミは魚人の喉元に咬みつく。魚人は暴れ、渾身の力でラライアを蹴り飛ばし、斧で斬りつけようとする。アリエルはその腕を叩き斬ると、苦痛に顔を歪める醜い化け物を睨みながら、()き出しの(えら)に向かって斧を叩きつける。


 泥濘に倒れた魚人は(えら)から大量の血を流すが、それでも立ち上がろうとして必死に抵抗する。けれどアリエルは魚人の胸を踏みつけるようにして押さえつけると、何度も斧を振り下ろし、刃を叩きつける。


 切断された頭部が泥のなかで跳ねると、切断面から気色悪い体液が勢いよく噴き出し、泥にまみれた青年を血で染め上げていく。

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