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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 静謐(せいひつ)な空間に足音が木霊す。その音は異物のように薄暗い空間に奇妙な響きを与える。魚人が設置したモノなのだろう、壁掛け松明の炎によって浮かび上がる廊下には何もなく、どこまでも無機質な暗闇に沈み込んでいる。


 廊下の壁や天井には、今はなき(いにしえ)の種族の墳墓(ふんぼ)で見られる濃藍色(こいあいいろ)の石材が使われている。傷ひとつなく綺麗に磨かれた壁は、松明の光を反射して(かす)かに発光しているようにも見えた。


 ラライアの手を引いて歩く〈青の魚人〉が振り返ると、大きな眸が(あや)しく光るのが見えた。彼女の部族を完全に信頼しているというわけではなかったが、襲われることはないだろうと考えていたので、その不気味な輝きに思わず不安になる。


 地下に向かっているのだろうか、勾配のある廊下を進むと、やがて冷たく暗い広大な空間に出る。立ち並ぶ石柱の(そば)篝火(かがりび)()かれていて、その周囲に集まる〈青の魚人〉の姿が見えた。彼女たちは石柱を飾り付けているのか、ツル植物や花を編んで作った紐や布を手にしていた。アリエルたちの姿に驚いているようだったが、事前に知らされていたからなのか、大きな騒ぎになることはなかった。


 その空間の中央には巨大な扉が――まるで巨人のために用意された扉が不自然に設置されているのが確認できた。支えもなしに立つ異様な扉は、神殿の外壁にも使用されている白い石材で造られていたので、宗教建築物などで見られる装飾扉を模した彫刻物にも見えた。


 機嫌が良いのか、ラライアの手を引く魚人は笑みを浮かべ、鼻歌を口ずさむようにして負傷していた仲間が休んでいる場所に案内してくれた。木製の簡素な寝台には毛皮が敷かれていて、アリエルが護符を使って治療した魚人が寝かされていた。どうやら安静にしなければいけないということは理解してくれていたようだ。


 そこに仲間を連れた魚人がやってくる。彼女たちの(つや)のある長髪は背中でひとつにまとめるように丁寧に編み込まれていて、湖を泳ぐときに邪魔にならないように、粘土質の土を塗り込んで固めているようだった。


 その土は湖の底から採取されたものなのか、沼地の黒々とした土ではなく、光を反射する粉状の砂が混ざった白土だった。しかしそれだけでは水で流れ落ちてしまうので、蝋のようなモノを混ぜ合わせて固めているのかもしれない。


 青い肌を持つ女性たちは、さまざまな宝石で彩られた装身具を身につけていて、舌を鳴らすようにして会話をしていた。やわらなか笑みを浮かべていることから、彼女たちに敵意がないことは感じ取れたが、ルズィとザザは決して気を緩めようとはしなかった。


 その魚人のひとりが、ラライアに首飾りを手渡しているのが見えた。それは(かす)かな光のなかでも美しく輝く瑠璃色(るりいろ)の宝石で飾られたモノだった。僅かな呪素が感じ取れたので、何かしらの効果を発揮する呪術器なのかもしれない。仲間を助けてくれたことに対する感謝の気持ちとして贈られたモノだと思うが、彼女たちの言葉が理解できないので真相は分からない。


 それから〈青の魚人〉は、巨大な扉の(そば)に立つ人影に向かってペタペタと歩いていく。呪術によって中空に浮かべた光球を使い扉に刻まれた浮き彫りを調べていた人物は、やや灰色がかった白練色(しろねりいろ)の長くゆったりとした外衣を身につけていて、それは薄闇のなかで(わず)かに発光していた。その姿は〈青の魚人〉が管理していると思われる神殿においても異様で、小柄の体格から見ても魚人には見えなかった。


 その人物がゆっくりと振り返る。すると彼が身に(まと)っている濃い呪素(じゅそ)にあてられて、ルズィは動揺して剣の柄に手をかける。アリエルはすぐに視線で合図して、彼が安全だと伝えた。しかしザザにはその合図が理解できなかったのか、四本の腕にそれぞれ異なる武器を握り、戦闘の構えをみせた。


「ザザ、彼は敵じゃない。すぐに武器を――」

 アリエルが口を開いたときだった。人影がこちらに向かって腕を伸ばすのが見えた。次の瞬間、呪術的な作用によってザザは武器を握っていられなくなり、次々と刃物を取り落としてしまう。


『誰かと思えば、(ちり)の小僧じゃないか』

 年老いた豹人は眼を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。その背中の曲がった老人には見覚えがあった。


「〈抵抗の丘〉の小屋にいた呪術師ですね」

 アリエルの言葉にルズィは眉を寄せる。

「例の毒を入手した錬金術師のことか?」


 老人は手にした杖で地面をコツンと叩く。

『わしは錬金術師などではないし、あれは錬金術師の小屋でもない。しかし驚くこともあるものだな。こうして再び(あい)まみえるとは思っていなかったぞ。どうやら我らの運命は強く結びついているようだ』


「たしかに……」アリエルはうなずくと、ザザが床に落としていた武器を拾いながら老人に(たず)ねる。「ところで、こんな危険な地域で何を?」

『小妖精が〝オアンネスの娘たち〟が興味深い遺跡を発見したと噂していてな、知識を探求し続ける先駆者のひとりとして、調査しないわけにはいかなったのじゃ』


「小妖精の噂?」アリエルが顔をしかめて質問しようとしたときだった。魚人が舌を鳴らすようにして老人に向かって何かを語りかける。

『ほう、アデュリを助けてくれたのは塵の小僧だったか』


「アデュリ……それが彼女の名前なのですか?」

 いや、そもそもこの得体の知れない豹人は〈青の魚人〉の言葉を理解しているのか?


『そうじゃ、エルゥ・ラ・アデュリ、彼女もオアンネスの娘のひとりだ。なんじゃ、そんなことも知らずに助けたのか?』

「彼女が襲われていた場面に遭遇して、偶然助けただけなので」

『ああ、それも教えてくれたよ。連中は日に日に凶暴で残忍になっていくからのう……ところで、どこまで話したか覚えているか?』


 アリエルが疑問の表情を浮かべると、老人は眼を細める。

『そうそう、思い出したぞ。呪術を扱うさいには冷静さが必要であり、心を落ち着かせる訓練として〝瞑想〟が適しているという話だったな。どうじゃ、上手(うま)呪素(じゅそ)を制御できているか?』


 青年が困惑して口を開こうとすると、彼はアリエルの手を取って瞼を閉じる。

『ほう、網目の魚人とやらと戦闘になったか、あれは確かに厄介な相手だが、おぬしらが考えているような〝始祖〟ではないだろう。それに近い存在ではあるがの……』


「どうしてそれを?」

呪素(じゅそ)に流れる記憶の残滓(ざんし)を確認させてもらったのだ』と、老人は喉を鳴らしながら言う。『どうやら呪術も工夫して使用しておるみたいじゃな。先駆者になれる日もそう遠くないだろう。ところで、こいつは転移門だ』

 老人は杖のさきで扉を叩くが、奇妙なことに一切の音が聞こえなかった。


『その扉に触れてみよ』

 アリエルが確認のためルズィに視線を向けると、彼は真剣な面持ちでうなずく。老人の存在に警戒していたが、それよりも〝転移門〟という言葉が気になってしまったのだろう。


『若き守人よ、気をつけるのだ』

 扉に向かって腕を伸ばすと、ザザが心配して声を掛けてくれる。青年はうなずきで答えると、深呼吸してからそっと扉に触れた。すると手のひらに(しび)れを(ともな)(かす)かな痛みを感じる。しかしそれだけだった。突然どこかに空間移動されることもなければ、扉が開いて(おぞ)ましい化け物が出てくることもなかった。


 アリエルが拍子抜けして手を離したときだった。目の前に青い光によって形作られた地図が浮かび上がる。その詳細な地形図には、赤色に明滅するいくつかの点が表示されていた。

『赤く点滅しているのが、その転移門と繋がっている遺跡がある場所じゃ』


「遺跡……?」

 青年はハッとして収納の腕輪から古い地図を取り出して、目の前に浮かぶ光の地図と照合する。確かにそれは湖の遺跡を中心にして上空から見た湿地の地図で間違いなかった。しかしアリエルが手にしている古びた地図よりも詳細に描かれていて、今は存在が確認できない遺跡の位置も表示されていた。

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