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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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 魚人の咆哮(ほうこう)に罵声だろうか、アリエルは背後から浴びせられる声を無視して無数の〈石礫(いしつぶて)〉を放つ。その攻撃は、呪術で土を硬化して鏃状(やじりじょう)利器(りき)を形成する〈土の矢〉よりも威力は劣るが、後退する傭兵たちを一気呵成(いっきかせい)に攻め立てようとしていた敵魚人の足を止めるのに十分な威力をもっていた。


 凄まじい速度で射出される〈石礫〉は、魚人の(うろこ)に覆われていない腹部や眼球を貫いて、体内で砕けて無数の破片になって身体(からだ)を破壊していった。しかし〈黒い魚人〉のなかには、臓器を保護する呪術を使用している個体が(まぎ)れていて、攻撃が直撃して倒れたかと思うと、次の瞬間には起き上がって襲いかかってくる様子が見られた。


 ザザが解剖した魚人の内臓を見ていなければ、不死身だと勘違いしていたかもしれない。しかし実際には呪術によって驚異的な回復力を獲得しているだけで、体内に(たくわ)えられる呪素(じゅそ)にも限りがある。回復できなくなるまで攻撃し続ければいいだけだったが、それが厄介で面倒なことに変わりない。


 奇妙な雄叫(おたけ)びが聞こえると、前方から数体の魚人があらわれる。ラライアは地面を蹴って一気に接近すると、鋭い爪を叩きつけるようにして魚人の身体(からだ)をズタズタに破壊していく。切断された手足が吹き飛び、内臓や血液が辺りに飛び散る。さすがに欠損した手足は修復できないのか、魚人は泥濘(ぬかるみ)に横たわったまま無様に足掻きながら死んでいく。


 なんとか攻撃を避けることのできた魚人は、仲間の呪術師が攻撃の準備を終えるまでの間、時間を稼ごうとして槍を投げつけてくる。それは極めて原始的な作りの槍だったが、穂先に使用される石器は簡単に人の皮膚を引き裂き、肉に食い込み身体(からだ)を破壊することができた。しかしそれでも、全身が厚い体毛に(おお)われている戦狼(いくさおおかみ)を傷つけることはできなかった。


 ラライアは飛んでくる槍をものともせず、そのまま魚人の集団に襲い掛かると、魚人を地面に押し倒しながら頭を踏み潰して腹を引き裂いていく。白銀の体毛は返り血に染まり、黒々とした泥に汚れていくが、オオカミは気にもせず次々に魚人を殺していく。


 どこからともなく敵の呪術師があらわれると、弓を手にしていた傭兵が前に出て、呪術による攻撃を受ける前に対処していく。複数の矢が突き刺さっても抵抗しようとする魚人は、アリエルが斧を叩き込んで殺していく。


 けれど敵の攻勢を鈍らせることはできない。オオムカデに乗った〈キピウ〉の亜種があらわれると、遺跡の壁や崩壊した建物の間を縦横無尽に移動して攻撃を仕掛けてくる。


 サルにも似たキピウは人間の子どもほどの体高しかなく、手にしている武器も粗末な槍や木の枝だったので対処するのはそれほど難しいことではない。けれど硬い殻に(おお)われた無数の脚でカタカタと接近してくる凶暴なムカデを相手するのは、戦狼でも簡単なことではなかった。


 外骨格に(おお)われた身体(からだ)は傷つけることも困難なうえ、刃物で切断しても恐るべき生命力ですぐに死ぬことがない。それに加えて怪物じみた見た目は近づくことさえ躊躇(ちゅうちょ)させる。光沢のある黒檀色(こくたんいろ)の殻に、数え切れないほどの真っ赤な脚がワサワサと動くさまは、見ているだけで怖気(おぞけ)()つほど(おぞ)ましいものだった。


 そのオオムカデに乗ったキピウが()れで接近してくると、傭兵たちは思わず足を止めてしまう。しかし敵はキピウだけではなく、呪術を使用する忌々しい魚人も相手にしなくてはいけない。立ち止まっていては標的にされて、たちまち殺されてしまうだろう。アリエルは傭兵たちに声をかけたあと、彼らを(ふる)い立たせるため何体かのムカデを処理することにした。


「ラライア!」

 青年の声に応えるように、オオカミは接近してくる()れの正面に立つ。そして空気をつんざく遠吠えが聞こえ、それと同時に発生した衝撃波がキピウの群れに襲いかかる。


 建物や石柱に叩きつけられたムカデが動きを止めると、アリエルは小さなサルを無視して、ムカデの頭部に向かって〈石の矢〉を発射する。凄まじい速度で射出された(やじり)がムカデの殻に衝突すると、乾いた炸裂音とともに頭部が吹き飛ぶ。


 頭を失くしたムカデは身体(からだ)を激しく震わせ、近くにいるキピウや建物に見境なく身体(からだ)を叩きつけて暴れる。


「このままキピウの群れを殲滅する!」

 アリエルが走り出すと、動きを止めていた傭兵たちは(みずか)らを鼓舞(こぶ)するため声を上げながら敵に向かって駆ける。


 元来臆病な獣であるキピウは傭兵たちに恐れをなして逃げ出し、ラライアが発生させた衝撃波で負傷していて動けなくなっていた個体も殺されていく。衝撃から回復したオオムカデの相手をするのはアリエルとラライアだけだった。傭兵たちに凶暴なムカデの相手をさせて味方を失うわけにはいかなかった。


 キピウの群れを撃退したあと、高い壁に囲まれた神殿に向かって移動を開始する。ラライアの鼻と、遺跡の上空を旋回していた鳥を使って安全な経路を探しながら移動を続けるが、〈幻影〉の呪術で姿を隠しながら接近してくる〈黒の魚人〉に襲撃されるたびに負傷者が増えていった。


 環状に並ぶ白い壁が見えてくると、神殿に続く通りに立っていたザザの姿が目に入る。どうやらアリエルたちを掩護(えんご)するためにやってきたようだ。その大柄の昆虫種族の横を通って、傭兵たちは神殿の敷地内に入り壁の陰に身を隠した。


 そこで奇妙なことが起きる。遺跡は時間が止まったかのような静けさに支配され、魚人からの攻撃もパタリと止まる。〈黒の魚人〉と行動していたキピウの群れすら、動きを止めてこちらの様子をうかがっていた。


 アリエルはひどく困惑するが、やがて彼らが神殿を恐れているのではないかと考えるようになる。その証拠に、アリエルが挑発するように壁から身を乗り出して姿を見せても、魚人たちが攻撃してきたり接近してきたりすることはなかった。


「エル」

 ルズィの声に振り返ると、抜き身の剣を手に歩いてくる戦友の姿が見えた。

「どうしたんだ?」

「どうやら神さまが助けてくれるみたいだ」

「はい?」


 顔をしかめたアリエルを見ながらルズィは苦笑する。

「〈青の魚人〉の祈りが届いたのさ」

「なにが起きるんだ?」

「さぁな、それを見届けにきた」


 耳が痛くなるような不気味な静寂を破るように、厚い氷が砕ける鈍い音が環状壁から聞こえてきた。やがて壁の表面から白い砂状の細粒(さいりゅう)がサラサラと流れだしていくのが見えた。それは(まばた)きする間に人の姿を形作っていくと、金属製の重厚な鎧を身につけた戦士の姿に変化していく。


 鉄兜の隙間からは、夜の闇を思わせる黒い瞳が見えた。一見すれば実体を持つ戦士に見えたが、それは幽鬼のように不安定で朧気(おぼろげ)な存在で、そこにいるはずなのに、まるで気配を感じることができなかった。


 その奇妙な戦士たちが白い壁から次々とあらわれて、そして魚人たちに襲いかかるのが見えた。これは憶測でしかないが、敵魚人は神殿を守護する戦士たちの存在を知っていたのかもしれない。だからこそ神殿に近づくことを躊躇(ためら)っていたのだろう。彼らは白い壁のなかに潜む戦士たちを恐れていたのだ。


 どこか無機質で、感情のみえない動きで容赦なく殺されていく魚人たちの悲鳴にまじって、無数の〈氷槍〉が飛んでくる音が聞こえる。攻撃を受けた鎧の戦士は氷が砕けるように粉々になるが、すぐに元の姿に修復され、そして魚人たちに反撃を行う。


 鎧を身につけた人間のようにも見えたが、結局のところ、ソレは呪術によって生成される氷や炎のような存在でしかないのだろう。手足を失くし破壊されようと、すぐに元の状態に戻る。神殿を守る為だけに存在するモノなのかもしれない。


 戦士たちの出現によって形勢が変わったことに気がついた〈黒の魚人〉は、キピウを囮にして撤退していった。そして(あわ)れなサルの群れも、瞬く間に制圧され殺されていった。

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