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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第一章 戦場
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09


「それで、なにか貴重な書物は見つけられたのか?」

 ノノと一緒に大量の本が保管されていた部屋に戻ると、アリエルは長机に置かれた書物を手に取りながら(たず)ねた。美しい毛皮を持つ豹人は頭を横に振ったあと、小さな声で(うな)る。


『残念ながら〈第一紀〉に関連する資料は見つけられませんでした。どうやらこの部屋に保管されている書物の多くは、もっと学術的な(なに)か……たとえば、部族の風習や信仰に関する研究資料のようなものでした』


「研究……」と、青年はつぶやく。「〈盲目の使徒〉たちが残した部族の記録なのかもしれないな」

『反逆者たちが敵対する部族を支配するために、聖地の権威を利用していたっていう噂は本当だったのですね』


 アリエルは彼女の言葉にうなずいたが、反逆者たちについては詳しく知らなかった。武力によって聖地を‶不法に〟占拠していたことは知っていた。そして聖地を解放するべきだとする族長たちの要請を、彼らが一年以上も無視し続けていたことも。


 首長の戦士たちが〈霞山(かすみやま)〉を強襲したのは、先の(いくさ)の報復という意味合いもあったが、あの戦闘と犠牲がなくても、いずれ首長は聖地を攻撃して、この地を不法に占拠し続けていた部族を追い出していたのかもしれない。そして聖地を警備するという名目で、霞山を手中に収める腹積もりだったのだろう。


『エル』

 アリエルは頭のなかで響く豹人のやわらかな声に反応して、思考を打ち切る。

「どうしたんだ、ノノ」


『これは推測ですが、あの龍の幼生(ようせい)に〈神々の遺物〉の力が宿っているのではないのでしょうか?」

「どういうことだ?」

霞山(かすみやま)までの道中、エルは私たち姉妹に話をしてくれました。この神殿に遺物が保管されていると、しかしその気配はどこにも感じられません』


「気配?」

 彼が顔をしかめると、深紅(しんく)の眸から(もや)のような光が()れるのがノノに見えた。

『言葉にするのは難しい……でも、とても恐ろしい気配です』彼女は小さな声で鳴いたあと、言葉を選びながら続けた。『〈神々の遺物〉と呼ばれるモノの多くは、長く続いた戦乱の影響で〈混沌〉に(けが)され、邪悪な気配を(まと)っています』


「ここでは、その気配が感じられなかったのか?」

『臆病な獣が天敵の臭いを嗅ぎ取るように、私たちは混沌の気配に敏感です。けれどこの場所には、私たちの心のなかに()い寄り、恐怖を呼び起こす気配は少しも感じられません』

「その遺物が混沌に(けが)されていない可能性もある」


 そんな遺物が存在するのだろうか、ノノは青年の眸を見つめながら思考する。すべての遺物は神々の手でつくられ、多くの種族に与えられた。しかし種族間の戦争が始まると、それらの遺物は戦場で使用され、神々の打倒を目論(もくろ)んだ邪神たちに利用され(けが)されてしまった。


 もはや神話として語られる大昔の戦争について詳しく知るものはいないが、〈女神〉が語る遺物の危険性を(うたが)うつもりはなかった。


 ノノが黙り込むと、青年は机に置かれていた書物に視線を落とす。

「ところで、この本は?」

『森で暮らす部族について(しる)された書物です』

「たとえば?」


『各地域を支配している族長や各部族の生業(なりわい)、それに誰が見ても人物を特定できる人相書き。神殿の関係者が、その権限を使い手に入れた多くの情報が確認できます』

「つまり、諜報活動によって得られた機密文書か……。クラウディアたちを(さら)うことができたのも、この情報があったからなのかもしれないな」


 要人暗殺を主とした任務をこなしてきた身分からすれば、それらの資料は宝石以上に価値のあるモノだった。仕事で最も重要で必要とされながらも、つねに危険が(ともな)う情報収集を必要とせず、誰に気取(けど)られることなく目的の人物を素早く処理することができるのだ。


 この機密文書が部族間の争いにおいて、そして〈境界の守人〉に与える優位性は計り知れない。種族と部族の垣根(かきね)を越えて信仰の対象になっていた神殿を管理していたからこそ、これだけの情報を集められたのかもしれない。


「こいつは首長との取引に使えるな」

 境界の守人はどの部族にも属さない戦闘集団だが、現在では首長の庇護(ひご)のもと、活動を続けるための戦士や物資を得ている。


 首長の軍勢は部族間の紛争や略奪によって支配地域を拡大させながら、多くの部族を吸収し多種多様な種族によって構成されている。かつて繁栄を誇った〈境界の守人〉も、今ではその一部でしかないのかもしれない。


 首長に対する忠誠心なんてモノは持ち合わせていない。しかし滅びを待つしかなかった組織が日々の(かて)を得ることができたのは、組織を庇護(ひご)して仕事を与えてくれた首長の存在があったからに他ならない。小さな部隊を率いる立場にあるアリエルは、兄弟たちのためにも、首長の厚意に(むく)いる義務があると考えていた。


 けれどそれでも彼は首長のことを信用していなかった。これまでの人生がそうだったように、なにかを期待すれば、いずれ手痛い裏切りが待っていることを知っていたのだ。


『そしてこちらが』と、ノノはとなりの長机を手で()(しめ)した。

『〈神々の子供たち〉について(しる)されている書物です』


「ずいぶん少ないな」

 机には薄い書物が三冊しかのっていなかった。


『時間がなく急いで確認したからです。しかし先ほども()べたように、ここに保管されている書物の多くは、〈神々の子供たち〉に関係のないモノでした。もう少し時間を(いただ)ければ、必要な書物を探すこともできますが――』

「いや、いい。今はこれで充分だ。ありがとう」


 それからアリエルは腕を組んでしばらく黙り込んだ。その間、ノノは書物や巻物を手に取り確認しながら、必要なモノと、そうでないモノとで分けていく。そして機密文書と思われるモノと、古代の貴重な書物も手際よく分けていく。とくに必要のない情報が(しる)されている書物には触れず、貴重なモノだけ手前の机に並べていく。


 アリエルは彼女の手に注目した。その手は体毛に覆われていたが、人間のソレと大きな違いはない。指の数が多いこともなければ、少ないこともない。自由に出し入れができる爪は人間の皮膚を軽く引き裂けるほど鋭いが、長い指は優美で洗練されていた。


 豹人はつねに裸足だったので、足の裏に厚い肉球があることは知っていたが、体毛の生えていない手のひらに、ソレらしきモノは確認できなかった。亜人に対する興味は尽きないが、彼は現実逃避を止めて考えに集中する。


「貴重な書物はクラウディアたちと上階にいる戦士たちと協力して回収しよう」

 それから彼は目の前に置いてある書物に視線を落とす。

「その機密文書に関しては考えがある」

 ノノが返事をすると、青年は各部族の要人に関連する情報がまとめられていた書物を(ふところ)にしまい、彼女を連れて上階に向かうため駆け足で廊下を進む。


 その途中でクラウディアたちと一緒にいたリリに声をかける。

「準備ができたら、彼女たちを連れて書物を回収してくれ」

 リリの返事を待たずに通路を進んだ。神官たちの死体を踏まないように注意し、祭壇の周囲を捜索したが、やはり遺物は確認できない。そもそも、アリエルはそれがどんな形状をしているのかも分からなかったのだ。なにが遺物だ、クソでも()らっていろ。


 それから狭い通路に入る。壁に設置された梯子(はしご)(そば)に到着すると、壊れた彫像が手にしていた金の教本を拾い上げ、あとで必要になると言ってノノに預ける。


 神殿は相変わらず奇妙な静寂に包まれていて、敵が侵入してくる気配もなかった。アリエルはすぐにラファに声を掛けて守人たちを集めると、これからのことについて話し合った。


「神殿の屋上から外に出る。ラファは兄弟たちと遺跡の南東にある広場に向かってくれ。やたらデカくて目立つ噴水がある広場だ。そこに敵部隊の陣地がある。今はもぬけの殻だが、連中が残した物資が残っている。そこで旅衣(たびい)を調達してきてもらいたい。目立たず、かつ長旅に耐えられる衣類だ。とくに履物に関してはいいモノを探してきもらいたい」


 履物に関しては(ゆず)れない、とにかく森を出るとなると、そうとうな長旅になるはずだ。すぐにダメになるような草鞋(わらじ)は論外だ。〈黒の人々〉が使用するブーツがあればいいのだが、それが見つかる可能性は低いだろう。


「言い忘れていたけど、その物資を必要としているのは地下にいる女性たちだ。それを考慮して物資を調達してきてくれ。探索のさい、敵部族の戦士と遭遇しても無理に相手をする必要はない、作戦進行の邪魔になるモノだけを排除してくれ。ことが終わり次第、神殿に戻ってきてくれ。屋上から戻ることが困難な場合は、連絡要員を近くに忍ばせて、適当な建物に待機していてくれ」


 女性と聞いて守人たちは困惑したが、すぐに表情を引き締める。

「ついて来てくれ」


 アリエルは戦士たちをつれて神殿の屋上に出る。そこでは立っていられないほどの強風が吹きつけていた。高所は苦手だった。けれど、その高さのおかげで誰にも見られることなく神殿の外に出ることができた。いつの間にか灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな表情をみせていた。


 アリエルは黒煙が立ち昇る遺跡群に視線を向けた。火の手はそこかしこで上がっている。本隊が到着して戦闘に参加していたので、争いは(じき)に収束すると思われた。その証拠に、遺跡を支配していた戦士たちの掛け声や怒号、悲鳴は聞こえなくなっている。


 眼下に視線を向けると、神殿前に展開していた敵守備隊がいなくなっていて、略奪を目的とした味方の戦士たちが神殿に侵入しようと(こころ)みているのが見えた。まずは連中に対処しなければいけないようだ。

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