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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部

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09


 アリエルは収納の腕輪から〈治療の護符〉を取り出すと、魚人の黒水晶を思わせるギラついた眼に見つめられながら火傷していた左腕を治療する。


 拳大の〈火球〉が直撃していた前腕は焼け(ただ)れ、ひどく()れて水膨れができて皮膚がめくれているのが確認できた。先ほどまでの興奮が冷めたからなのか、負傷箇所の痛みは(するど)く、眩暈(めまい)や吐き気を(もよお)灼熱感(しゃくねつかん)に絶え間なく襲われていた。


 護符によって治療が行われている間、網目の魚人が襲ってくることはなかった。理由は分からなかったが、妖刀を手にした魚人は余裕のある落ち着いた雰囲気で青年を見つめているだけだった。おかげで無事に治療することができたが、もう手持ちの〈治療の護符〉が尽きてしまったので、大きな怪我をすることは許されない。


「……やれやれ」

 青年は息をついたあと、刀の柄を握り直して網目の魚人からの攻撃に備える。得体の知れない妖刀は、その存在が不確かな黒い(もや)すらも斬ってみせるほどの武器だ。一太刀でも受けるわけにはいかないだろう。


 アリエルは血液の流れを意識しながら呪素(じゅそ)を全身に行き渡らせ、一時的に身体能力(しんたいのうりょく)を底上げする。その間、魚人の首を吊るす気色悪い旗竿を背負っていた網目の魚人は、余程の自信があるのか、青年の行動をただ静観していた。


 戦いの準備ができると、刀を構えた状態で敵にじりじりと近づく。魚人を守っていた不可視の障壁は、呪術師たちの死によって消滅していたかもしれないが、そもそも得体の知れない呪術だったので油断することはできないだろう。


 意外なことに、攻撃の口火を切ったのは魚人だった。アリエルが一定の距離に接近すると、魚と蜥蜴(とかげ)の混血を思わせる(おぞ)ましい姿を持つ魚人が飛びかかってくる。青年は敵の動きに合わせて、おそろしい瞬発力をみせて刀を横に振った。脇腹に食い込んだ刃は、そのまま脊髄を両断して魚人に致命傷を与えるはずだった。


 けれど魚人は逆手に握り直していた刀で攻撃を(はじ)くと、返す刀でアリエルの首を()ねようとする。青年は底上げされた身体能力を最大限に引き出し、間一髪のところで攻撃を避けると、身体(からだ)が触れ合うほどの超至近距離にいた魚人に向かって〈氷槍〉を射出した。


 それは密かに準備していた呪術で、魚人が使用する〈氷槍〉ほど洗練された呪術ではなかったが、それでも人間の身体(からだ)を破壊するのに十分な攻撃力をもった氷の塊だった。


 しかしあろうことか、魚人は信じられないような動きと反応をみせて、鋭利な氷の塊をひらりと避けてしまう。そしてくるりと身体(からだ)を回転させたかと思うと、文字通り目にもとまらない速さで回し蹴りを放った。


 アリエルは咄嗟(とっさ)に腕をあげ、側頭部を(かば)うことで何とか致命傷になることを避けたが、打撃による衝撃は凄まじく、蹴りが直撃した左腕は簡単に折れてしまう。


 青年はすぐそこまで迫っていた死の影に(おび)え、思わず後方に飛び退()く。しかし魚人は攻撃の手をゆるめようとしない。(あや)しく明滅する刀身が眼前に迫ったときだった。ラライアの遠吠えが聞こえたかと思うと、突如ふたりの間に発生した衝撃波によって青年は吹き飛び、汚泥のなかを転がる。魚人の攻撃を受けないためだったとはいえ、青年は思いもよらない痛みを味わうことになった。


『大丈夫、エル?』

 心配になったラライアが駆け寄ってくるが、魚人の矛先が彼女に向けられないように、青年はすぐに立ち上がって片手で太刀を構える。

「ああ。少し痛かったけど、あの刀で斬り殺されるよりマシだな。それより、ラライアは敵の増援に注意してくれ。魚人の呪術師が来たら厄介なことになる」

『わかってる』


 敵を威嚇するラライアの低い(うな)り声を聞きながら、アリエルは網目の魚人と対峙する。身体能力(しんたいのうりょく)から戦闘技術、そして武器の性能に至るまで負けていたが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。と、そんなことを考えている間にも、魚人は一気に距離を詰めると、刀を振りかざし渾身の一撃を繰り出す。青年は研ぎ澄まされた集中力で攻撃を受け流しながら斬りかかる機会をうかがう。


 連続で打ち込まれた魚人の攻撃を(はじ)こうとしたときだった。強烈な衝撃に耐えきれず、甲高い音とともに刀が粉砕されてしまう。それは聖地〈霞山(かすみやま)〉でインから(ゆず)り受けていた業物(わざもの)だったので、刀が破壊されてしまった精神的な衝撃は大きく、その事実を受けいれるのに少しの時間が必要だった。


「クソっ」

 魚人と距離を取ると、収納の腕輪に刃を失った刀を収納しながら周囲をサッと見回して、武器として使用できるモノがないか確認する。すぐ近くにザザが使用していた大剣が転がっていたが、その金属の塊は青年が片手で扱うにはあまりにも大きく重たかった。


「ザザ! すぐに使える武器はないか?」

 青年の言葉に答えるように、よろよろと立ち上がっていた昆虫種族が毛皮のマントから腕を出すのが見えた。その手には、重そうな両刃の鉄の斧が握られていた。それは立派な凶器だったが、網目の魚人が持つ妖刀を相手取るには(いささ)か荷が重い。


「何もないよりマシだな……」

 アリエルは魚人から視線を外すことなく足元の大剣を拾い上げると、こちらに向かって歩いていたザザに投げて、代わりに彼が投げた斧を受け取る。


「こいつが壊されても泣かないでくれよ」

『心配するな、若き守人よ。そもそも我々一族に涙を流す器官はついていない』

「……そうだったな」

 アリエルは肩をすくめると、両刃の重たい斧を肩に(かつ)いだ。


「それじゃ……行きますか」

 アリエルが無数の〈氷槍〉を射出しながら駆け出すと、ザザは昆虫じみた瞬発力で敵に襲いかかる。しかし網目の魚人は冷静に氷の塊の軌道を見極めると、最小限の動きで難なく避け、それからザザの攻撃を正面から受け止めた。


「この化け物が!」

 今度はアリエルが渾身の力を込めて斧を振る。大剣の一撃を受け止めていた魚人は動くことができなかったので、さすがに攻撃を避けることはできないと思われた。しかしそこでも魚人はあり得ない動きをみせた。片足をあげると、水かきのある足で斧を(つか)むようにして衝撃を受け止めた。


 魚人の(うろこ)に覆われた足には鋭い鉤爪(かぎづめ)がついていて、それが斧の刃に突き刺さっているのが見えた。

「なんでもありだな……」


 アリエルは魚人の身体能力(しんたいのうりょく)の高さにウンザリしていたが、間を置かず体内で()りあげていた呪素を足元に向かって放出する。次の瞬間、泥に(おお)われていた地面の一部が隆起(りゅうき)して、(とげ)のように細く鋭い杭状の突起物が伸びてくるのが見えた。


 身動きが取れなくなっていた魚人は、四方から伸びる無数の〈土槍〉に串刺しにされるかと思われた。しかしここでも魚人は驚異的な身体能力(しんたいのうりょく)を駆使して攻撃から逃れる。


 呪素のゆらめきを感じ取った魚人は、眼の端で地面が隆起していくのを見ながら、ザザの大剣を押し返すように片足だけで跳び上がる。そして体勢を崩した昆虫種族の巨体を蹴り上げ、身体(からだ)(ひね)り回転させると、足先で掴んでいたアリエルの斧を遠くに投げ捨てた。そして着地と同時に衝撃波を発生させ、ふたりを吹き飛ばすと同時に、呪素によって形成されていく〈土槍〉を粉砕する。


 それは(まばた)きの間の出来事で、青年が気づいたときには汚泥のなかに仰向けに倒れていた。

「やっぱり化け物だな」


『しっかりしろ、若き守人よ。あれは化け物ではなく忌まわしい魚だ』

 ザザは立ち上がると、アリエルに向かって手を差し出した。青年はその硬い殻に(おお)われた手をしっかりと握って立ち上がる。


「なら教えてくれ」彼は唾と一緒に血を吐き出しながら言う。「どうして魚が陸を歩いているんだ?」

『ふむ、それは実に興味深い質問だ』

 ザザが折れ曲がった大剣を足元に捨てたときだった。網目の魚人は何かを察知したのか、周囲をキョロキョロと見まわしたあと、静かな動作で刀を収めた。


 枯れ枝を踏み抜く音で振り返ると、ルズィたちがやってくるのが見えた。

『引き際を心得ているようだな』

 ザザの言葉に視線を戻すと、すでに魚人の姿はそこになかった。

「見逃してくれたのか……」

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