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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部

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08


 その〈黒の魚人〉は、網目の魚人のように奇妙でグロテスクな恰好をしていた。かれらが身に(まと)うのは動物の毛皮ではなく、〈青の魚人〉から()いだ生皮で、それは鮮血にヌラヌラと濡れていた。彼らが〈青の魚人〉と敵対していることは明白だったが、同族に対して行われる残忍な行為に、身の毛がよだつような恐怖を感じてしまう。


 湖の周囲に拠点を持つ魚人の部族が、どうして敵対関係にあるのかは分からなかったか、そこには憎しみや怒りだけでは説明できない感情が含まれているように感じられた。


「ザザ、まだ戦えるか?」

 青年の言葉に答えるように大柄の昆虫種族は大剣を拾い上げると、アリエルからの攻撃に警戒して動きを止めていた網目の魚人に向かって構えた。

『問題ない。すぐに(やつ)を殺して、そちらの助けに向かう』


 ザザはそう言うと、〈赤の魚人〉が使う槍から回収していた鋭い石刃(せきじん)投擲(とうてき)しながら魚人に接近すると、大剣による強力な攻撃を繰り出す。複数の腕を持つ強みを生かした無駄のない動作だったが、その攻撃に反応してみせた網目の魚人は、アリエルから視線を外し、昆虫種族との戦いに突入する。


 青年はヒタヒタと歩いてくる二体の魚人の動きに注意を向けながら、体内の呪素(じゅそ)を練り上げる。彼と対峙していた二体の魚人は、網目の魚人のように武器を携帯していなかったが、かれらが手にする枯れ枝のような杖は、呪術師が体内で練り上げた呪素を効率よく放出するための補助的な役割で(にな)うだけでなく、高度な呪術を使用するための呪術的媒体だと思われた。


「つまり……」と、アリエルはつぶやく。

「得体の知れない呪具(じゅぐ)を扱う呪術師を相手にしなければいけないのか」


 そうであるなら、ひとりで相手にするのは荷が重いだろう。しかしラライアの助けは得られそうになかった。彼女は負傷した〈青の魚人〉を守りながら戦わなければいけなくなる。そしてそれは敵に絶好の攻撃機会を与えることになるだろう。


「ひとりでやるしかないな……」

 青年は息を吐き出しながら両手で刀を握ると、右足を踏み込むと同時に、無防備に接近していた魚人に斬りかかる。しかしそこで奇妙なことが起きる。敵を(とら)えたと思った刀身は空を斬り、そこに立っていた魚人の姿が霧散して消える。

「〈幻影〉か!」


 嫌な予感に鳥肌が立つのを感じると、アリエルは後方に飛び退()く。次の瞬間、虚空に出現した〈火球〉が眼前を通り過ぎていく。青年は周囲をサッと見回して敵の姿を探す。しかし〈幻影〉と〈認識阻害〉の呪術を常時発動しているのか、その姿を見つけることは困難だった。


「まるで――」幽鬼を相手にしているようだ。

 アリエルが言い終える前に無数の〈氷槍〉が飛んでくるのが見えた。青年はパッと横に飛び退()いて転がるようにして攻撃を(かわ)した。すると前方で空間が揺らめいて、呪素が一箇所に集まりながら爆発的に膨れ上がっていくのを感じた。


 攻撃が来る。それは今までにない強烈な攻撃になるだろう。

 アリエルは攻撃を避けるために、すぐに動くこともできたが、()えて反撃することで呪術の発動を止めようとした。そして彼は()けに勝った。体内で練り上げていた呪素を一気に放出することで、土を(またた)く間に硬質化させ鋭い(やじり)を形成すると、前方に向かって瞬時に射出した。


 乾いた破裂音のあと、幽霊のように朧気(おぼろげ)な存在になって隠れていた呪術師が姿をあらわした。魚人は肩から右半身が吹き飛んでいて、大量の血液が噴き出していた。アリエルは地面を蹴って一気に接近すると、目にも止まらない速さで刀を振り抜いた。


 斬り裂かれた魚人の腹部から血液と内臓が溢れ出て足元にこぼれ落ちる。それでも魚人はよろよろと歩こうとしたが、自身の(はらわた)(つまづ)いてドサリと泥濘(ぬかるみ)に倒れた。これで青年が相手にしなければいけない呪術師は一体だけになった。青年は血振りをくれて刀身に付着した血液を払うと、太刀を握り直して精神を研ぎ澄ませる。


 ベチャベチャと汚泥のなかを歩く何者かの存在を(とら)えるが、青年は動かない。限られた攻撃の機会を生かすため、相手に攻撃の(すき)を与えることにしたのだ。その間も、網目の魚人とザザが刀を打ち合う甲高(かんだか)い金属音が鳴り響いていた。


 呪素(じゅそ)の揺らめきを感じ取ると、アリエルは敵からの呪術に備えて腰を落とす。攻撃のために放たれた呪術を避けたあと、一気に接近して斬りつけるつもりでいたのだ。しかし今回は思惑通りにいかなかった。突然足元の泥濘(ぬかるみ)が沼のように変化して足が沈み込んだかと思うと、身動きが取れなくなってしまう。


 アリエルが動揺した瞬間を狙っていたのか、虚空に出現した無数の〈石礫(いしつぶて)〉が高速で飛んでくるのが見えた。青年は重心を落として泥濘(ぬかるみ)に手をつけると、〈石の壁〉を形成して攻撃を防ごうとした。その試みは成功するように思えたが、攻撃を受け止めたあと、泥を硬質化させていた呪素が霧散(むさん)して厚い岩壁は腐臭を放つ汚泥に変わる。


 呪術師の仕業(しわざ)なのだろう。なんとか沼から離れることができたアリエルは距離を取ると、足元に注意しながら目に見えない敵の位置を探る。


 しかし魚人からの攻撃に備えて、周囲の動きを警戒していたラライアにも敵の姿は見つけられないのか、青年は突如出現する〈火球〉や〈氷槍〉から身を守ることで精一杯になる。魚人は呪術の卓越した使い手なのか、炎や氷だけでなく、土すらも自在に操り攻撃の手段は多岐にわたる。


 地面に転がりながらも何とか攻撃を避けていたアリエルは、足元に横たわっていた魚人の死骸に(つまづ)きそうになるが、そこで状況を打開するための行動に出ることにした。〈黒の魚人〉の死骸に触れると、(みずか)らの血に宿る力を解放して魚人の魂を――あるいは怒りと憎しみ満ちた思念の残滓(ざんし)とでも呼べるモノを呼び起こす。


 死骸から黒い(もや)が立ち昇るのが見えたかと思うと、それは()じれた杖を手にした魚人の姿を形作っていく。その間、アリエルは〈黒の魚人〉が生命に対して(いだ)く怒りや憎悪、そして泣き叫びながら抵抗する〈青の魚人〉を犯し、快楽を得ながら(なぶ)り殺しにしている魚人の記憶を鮮明に見ることになった。


 かれら〈黒の魚人〉が抱える負の感情は、たとえば混沌の生物が持つような、生命に対する冒涜的で狂気を(はら)んだ感情にも似ていた。その根幹(こんかん)には、〈黒の魚人〉が(あが)める邪神の意思が関係しているのかもしれない。


 しかしアリエルは魚人の思念から流れてくる負の感情や記憶を、それ以上、受けいれてしまうことを拒絶した。魚人の憎しみに呑まれるわけにはいかなかったのだ。


 突如出現した黒い(もや)に動揺したのかもしれない、呪術を駆使して姿を隠しながら攻撃を続けていた敵魚人の攻撃が止まる。アリエルの能力によって出現した黒い(もや)が動いたのは、まさにその時だった。


 黒い(もや)によって形作られた杖から(まばゆ)い光が放たれたかと思うと、それまで目に見えなかった魚人の呪術師が姿をあらわす。呪術によって強制的に〈幻影〉と〈認識阻害〉を解除されたのだろう。


 アリエルはその(すき)を見逃さず、呪術師に向かって駆けた。しかし敵魚人は冷静だった。すぐに無数の〈火球〉を浮かべると、猛然と駆けていた青年に向かって射出した。彼は頭部を(かば)うように左腕を上げると、攻撃を気にせず突進した。


 途中、〈火球〉の直撃を受けて火傷を負うが、激しい興奮で痛みを感じることはなく、その表情には笑みすら浮かべていた。そして刀の切っ先を突き出すようにして、魚人に向かって飛び込む。


 たしかな手応えとともに、敵魚人の首に刀が深く突き刺さったのが分かった。力を失くした魚人が倒れると、その頭部を踏み潰すようにして刀を引き抜く。と、そこに網目の魚人と闘っていたザザが吹き飛んできて、汚泥の中を転がっていくのが見えた。深手を負っているのか、すぐに立ち上がれないようだ。


 青年はすぐに黒い(もや)に指示を与え、網目の魚人を攻撃させる。しかし思いもよらないことが起きた。これまで、ありとあらゆる攻撃を寄せ付けなかった黒い(もや)は、魚人が刀から繰り出した一閃(いっせん)によって霧散(むさん)し消滅してしまう。それは今まで経験したことないことだった。


 どうやら魚人が手にする妖刀は、アリエルたちが考えていた以上に厄介な代物のようだ。

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