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神々を継ぐもの  作者: パウロ・ハタナカ
第四章 南部
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02


 魚人が支配する広大な領域の調査を開始して一週間になるが、湖を渡る手段はおろか、魚人の斥候(せっこう)が潜んでいない場所を見つけることにも苦労していた。遠征隊は湖の周囲を慎重に探索していたが、魚人の襲撃による犠牲者の数が増えるばかりで、目立った成果を得ることはできなかった。


 南部遠征で(した)しくなっていた仲間の命が奪われる日常に慣れることはできなかったが、でもだからといって後悔して立ち止まることも、引き返すこともできなかった。遠征に参加した者たちは、それなりの決意と覚悟をもっていた。たとえ欲望にまみれた動機だったとしても、彼らの思いを裏切ることはできない。


 しかし湖の調査に、いつまでも時間をかけている余裕はなかった。ウアセル・フォレリの隊商を護衛するという名目で行われている遠征には期限があり、守人は適切な時期に〈境界の砦〉に帰還して、本来の仕事である混沌の領域を監視するという任務を再開しなければいけなかった。


 その焦りが無謀な偵察につながり、犠牲者を出す原因になっていたのかもしれない。湖の調査に専念するあまり、遠征隊は〝黒い沼地〟に潜む魚人の存在を失念していた。


 数日の調査によって、湖を中心にして(いく)つかの魚人の部族が存在することが分かっていた。もっとも大きな勢力は、湖畔に点在する遺跡に集落を築き、そこで生活していた部族だ。(うろこ)に赤土を塗る習慣を持つことから、遠征隊からは〈赤の魚人〉と呼ばれていた。


 野蛮な集団で、捕らえ監禁していた他種族の女性を強姦し、男性を(なぶ)り殺しにして()らう様子が見られた。


 人のように集団で行動することを好み、酒の楽しみ方を知らない若者のように、頻繁に宴会を(もよお)すことも分かっていた。その宴会で振舞われるのは湿地で狩られた動物や、隊商から(さら)われてきた人間や亜人だった。危険な部族ではあるが湖を離れることは滅多になく、狩りを担当する集団に注意していれば、それほど脅威になる部族ではなかった。


 気になる特徴として〈赤の魚人〉には大柄で粗野(そや)な戦士が多く見られたが、性別的な差異は確認できず、女戦士が存在するのか判断できなかった。あるいは、他種族の女性を捕えて強姦するのは、生殖が行える女性が――つまり、体内で卵子を作り出すことのできる個体がいないからなのかもしれない。


 対照的に〈青の魚人〉と呼ばれていた部族は、動物の毛皮や植物を加工した衣類を身につけていて、どこか文明的な雰囲気を(ただよ)わせている。〈赤の魚人〉と異なり、しなやかな身体(からだ)からは、生物学的な女性の特徴が見られた。


 また目立った特徴として、カエルと魚の混血のような(おぞ)ましい姿をした〈赤の魚人〉と異なり、より人間に近い姿をしていた。小さな頭部や整った顔立ちをしていて、(うろこ)のある左右対称の長い手足を持っていた。首元には(えら)が確認できたが、(うろこ)のないやわらかな乳房を持ち、遠目に見れば人の女性に見えなくもない。


 しかしその肌は(あざ)やかな水色で、背中や手足に見られる(うろこ)は濃い群青色(ぐんじょういろ)だった。地上では目立つ色合いだが、水中では異なる印象を受けるのかもしれない。


 彼女たちは〈赤の魚人〉と交流することがなく、弓の(つる)のように張りつめた生活を送っている。その緊張感が何処(どこ)からくるモノなのかは分からなかったが、女戦士が休むことなく集落を警備する様子が見られた。


 (あし)亜麻(あま)で作られた円錐形(えんすいけい)の住居が並ぶ集落では、幼い魚人の姿も確認できた。それは〈赤の魚人〉の集落でも見られる普通の光景だったが、女性しかいない集落に子どもがいる理由が分からなかった。もちろん種の存続に子孫を残すことが必要不可欠なのは理解していたが、その子どもは何処(どこ)からやってくるのだろうか。


 赤の部族のように、生殖のために他種族の異性を誘拐していることも考えられたが、上空から偵察した〈青の魚人〉の集落では、そのような行動は一切確認されなかった。


 あるいは、〈青の魚人〉は単為生殖(たんいせいしょく)が可能な生物のように、雌だけで繁殖することができるのかもしれない。いずれにしろ、彼女たちの生態を調査する時間はなかったので、集落で多くの子どもが確認できた理由はハッキリとしなかった。彼女たちと交流できる機会があるなら、その理由が分かるかもしれないが、それは(おぼ)れる人魚を見るくらいには難しそうなことだった。


 そしてもうひとつ、規模は小さいが危険な部族が存在する。〈黒の魚人〉と呼称されていた部族は非常に攻撃的で、たとえ他部族の魚人だとしても、〝黒い沼地〟に侵入したものは容赦なく攻撃する気性を持っていた。遠征隊に多くの犠牲者を出してしまっていたのも、その部族による襲撃が後を絶たないからだった。


 かれらは〈赤の魚人〉と異なり、ある種の恐怖心を(いだ)かせる蜥蜴(とかげ)にも似た攻撃的な頭部を持ち、筋骨たくましい体躯(たいく)をしていた。身体(からだ)を覆う(うろこ)(つや)のある暗黒色(あんこくしょく)で、〈赤の魚人〉の体表に見られるヌメリのある体液は確認できない。


 身体能力(しんたいのうりょく)も高く、のっそりと行動することはなく、沼地に君臨する捕食者として獲物を狩るための最適な能力を持っているように感じられた。


 動物的で野性味のある野蛮さを持つ〈赤の魚人〉と違い、相対するだけで心を(くじ)くような、どこか洗練された残虐性を持つ生物でもあった。

 しかし傭兵たちを震え上がらせていたのは、その残虐性だけではなかったのだろう。かれらが戦利品のように腰に吊るしていた〝干し首〟が、更なる恐怖を()き立てていたのかもしれない。


 それに〈黒の魚人〉は、ただ獲物を狩るのではなく、組織だった動きで獲物を追い詰める傾向があった。たとえば彼らは、〈キピウ〉に似たサルの()れを支配していて、斥候(せっこう)のような役割を与えることがあった。


 厄介なことに、鳥のような長いクチバシを持つサルは、人間の大人ほどの体長を持つムカデを使役(しえき)していて、黒々として沼が広がる足場の悪い場所でも素早く移動することができた。それが原因なのかは分からなかったが、どんなに慎重に行動しても、沼地ではすぐに〈黒の魚人〉に発見され、襲撃されることになった。


 それらの特徴的な部族以外にも魚人の集落は存在しているように思われたが、この三つの部族が大きな力を持っていることは間違いないだろう。幸いなことに、遠征隊が相手にしなければいけなかったのは、〈赤の魚人〉だけだった。〈黒の魚人〉が徘徊する沼地の調査を諦め、湖を渡ることだけに集中すればいいのだ。


 だが、それが都合よくいかないことも分かっていた。数日間かけて行われた調査の間、遠征隊に所属する偵察部隊は何度も魚人の襲撃に()い、そのたびに激しい戦闘が行われることになった。部族に存在が知られないために、敵対した魚人を全滅させていたが、思惑通りにことが運ぶとは限らなかった。


 何度も戦闘が行われる過程で、傭兵の小部隊が一方的に惨殺(ざんさつ)されることがあり、いよいよ敵に遠征隊の存在が知られてしまうことになった。〈白冠の塔〉のおかげで、野営地が攻撃される心配をする必要はないが、この局面を打開するため、積極的に行動することが求められた。


 どのような状況下でも冷静に、そして俯瞰的視野で物事を見極めてきたウアセル・フォレリの呼びかけで集会が開かれることになった。そこで彼は、誰も考えなかった提案をすることになった。


「つまり――」と、褐色の肌を持つ青年は陽気な笑みを浮かべる。「この湖のことを誰よりも知っている者たちに助けを求めるんだ」

 彼はそう言うと、〈青の魚人〉を()した木彫りの人形をコトリと机に置いた。

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