はじめに
〈塵を踏むもの〉について我々が語るとき、物語の核となるのは〈塵の最後の血族〉とされる青年の人生だった。
青年の存在がはじめて確認されたのは〈司書〉たちによって記され、完全な状態で保管されていた〈第一紀〉に関する歴史書だったとされている。現在、書物を管理する〈司書〉たちとの接触が断たれた世界では、残念ながら記録の真偽を確かめることは不可能とされていた。
しかし白金山脈の聖地を守護する〈盲目の信徒〉たちの口承によって〝叙事詩〟が書き起こされたことで、我々は青年が辿ることになった数奇な人生について知ることができるようになった。けれど、それらの書物に記された青年は、〈塵を踏むもの〉として、また神々の子供としての残酷な一面が描かれるばかりで、青年が愛した世界、そして彼が愛した数々の魂について語られることはなかった。
神々が去り、そして世界が〈殲滅戦争〉とも呼ばれた忌々しい災禍に見舞われ、〈第二紀〉が終わりを迎えようとしている時代に、風を纏う巨人たちの最後の詩を聴きながら白金山脈の頂に登り、そこで〈盲目の信徒〉たちと共に生きた時間を真に意味のあるものにするべく、私は〈塵を踏むもの〉について、そして神々の子供たちについて書き残そうと思う。
■
『以下は神々への反逆が始まったとされる暗い時代に――〈終末の時代〉と呼ばれる〈第三紀〉において、中世史の研究家として知られている盲目の信徒〈シャル・ラ・ウル・ウリアン〉の自室に残されていた書物の〝写本〟をもとに執筆、編集された物語だ。
しかし〈嘆きの神殿〉の陥落と共に姿をみせた邪神たちの暗躍、そして神々の子供たちを崇拝する僧兵が起こした戦争〈深淵の嘆き〉により、その大部分が失われてしまっている。(教会の手によって行われた焚書で多くの頁が失われたとされているが、現在も教会は否定している)
また度重なる不運によって世界中に拡散した写本は、経年劣化や虫食い、そして戦争によって多くの頁が紛失しているにも拘わらず、何処からともなく新たな頁が再発見されるという始末であり、そのすべてを本物だと証明することができない状況にある。そのため、写本の原本とされる以下の書物は、学術的な調査、又は研究目的であっても〈旧帝国図書館〉から持ち出すことは禁じられています』
注意・この物語には猫科獣人の豹人をはじめ、蜥蜴人など多くの亜人が登場します。それらの人物のなかには、過去の時代の誇張した描き方をされていることがあります。残酷な侵略者として、そして時には奴隷として惨い扱いを受けています。
しかしこの物語は人種差別を助長するモノではなく、作者にも差別意識はなかったと思われます。また〈亜人〉は蔑称ではなく、現代のように多様性が認められた世界で一般的に使用されていた人類の総称であり、その言葉に悪意はありません。
注意・本書を編纂するにあたり、神々や妖精族が使用する古代の言葉を全て片仮名で表記するのは非常に困難な作業であり、一部のみの表記に留まっています。すでにご存じのように、神々の言葉から派生したとされる言語は存在しません。それはつまり現代の言語学では、神々の言葉を理解できない、ということでもあります。
単語や発音の仕方が現在の言葉と異なる働きをしています。それが示していることは、神々や妖精族の精神構造が現在の人類と根本的に異なっていたということです。そうした障害が結果的に神々の言葉の理解を困難にしています。
(言語学に精通し、物語の編集に協力的な人を常に必要としています)
そして多くの文化や言語が存在するように、寸法や距離、そして時間を計測するために使用される単位も数え切れないほど存在します。しかしそれらは本書をより深く理解するために、すべて現在使用されている単位に変更してあります。言葉や単位の発音に関する詳細を確認するには以下の書物を参照することを勧めます。
『王国の繁栄と衰退』著・スナト・クル・タユナ
『白銀の塔に関する調査報告書』著・トニー・ウェスト・リセック
『西洋連合国家の成り立ち』著・シーラ・オグ・ロベット
『知られざる民族・境界の守人』著・帝国大学民族史研究会
『原生林に潜む者たち』著・ラキム・クゥルバノフ