7. 仮入部 中
なんだなんだとさっきの轟音の正体を探るようにグラウンドに限らずサッカーコートに居る奴ら全員が俺をじろじろと見てきた。鬱陶しいがいずれプロになった時のファンサービス(認識の擦れ違い)だと思って気にしない風を装った。まあ突然爆音が鳴れば誰だってビビるし、俺もビビる。仕方ないね。
それにしても今世では生まれて初めて全力を振るったわけだが、意外とこれが気持ち良かった。これまでの身体能力に枷を付けた生活は知らず知らずの内に莫大なストレスを溜めていたが、さっきの一撃で一気に発散された気がする。何となく今だけは暴力を振るうような輩が生まれるのも納得してしまいそうだ。まあ暴力は普通に犯罪なんでボクシングでもしてどうぞ。
さて俺が圧倒的力の快楽に酔いしれている中、顔色と雰囲気が戻った川瀬先輩からさっきの練習について説明されていた。
「葉隠。もしかしたら勘違いしてるかもしれないから伝えておくけど、さっきやろうとしたのは未経験者がボールをどこに飛ばしても取れるように距離を取っただけで、パスの練習じゃないぞ。」
「そうなんすか?」
「うん。でもまあさっきのでボールを思いっきり蹴り飛ばせることが分かったから今度はパスの練習をしようか。」
「っす。」
「もちろんさっきみたいな危ないのは無しだからね!」
「……っす。」
「はははっ、まあでもまだ仮入部なんだから気軽に楽しんでやるだけでも十分だよ。じゃあ早速、やってみよっか!」
再び川瀬先輩が距離を取るも、今度は7mぐらいしか離れていなかった。通常のパス練習ではこれぐらいの距離感からスタートなのかと思って周囲を見回していると、川瀬先輩から「いくよー!」と声が掛かった。意識を先輩に戻す。ただ、さっきの俺の殺人級パスへの意趣返しとかがあるかもと考えると、どの程度の威力で飛んでくるのか分からないので川瀬先輩の動きをしっかりと目に捉えながら【未来視】を発動させて身構えた。
が、それで視えたのは地面を転がるだけの緩いボールだった。俺はその、『綺麗なフォームからは想像できない程の弱々しいボールが放たれる』という未来に興味を惹かれ、即座に【未来視】の発動を停止させた。
今にもボールを蹴り出しそうな川瀬先輩の脚元を注視すると、先程の俺の全力キックのような膝から下だけを使ったステータスの暴力のような蹴りではなく、こちらに対してやや半身になりながら股関節の開きを利用した脚全てを鞭のようにしならせる蹴りだった。また違いはそれだけに留まらず、爪先で蹴るのではなく母趾球と踵の間から足裏まで使ってボールを滑らせるように蹴り出しており、どうもそれで速度と狙いをコントロールしているように見えた。
【未来視】の通り、コロコロと転がるサッカーボールは川瀬先輩の狙い通りに真っ直ぐ俺の足下に辿り着いた。
正直なんてことのない唯のパスだったが、それを蹴り出すまでの洗練されたフォームとまるで凄腕のスナイパーの放つ精密な狙撃のようなパスはもはや芸術の域のように感じた。美術館で著名な芸術家の作品を見た時の「なんだかよく分からないけど良い物を見たな」という感想がまず思い浮かぶほどに、川瀬先輩の送り出すパスは美しかった。……そういえば読書を趣味にしてから感性に常時ブーストが掛かっているので、一見普通のモノもじっくり観察すると、なんてことも増えてきたように感じる。完全に余談だが。
一頻り感心し終えたところでパスを返すべく足下に視線を落とした。そして先程の川瀬先輩の真似を始める。体をやや半身にし、背筋を伸ばし、狙いを定め、股関節の開きを利用して足を振り、足の内側から裏側にかけて滑らせるようボールを蹴り出した。コロコロと転がるサッカーボールは先程の川瀬先輩のパスと全く一緒の軌道を通り、俺の狙い定めた通りに真っ直ぐ川瀬先輩の足下に辿り着いた。うんうん、いい感じだ。なお俺に一連の動作を真似された川瀬先輩の表情は驚愕に満ちていた。えっ、よく見えるなって(聞いてない)?ほら、俺って視力2.0オーバーだから(後付け設定)。