6. 仮入部 前
5月になると部活動の本入部を決めなければならないが、今はまだ4月の下旬。幸いまだ仮入部は受け付けられているので、授業を終えると早速サッカー部に向かった。その際火暮に「今日サッカー部に仮入部することにした」と告げると、「おぉ……」という気のない返事が返ってきた。なんだコイツと思わないでもないが、友人でもないヤツに喋りかける時の態度と喋りかけられた時の態度が違うのはよくあることと割り切る。いいんだ、今日の仮入部で一緒になったらボコボコ(比喩)にするから。
体育館に備え付けられている更衣室で体操着に着替えグラウンドの奥にある人工芝の生え揃ったサッカーコートに集合する。見ると俺と同じように体操着を着た仮入部と思わしき生徒が20人ほど居た。もう仮入部開始から2週間経過したにもかかわらず、未だにこれだけの新入生が仮入部に来るぐらいなのだからサッカー部員も相当の数が居るのだろう。因みに火暮も仮入部の輪に居た。既に仮入部員同士でもグループが出来ているらしく、火暮は騒がしいグループと一緒にいた。なんだコイツ真面目にサッカーする気ないな、やれやれ。仮入部最終週にきた俺が言えることではないけども。やれやれ、とにかくやれやれだ。
俺以外に本気でサッカーをしたそうなやる気のある1年生が見当たらないことに他人事ながら情けないと感じていると、コートの少し外れにあるサッカー部室から部員がぞろぞろと出てきた。部員たちは一応俺たち仮入部員と見分けられるようにするためか、それぞれが普段から使っているようなユニフォームとビブスを付けて来た。そして彼ら俺たちの居る場所に近付いてくるに連れて仮入部員たちも静かになった。
やがて目の前で綺麗に整列したサッカー部員たちの中から、黄色いキャプテンマークを腕に付けた長髪の男子が列の前に出て来た。
「えー、今日はサッカー部の仮入部に来てくださりありがとうございます。サッカー部3年でキャプテンの木谷です。今日初めての人も、前からずっと居たよって人も楽しんでってください。それじゃあ今日の練習を始めます。よろしくお願いします。」
『よろしくお願いしますっ!!!』
整列した部員たちと火暮を含む仮入部員の何人かが大声で挨拶をした。ていうか最初の挨拶がだいぶテキトーだったがそれで良いのか。
その後、キャプテンの号令でレギュラーと控え組の部員が30人ぐらい抜けた。理由は教えてくれなかったが、どうやら残った部員で俺たちを見てくれるらしい。丁度ペアになれるだけの人数が残ったようで、しっかり俺のペアも居る。運動部にしては太ましい肉体を持った坊主頭の先輩だ。
「よろしく、2年の川瀬です。」
「ども、葉隠です。」
「うん。そういえば初参加だよね?葉隠はサッカーやったことある?」
「無いっすね。」
「そっか。……じゃあ、最初に準備運動してからボールに触ってみよっか!」
「っす。」
「ついて来て。」
サッカーコートを出てすぐのグラウンドに一緒に向かう。そういえば前世なら野球部やアメフト部なんかが放課後は毎日部活動をしていたが、今世ではそうではないらしい。人っ子一人居ないグラウンドに俺たちサッカー部の人間が集まって、ようやくグラウンドはそれなりに賑わい出したような気がした。ストレッチやら柔軟やらを川瀬先輩と念入りにやったところで、部室から持って来ていたサッカーボール2つの内の1つを手渡される。
「じゃあまずはサッカーボールに慣れてもらうために、足下でボールを転がしてみようか。……こんな感じで。」
「うっす。」
川瀬先輩が足下でボールの上に足を乗せて転がすのを見て真似るだけの簡単なお仕事です。いつの間にか真似をやめてボールをコロコロコロ助して楽しんでいたら川瀬先輩から声が掛かった。
「すごいね、だいぶ出来るようになってるよ!じゃあ次は実際にボールを蹴ってみようか。」
「あいっす。」
川瀬先輩が20mぐらい距離を取って離れた。手を振っているのでパスしてもいいということだろう。
まあ俺の身体能力ならこんなもの軽く蹴って、……軽く蹴って?駄目だ、俺自身の定義する「軽く」がどのぐらいなのか分からない。爪先でちょんと蹴飛ばせばいいのか、それとも身体能力の制御を引き締めればいいのか。……身体能力の制御?そもそも俺にそんな制御が必要なだけの身体能力が本当に備わっていたのかすらも分からない。転生チート?それとも天稟?はたまた都合のいい夢?この思考すら無意味なものなのか。駄目だ、これまで信じていたものが砂上の楼閣であったことに気付いた。今まで全力を出したことがなかったという事実は事ここに至って無価値だ。全力を出さないのが格好良いとはいうが、自身の全力を碌に知らない奴が言っても大言壮語にしか映らない。もっと早く自身の本気を確かめておくべきだった。……ああ、本当に。軽くって一体何なのだ!?
最早迷っていても仕方ないので爪先で蹴飛ばすことにした。だが軽くなどと制限を掛けるつもりはない。やぶれかぶれの全身全霊を込めてボールを蹴飛ばした。
……想像以上の速度と飛距離を確認し、やはり俺の超常の身体能力は実在していることを確認しほっと一息付く。正直自分でも俺の全身全霊がこんなに凄まじいとは思わなかった。また先程までの不安もあのサッカーボールと一緒に弾け飛んだ。ほら、現にあのボールは。見当違いの方向へ向かい、そのまま川瀬先輩の頭上を越えてサッカーコートとグラウンドを隔てる金属のフェンスに轟音とともにめり込んだ。
とはいえだ。制御状態にありながらもこの力を同年代の子供に向けてはいけないと判断した幼少期の俺はナイスだ。なんなら今も極力避けた方が良いのは間違いない。がしかし今の俺にはプロサッカー選手になって世界一稼ぐという使命()があるので、俺と対戦することになった人はご愁傷様だ。
息を切らし、若干顔を青ざめた川瀬先輩がフェンスから回収したボールを持ってこっちにやって来た。
「……はぁはぁ。葉隠。どうやったのかは知らないけど、今のは流石に危なすぎるから練習の時は封印してくれ。」
「……っす。」
嫌っす、とは流石の俺も言えなかった。