3. 入学式 後
「おっす、葉隠。相変わらず本好きだな。」
誰も座らなかった隣の座席に腰を下ろし半笑いで声を掛けてきたのは友人の想い人である火暮 真。サッカーしかやってこなかった馬鹿の筈だが、幼馴染の彼女に勉強を見てもらってなんとか合格したらしい。なんだそれ、マンガかよ。俺が言うのもなんだけどちょっと勉強しただけで通るような偏差値の学校じゃないんだけどな。受験勉強なしで合格してしまった俺が言えないけれども。いや、幼稚園の頃から前世の記憶というアドバンテージを減らさないように勉強してたから受験勉強はしてない訳ではないな。……じゃあ本当になんだコイツ、腹立ってきた。
そんな火暮と話すようになったのは実は最近のことだ。何やら向こうは俺のことを知っていたようだが話しかける切っ掛けがなかったらしい。おいおい、俺に話しかけたい人いっぱい(2人)居るな。なんだよ人気者じゃん、俺。
「……でさあ、葉隠って高校の部活何するか決めた?」
火暮の話は大半がどうでもいいことと一部核心を突くようなことで構成されている、というのが俺の見解だ。いやまあ友達と喋るならどうでもいいことの割合が高い方が良いのは分かってるんだけどね。ほら今世友達居ないから、俺。対話能力が欠如してるんだ。
「決めてないな。お前はどうせサッカー部だろ?」
「へへっ、まあな!葉隠もサッカーやってみないか?」
「考えとく。」
火暮は俺の身体能力がデタラメに高いことを知っており、それでサッカー部に勧誘してくる。身体能力が高い奴を同じ部活に誘うなんてそれなんてマンガだよ。しかも聞いた話によると火暮はサッカーが平均以上に上手いらしく、中学の頃も1年からレギュラー入りしてたらしい。なんでそんな奴がサッカークラブではなく部活に入りたがるのか理解できないが、これもなんかマンガでありがちな設定だなと思った。
「お待たせ〜!」
「お!遅かったな、どこに行ってたんだ紗季?」
「……マコちゃんってデリカシー無いってよく言われない?」
「?お前以外から言われたことないぞ。」
恐らくトイレに行っていたであろう人物は水谷 紗季、俺の友人であり火暮の幼馴染でもある。普段は内気だが気を許した人にだけは当たりが強くなる典型的な内弁慶だ。今もジト目で火暮を見詰めている。とはいえ周りに人が居る時にするものでもないとは思う。現に今、2人で会話が完結しているようで、態々俺が話に入る必要がないと悟ったので再び読書に戻る。
その後2人はやれ「マコちゃんは〜」「紗季は〜」と子供のような言い合いをして隣同士で座っていた。子供かよ、と思ったが2人ともまだ高校生だった。なら仕方ない。
それから5分ほどで年配の男性教師が舞台上に登場し、マイクを軽く掌で叩いたような音がした。入学式の始まりだ。小説を鞄に戻しふと隣を見ると、水谷と目が合った。向こうも一瞬緊張したように肩を跳ね上げたが直ぐに普段通りに戻り手を振って来た。ので俺は目を閉じて軽く会釈し、壇上の教師に向き直った。
『皆さまご起立ください。只今より蹴和30年度、修徳高等学校入学式典を開始いたします。一同、礼。』
無駄に長い校長や来賓の話を終え、新入生代表の挨拶が始まった。
『新入生代表、水谷紗季。』
「はいっ!」
なんと新入生代表という名の主席入学者は水谷だった。正直ビックリした。昨日のメールでもそんな話題微塵も出てこなかった。ていうか転生者のくせに主席入学者じゃないんですね、俺。穴があったら入りたい気分だ。ま、まあ、社会(歴史)とか前世と全然違ったし?それ以外の数国理だったらよゆーだったし?と誰にでもなく強がってみる、がやはり虚しい。
「宣誓。暖かな春の日差しに包まれて木々の若葉が美しく輝く……。……未熟な私たちでは御座いますが、先生方や先輩方に厳しくも温かいご指導よろしくお願いいたします。……修徳高等学校新入生代表・水谷紗季。」
気持ち大き目に拍手したつもりだったが、横の火暮の張り切った拍手に搔き消されてしまった。その後教師の紹介を終え、何事もなく入学式は終了した。