9. 仮入部 後
川瀬先輩めっちゃ良い人だったわ、デブだけど(ド失礼)。今世基準で俺より1個上なのが信じられないぐらいの聖人っぷりに、思わず色々話してしまった。やっぱり人間は中身だわな。外側のチートばっかり貰ってはしゃいでいた精神年齢大人な俺が言うのもなんだけど。なんであの人がキャプテンじゃないんだろう、いやマジで。木谷とかいう奴よりよっぽど向いてると思うんだが……。
去って行く川瀬先輩の足音を聞いてようやく俺は頭を上げた。そして川瀬先輩の言葉通りに1年生の仮入部員が集まっている場所に向かう。……正直、火暮はボコボコにしたい(初志貫徹)から向こうのチームに居て欲しかったのだが仕方ない。今はどうやら前半後半で出るメンバーの選定をしてるようだ。
まずはポジション希望から。火暮とウェイ仲間2人、それとおとなしグループの内の3人の合計6人は全員フォワード志望、ウェイ3人おとなし2人の合計5人はミッドフィルダー志望、おとなし6人はディフェンダー志望、キーパーはウェイ1人志望。俺はどこにしようか。技術を学んだ今ならどこでもいけるだろうが、川瀬先輩曰く「いっぱい勝つチーム」より「絶対負けないチーム」の方が価値があるとのことなので、どうせなら「絶対負けないチーム」にしたい。ということはキーパーかな。だって点取られなかったら負けないんだから、キーパーが全てのシュートを防げば負けないってことと同義でしょ。このぐらいはさっき聞いたサッカー知識でも余裕で導ける結論だ。
「俺、キーパーやるわ。こうは……」
「オッケー!それじゃ、三島と話してどっちが先行くか決めてねっ!」
「……了解、っと。」
俺の返答も待たず正式名称不明のチャラ男はフォワードグループへ行った。少しイラっとしたが俺は大人なので我慢した。とりあえずもう一人のキーパー志望のチャラ男と話し合った(一方的な宣言)結果、俺が後半に出場することになった。
ミニゲームが始まり前半は早5分が経過した。得点は5対1。勿論負けてる方が仮入部組だ。
仮入部組の編成:DF-MF-FW=3-4-3
本部員組の編成:DF-MF-FW=4-4-2
まず中盤でボールを取られすぎてフォワードまでパスが回っていない。フォワードは攻められれば得点されると分かっていながら戻る気配はない。ディフェンスは連携が取れていないせいで『詰め』とやらができてない。キーパーはシュートが来る直前に少しジャンプする癖のせいでタイミングがずらされてる。……ダメだこりゃ。どんな感情で後半までの出番を待てばいいのか分からないので、先輩組や同級生組の個人技をじっくりと観察することにした。
今、中盤で川瀬先輩がボールを持った。仮入部組のFWが詰め寄るが慌てずに斜め前の本入部FWに繋ぐ。このとき川瀬先輩は「インサイドキック」ではなく、やや親指の付け根当りの場所で蹴っていたためかボールの軌道がやや曲がった。……なるほど、これは使えそうだ。あとで聞かなければ!
その後も一方的な展開が続き、前半は7対1で幕を閉じた。まるで前世でプレイしていた某超次元サッカーの強豪校と弱小校が戦った時みたいな点差に思わず笑いそうになった。元気のないチャラ男からキーパーグローブを受け取り、手術直前のBJのようにキュッと手に嵌めた。さあ始めよ……。
「よしよーし、こっから逆転していくぞー!」
「おう!がんがんボール回して行こう!」
「ディフェンスはもっと詰めの意識持って!」
「中盤はバックパス使ってもいいから取られないことを意識!」
ワイワイガヤガヤと後半組が楽しそうに会話する中、俺は一人でBJごっこ。なんだこの差。しかもまたあのチャラ男が主導している。ぐぬぬ。絶許リストに登録してやろうか。
やることもなく暇なのでゴールの下で手足をぶらぶらブラゼルしているといつの間にか後半がスタートした。
仮入部組の編成:DF-MF-FW=3-4-3
本部員組の編成:DF-MF-FW=4-3-3
お情けで仮入部組からキックオフをさせてもらったらしい。今うちのFW組の火暮がボールを持った。火暮は右サイドに展開して相手DFとMF2人を引き付け、逆サイドから猛スピードで内側に入っていく絶許チャラ男にパス。チャラ男はボールの勢いに流されて体が若干左に逸れたが右足の外側でトラップしたボールをそのまま右側に切り返した。そのおかげで後ろから迫っていたスライディングを避けたチャラ男はそのままゴール前に居たディフェンスをドリブルで躱してシュートを決めた。……えっ、こいつら上手いな。チャラ男は左側のMFポジションに戻り、火暮はMF寄りの右側FWポジションに戻った。試合が再開し、先輩組はゆっくりとしたパス回しを始める。お前ら先輩だろ、勝ってるからってそんなことしてていいのかよ。恥ずかしくないのか!
ディフェンスラインまで戻ったパスはさらに一度キーパーに渡った。……うん、妙だな。あのキーパーはなぜ手が使えるのに手を使わなかった?悩んでいると、火暮がキーパーに詰め寄っていた。慌てたキーパーはすぐさま前に蹴ったのだがコントロールを誤ったのか、そのボールはサイドを割った。中央のおとなしMFがスローインでチャラ男にボールを渡すと左FWにパスし少し前進したところで再度パスを要求。そのようにワンツーでボールを前に運びながら、最後は個人技でまたあっさりとゴールを決めて行った。
後半開始7分。俺の活躍は未だなし。途中シュートが3本飛んできたがそのシュートは全て枠を外れると【未来視】で見えていたので、特に動くこともなく。俺は本格的に何もしていない。現在得点は7対5。絶許チャラ男と火暮だけで4点決めていた。しかもチャラ男の方は3点決めたのでハットトリックとやららしい。ぐぬぬ、俺のエリートプロサッカーライフが。因みにゴールキックは全部近くにいたDFに向けてパスしました、はい。……まあいいさ、残り3分頑張ろー!
がんばろー…………がんば………が……。残り3分どちらも中盤での争いが激化したため点差は縮まることはなかった。俺に至ってはシュートを止めることすらなく、味方DFから転がって来たパスを手で取ったら反則になったぐらいしか見所がなかった。因みにフリーキックでは、先輩2人でボールをチョンチョンと触ってシュートして来たが中央のおとなしDF君がヘディングで止めてくれました。よっしゃーと叫んだ後は肩をポンポンと叩いて来て、「ドンマイ」と言われました。うるせぇ、俺でも止めれてたわ!




