第6話 異世界で学んだ事
『執筆家になろう』という名の、いわゆるなろう系小説と呼ばれるサイトで投稿されている数々の小説を、私は前の世界にいる時にスマホでよく読んでいた。
そこに描かれていた物語はまさに今、私が体験している現実。
異世界に転生した何度目かの人生の時だ。
私はスマホで別の世界に自分が生まれ変わる事、人生をループする事などを検索していたら、そのサイトが頻繁に引っかかった事からそのサイトをよく見るようになった。
そこに描かれている物語はなんとも都合の良い話ばかりで、まるで自分の事実を小馬鹿にされているかのような錯覚すら覚えさせられた。
しかしそのサイトの内容を議論する外部の掲示板では、私にとって中々興味深い有益な情報を得る事ができた。
『3ちゃんねる』と言う名のその掲示板の、一部のジャンルでは『なろう系小説』について日夜、語り合う不特定多数の人らが存在しており、私はそのジャンルの掲示板にひとつのスレッドを立てた。
タイトルは、『ループ物についての原因』とした。
私はそこで自身に起きている事象の解決方法を相談したのである。
もちろん、あくまで『なろう系小説を書く為に』ヒントをもらうという体裁だ。
3ちゃんねるの中でもなろう系のスレは執筆家が多いせいか、私の想像以上に様々なレスがついた。
私も異世界での生活はそれなりに長い。その掲示板に書かれる内容のほとんどが、嘘偽りや中身の浅いものである事は充分理解している。
その中で最も気になったレス、それは、
『ループ物って結局、夢オチが便利なんだよな』
という一文。
もし本当にループ、転生という不可思議な事象が起こりうるとするならば、それは実はすでに意識のない私の見ている覚めない夢なのではないか、という事。
人の脳には謎が多い。眠っている時に見る夢には、時として稀に現実と勘違いさせるほどの事すらある。
つまり、私の見ている物や体験しているこれらの事象は全て、私の作った妄想に過ぎない、という話。
これが夢なら私の夢はなんと残酷なのか。
15年もの人生をリアルに体験させ、そして死の痛みを何度も私に味わわせる。
こんなものは悪夢である。
だがしかし同時に、おかげで私は考え方を変える事が出来た。
これは夢なのだ。
もしかすると、本当に『なろう系作家』になりたい憐れなワナビが見せている覚めない夢なのかもしれない。
しかし、そうだとするならば、私は夢の世界でくらい好き勝手に生きようと思ったのだ。
無論、私もこれが本当に全て夢であると実際には思っていない。あくまで仮定の話だ。
だが夢だと思えば、気楽に運命に抗えると。
そう、思った。
だからこそ、私は前回の世界から初めて人を殺め、身体を売る事への抵抗を薄れさせられたのだ。
だからこそ、私はこの世界でも家族殺しをきっちりとやり遂げられたのだ。
惜しくもヴァネッサには逃げられてしまったが、ゆっくりじっくりまた後で探せば良い。
それに私にはウィルスレイン卿も探すという目的もある。
ヴァネッサをたぶらかした(時もある)ウィルスレイン卿も到底許せるものではない。
なので私はウィルスレイン卿もこの手で確実に殺してやろうと考えた。
で、ここでひとつの問題が浮かぶ。
ウィルスレイン卿はオルクラ大陸東部に住む公爵というだけではなく、次期聖王と名高いほどの選ばれた能力を持つ聖戦士でもあるのだ。
聖戦士とはこの世界でも指折りの身体能力、魔力を兼ね備えたまさに聖王になる為に生まれてきたような存在。まだ若く未成熟とはいえ、今の私でも彼を倒すのはまず不可能だろう。
だから私は魔王のもとへ尋ねようと考えたのである。魔王を利用し、様々な力を得る為に。
かつて魔王は聖王に敗れ、孤島に幽閉された。
しかし私には魔王を解放する手段を持ち合わせている。それこそが我がアルノー家に代々伝わる秘術。そしてそれこそがアルノー家が大陸北西部で辺境伯をしている理由にも繋がっているのである。
さて、それよりもその秘術についてだ。
破聖の秘法と呼ばれる邪なる秘術。それが我がアルノー家にのみ代々当主に伝え続けられてきた秘術名であり、この秘術は聖なる力で作られた封印術を打ち破る力がある。
この秘術を扱うには生まれ持って与えられたその人間の属性と相性が必要不可欠で、アルノー家はその適正の高い『暗黒』の属性を血縁者は必ず遺伝していた。
この世にはおよそ六つの属性から成り立っており、『聖光』『暗黒』『火』『水』『風』『土』の六大元素をどんな人間も必ず割り当てられている。
各属性には優位性が存在し、聖光属性で作られた封印には暗黒属性でしか打ち破れない。
更に暗黒属性の中でも属性適正値の高い者は古来より大きな権威を持つのがこの世のことわりであり、つまり我がアルノー家は『暗黒』属性のエキスパートであるがゆえに、辺境の地で伯爵位を与えられているのである。
ループする前の、本当の意味で幼かった当時の私は自分たちの遺伝する属性『暗黒』に誇りを持っていた。
何故なら父ヴィアマンテが常々そう言っていたからだ。
だが、異世界での物語を読むと、どうやら『暗黒』と言った属性は基本的に凶々しいものである事が多い。
何度目かのループでようやく私はその意味を理解した。
「だから、アルノー家は禍々しい心の持ち主なのだ」
と。
アルノー家の幸せは全て仮初の、作り物だったのだ。
「あら? 早かったですわね。てっきり貴方だけ逃げ仰せたかと思いましたのに」
――真夜中の街道。
私を襲った賊のひとりが、息を切らしながら私のもとへと駆け戻ってきた。
「はあっ……はあっ……そ、そんな事はしねぇ……。そ、それより、これでいいんだろ!? アイツはまだ殺してねぇんだよな!?」
そう言って、私が靴を取りに行かせた男がまるで私に楯突くかのような態度を見せつける。
さっきまで敬語だった癖に生意気な。
「……ふん。生きてますわ。ほら、あそこをご覧なさい」
私は足の怪我を簡易的に直してやったその男を指差す。
「ア、アイツはまだ生きてんのか?!」
「生きていますわ。騒がれても鬱陶しいので少し眠ってもらってるだけですの」
足の出血を止めてやったあと、私は賊の男を常備していた薬で眠らせておいた。
「そ、そうか……よかった……」
靴を取りに行かせた男が涙目でホッとしたような素振りを見せる。
私はその態度に無性に腹が立った。たかが野盗ごときが、仲間の命を重んじているなどという茶番劇に。
しかし同時にこれは使えるとも思った。
「……貴方、お名前は?」
「へ? こ、今度はなんだよ……!?」
「いいから名を名乗れって言ってんのよ」
「ガ、ガイルだ。ガイル・ハミルトン」
「ふーん。で、あそこで寝ている男は?」
「あいつはフランク。フランク・ハミルトン……」
「あら? もしかして貴方達、兄弟でしたの?」
「そうだ。そんでもってさっきお前が殺したアイツは……末っ子のレスター・ハミルトンだ……」
「あ、そう。死んだ人の名前なんてどうでもいいですわ」
「……ッッ!!」
ガイルと名乗った男が今にも私に殴りかかってきそうな表情をしたが、行動には移せずにいた。
よほど私が怖いと見える。
これは中々に愉快だと思った。
「ねえガイルさん。フランクさんの足、私が元に戻して差し上げてもよろしくてよ?」