第68話 未来への活力
――フォルクハイム家の屋敷で起きた騒動から一ヶ月近くの時が経とうとしていた。
ウィルスレインを仲間に迎えたあと、私たちは馬車に戻り、仲間たちにこれまで起きた事など、ひと通りの事を説明。
三魔貴族たちは当初、ウィルスレインの事を強く警戒していたが、彼に敵意がない事を知るとそれからは特別大きく揉める事はなく思ったよりも円満に共同生活を営んでいた。
ついでに私が切り飛ばしたフランクの足とジリングの小指をウィルスレインの『聖光』魔法で治療してもらった。
あの後、当然フォルクハイム領では大騒ぎとなったが、私たちはその騒ぎから隠れ忍ぶ様に逃げのびる。
私や魔王はともかくとして、おそらくウィルスレインには大規模な捜索が出されているはずなので、私はウィルスレインにも擬態魔法をかけてやる事にした。
ウィルスレインはあまりに理想的なイケメン過ぎたので、私は皮肉も込めて擬態魔法にハンサムさをより際立たせてやろうと思い、アゴを細くながーく、ながぁくしてやった。
「メイリアくん、私のアゴが若干長すぎる気がするのだが……」
そうしたら、ウィルスレインがそんな文句を言っていたが三魔貴族たちも大笑いしていたし、私も見ていて面白いのでそのままにした。
ウィルスレインの世を偲ぶ名はその日から『ハンサムジョー』と名付けられた。
私の次なる目的は、妹のヴァネッサを探し出す事。
その為の一番の手がかりとなるのは王都だとウィルスレインことハンサムジョーがアゴを撫で撫でしながら教えてくれた。
王都は広く、アルノー家の生き残りが逃げ込むなら地方よりも王都だろうという話だ。
ついでに言えば、ウィルスレインが聖王に詰め寄る為にも王都には向かわなければならないからである。
ともあれ、まだまだ王都は遠い。
その道のりは、フォルクハイム領のある丘陵地帯を北に抜けた後、更に長距離に渡る湿原と平野を抜けなければならない。
私たちは王都に着くまでの様々な村々に立ち寄っては、情報を集めたり、困りごとを解決してあげたりと、相変わらずの奇妙な慈善活動に励んでいた。
ウィルスレインもそんな私たちの行動には快く賛同し、一緒になって活動に参加してくれていた。
フォルクハイムの屋敷で起きた私の『MIDS』の症状はあれからずっと落ち着いているようで、私も自分の心が激しく揺さぶられるような事はほぼ無かった。
むしろ、今まで暗く澱んでいたこの気持ちの一部が、晴れ渡ったかのように気分は良くなっていた。
魔王の口から色んな事が聞けたから、かもしれない。
ただ、まだ肝心な事は聞けていない。
その事を聞いても良いのか、聞くべきなのか。
私はまだその勇気を出せずにいる。
「ねえ、サタナイル」
赤い満月の日の今夜。
また中々寝付けなかった私が、夜の散歩をしようとすると、それを嗅ぎつけた魔王がまたいつかの時のように私の跡を追ってきた。
私の事が心配だから、と言って一緒に散歩すると言い出したので仕方なく彼と二人で夜の森の中を歩いていた。
「なんだい? メイリアちゃん」
私はずっと聞かなかった事を魔王に聞くべきか否かを日々悩んでいた。
「あなたは……本当はどうしたいの?」
真夜中の森の中。
歩き疲れた私が折れた大木の上に腰掛けて、彼へと尋ねる。
「どうって?」
「私は今は……悩んでいますわ」
「何を悩んでいるの?」
「ヴァネッサを探し出してどうしたいのか、をですわ」
「……そうだね。キミが死んでしまうのは聖王の呪いによるものだ。それを解決するには『願い』を使った聖王本人に会う必要がある。そう考えるとヴァネッサちゃんを殺す意味は皆無だと思うよ」
「確かにこの世界ではヴァネッサは私に何もしていない。でも、それを言ったらお父様もお母様も同じですわ」
「うん。そしてキミはもう知った。自分の死のさだめと繰り返してしまう原因を。それなら今後すべき事はどうすればそのループから投げ出せるのか、だ。その為にはむしろヴァネッサちゃんの協力を得るべきだと思う」
「……でも、きっともう彼女は私を許してはくれませんわ」
「そうかもしれない。けれど、対話する事はできるはずだ。今のキミなら」
魔王の言う通り、今の私なら彼女と冷静に話ができるかもしれない。
それに……ヴァネッサには全てを伝える義務もある。何故ならもし16年目の死が私だけでなくヴィアマンテの子供全てに適用されているのなら、それはヴァネッサにとっても同じ運命であるのだから。
ヴァネッサも死のさだめを抱えているのだから。
つまりは私がすべき事は。
「ヴァネッサと話して、私たちの呪いを解決する為に聖王に会う事……」
「うん、そうだ。その為にウィルスレインも付いてきてくれてるわけだしね」
魔王の言う通りだ。
そしてそれだけじゃない。
私の『MIDS』についてもよく相談しなければならないのだから。
「……ええ、わかりましたわ。私はヴァネッサを殺さない。そして私の身に起きている全ての事を話しますわ」
「それがいい」
魔王はニコッと笑った。
「そうしたらサタナイル、貴方はヴァネッサを妻に迎え入れる話をするんですの?」
「……」
魔王は押し黙った。
そして少し間を空けて、
「それは……できない、かな」
「何故ですの? そこまでして聖魔戦に出たくないんですの?」
「いや、違うんだ。僕は……」
魔王は私に背を向けて俯く。
その表情は何を想っているのだろうか。
「……メイリアちゃん。僕は啓介として日本で過ごした時間の方が今の僕の人格を強く形成していると言っても過言じゃない。そんな僕にとって、もう心に決めている人がいる」
魔王はその言葉に思いを込めるように、ゆっくりと続ける。
私はそれにジッと大人しく耳を傾けた。
「それは、僕が何度やり直してでも救いたかった彼女。日本での彼女。僕の望みは彼女と共に歩みたいだけだった」
「それって……」
私が顔をあげて魔王の背を見る。
そして同時に彼が私の方へと振り向き、
「そう、キミだ。メイリアちゃん」
魔王は顔を赤らめて、私の目を見据えて言った。
「え……? わ、わた……?」
「ずっと言えなかった。僕が臆病だから。情けないから。魔王の癖に女々しいから」
「そ、そんなこと……」
私も気づけば全身に異様なほどの熱を抱き、顔が熱くなっているのがわかる。
心臓の鼓動が高鳴る。
それは、嫌な鼓動の高鳴りじゃない。
「僕はメイリアちゃん、キミが好きだ」
魔王は私へとその言葉をハッキリ告げた。
私がきっと、ずっと、欲していた答え。
「メイリア・リィン・アルノーが、橘花 美来が、好きだ。キミ以外の女性に心動かされる事は絶対にないと言い切れるほどに」
魔王の、サタナイルの、啓介くんのその言葉をまるで夢心地の気分で私は聞き入る。
「だから僕はヴァネッサちゃんを妻には迎え受け入れられない。キミ以外に僕の妻は考えられないからだ」
ああ――。
私の終わる事のないループの目的はこれだったのかもしれない。
彼からのこの言葉を受け取る事が、私が本当に求め続けてきた事なのかもしれない。
何故なら私は今、これまでに感じた事のない最高の幸せを享受しているのだから。
「……って、うわ!? そ、そんなに嫌だった!?」
魔王が慌てている。
私が涙を流しているからだ。
「嫌なわけ……ありませんわ……」
「ご、ごめん。唐突に変な事言っちゃって……。でもこれはしっかりキミには伝えるべきだと僕はずっと思ってて……」
「うん……」
「だ、だから、その、変な意味とかじゃなくて……」
魔王がドギマギとしている。
そうだ、彼は臆病なのだ。
私の死のせいで殺生を恐れ、そして私に告白する事でさえ怯え続けていた。
そんな彼が私に向けてちゃんと放ってくれた言葉。
それを真摯に受け止めてあげたい――。
「わかっていますわ」
「メ、メイリアちゃん……?」
私は黙って魔王の元へと近づく。
「かがんでくださる?」
「ぇ……?」
「いいから跪きなさいよ!」
私が強く言うと、彼は困惑した表情で言われた通り跪き視線を私の高さに合わせた。
「ッ!!」
そんな彼に私はそっと口づけた。
何かを言おうとした彼の唇を私は人差し指で静かに塞ぐ。
そしてすぐに彼から背を向けて、
「……これが答え、ですわ」
私はそれ以上は何も言わなかった。
私たちのこの旅はまだまだ続く。
でも、私が長く長く探し求め続けてきた答えは、もう貰えた。
今はそれだけで充分だった。
辛く、嫌な思い出ばかりの人生だったけれど。
魔王からの、サタナイルからのその愛が確認できた事が、私の生涯で最大級の幸せをもたらしてくれた。
だから私はきっとこの先も挫けずに歩き続けられる。
魔王と、仲間たちと一緒に。
例えもしこの命が今回も16年目に終わるさだめから抜け出せなかったとしても。
次の世界ではきっと、ずっと、もっと大きな希望が持てるはずだから。
明日を生きる活力を得た、今の私ならきっと――。
ここまでご拝読賜りまして、まことにありがとうございました。
この物語はここで一度終わりとなります。
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