第65話 魔王と少女の悲劇
ある日、魔王は美来の顔や腕に奇妙なアザや切り傷などを見つけてしまう。
問い質しても答えようとはしない美来だったが、魔王にはそれが何を意味しているのか、すぐにわかった。
それがネグレクトだと。
しかし魔王のこの肉体は魔力も武力もないただの人間の男の子。
この日本で得た知識を武器に色々と行動してみるも、啓介としての魔王には大した事は出来なかった。
何も出来ず、何も解決する事はなく、日々は残酷に過ぎ去る。
美来はそれでも啓介に泣き言は言わなかった。
彼女は「自分が耐えればいいから」と儚い笑顔を見せるだけだった。
しかし魔王は彼女の辛さを、まるで自分の痛みのように感じていた。
彼女の辛さを思うと、自然と涙が出た。
だからこそなんとしてでも彼女をその地獄から救い出してやりたかった。
そんなとある日。
橘花 美来が16歳になる誕生日。
彼女が妙な態度でいる事を不審に思った魔王は、登校後、今日は授業をさぼって屋上で話をしようと彼女を誘った。今日は彼女の16の誕生日。魔王の世界で言えば成人の日でもある。そんな記念すべき日に、彼女を本格的に救い出したいと考えたのだ。
そして今日こそ彼女の話を親身に聞いて、もし可能なら彼女と二人で別の街へ逃げようと誘おうと思っていた。
魔王は美来とかけおちしてしまおうと思っていたのだ。
屋上への誘いに嬉しそうに頷く美来を見て、魔王は多少強引にでも彼女を救ってあげたいとまで考えていた。
そして学校の屋上に辿り着く。
魔王は懇切に彼女を説得した。
きっと彼女も救われたいはずだ。
だから全てをかなぐり捨ててでも、自分と一緒に逃げる事を選んでくれるはずだと。
だが、彼女は魔王の思った反応とは違う態度を見せる。
そして突然、美来は叫んだのだ。
「私の事をどう思っているのか」
と。
魔王はとても大切だと言った。守ってあげたい存在なんだと話した。
すると美来は不機嫌な顔でこう尋ねた。
「他の子が同じ境遇だったとしても貴方はそうするでしょう?」
と。
魔王はそれに対して、
「もちろんそうだ」
と、答えた。
魔王は自分に嘘はつけない。彼は愚直な性格だったから。
だが、続けてこう言おうとしたのだ。
「けれど、美来ちゃんと他の子は違う。何故なら――」
しかしこの言葉は届かなかった。
次の瞬間に、美来は屋上のフェンスを乗り越えてそのまま、躊躇なく身を投げた。
魔王にはあっという間の出来事で、止める間もなかった。
魔王も追いかけるようにフェンスの向こう側を覗き込んだ。
そして地面には美来の成れの果てとなった姿が横たわっていた。
魔王は泣き叫んだ。
彼女を追い詰めてしまったのは自分だと激しく後悔した。
そしてこのタイミングで精神強奪の魔法が切れて、魔王の精神体は日本を離れる事となる。
魔王は封印の地の、魔王の城の中でも涙を流し続けた。
自分が初めて好きになった女の子が、あんな目にあって、挙句の果てに自分のせいで若い命を散らせてしまった。
あんなに平和な世界なのに、聖魔戦や魔族、人間、魔物の対立があるこの世界よりも残酷な世界だなんて信じられなかった。
どうにかして彼女を、橘花 美来を救い出したかった。
そこで魔王は思いついた。
神々から与えられた特権を。
たった一度だけ使える『願い』という名の奇跡を。
そして魔王は神々に祈った――。
●○●○●
「橘花 美来の人生が幸せになるまで何度でもやり直させてほしい、とな」
回復魔法をひたすら私にかけ続けるウィルスレインへ、魔王はこれまでの彼の体験した事を話した最後に、彼の『願い』についても打ち明けた。
そしてそれは意識だけが残っている私の耳にも届く。
「ま、まさか……魔王殿ッ!」
ウィルスレインは何かに勘づいたかのように声を荒げる。
「そうだ。おそらくはそれが原因。我の願いがこの不可思議に絡み合うメイリアちゃんの苦難に繋がっていると考えられる」
「……橘花 美来という異世界の女性は、魔王殿の願いによって何度も人生をやり直す。だが、その美来という女性の中身は異世界から転生したメイリア・リィン・アルノーであった。中身がメイリアの彼女は魔王と聖王の二つの願いに縛られ、人生をやり直す為にループとリセットをしては、16年後に死ぬ。まとめるとこんな感じか」
ウィルスレインの言葉に魔王が頷く。
「我がしもべであるガーラングとも話したが、彼女がそもそも異世界に転生した事自体はただの偶然だろう。だが、16年目に死ぬ『願い』は橘花 美来にも適用され、そして何度でも人生をやり直して幸せを目指すという我の『願い』はメイリア・リィン・アルノーにも適用された。それがこんな風に複雑でデタラメに絡み合ってしまい、結果として更に彼女を苦しめる形となってしまった、と我らは考えている」
私のこのループと死のさだめはそういうカラクリがあったのかと、驚かされた。
でも、そうだったんだ。
あの学校での屋上の出来事は、そんな終わり方だったんだ。
啓介くんが私を殺したんじゃなくて、私が自ら命を絶ったのか。
それを聞けただけでも、ほんの僅かに私の心は救われた気がした。
私はてっきり、啓介くんも私の事が嫌いになって私を殺したんだと思っていたから。
けれど、どうして魔王はそこまで知っていて私に何ひとつ話してくれないの?
どうしてこんな出会ったばかりの、聖王側とも言えるウィルスレインなんかには全部話すの?
この話を彼が私に話してくれれば、私はこの心をこんなにも闇に落とす事なんてなかったのに。
……いえ、違う。
私が欲しかった本当の言葉は、こんな説明とかじゃなくて。
もっと、簡単な――。




