第62話 聖王の呪い
「……ちゃん! ……ちゃん!」
誰かが私の名を呼んでいる。
父、和樹だろうか。それとも母、美希だろうか。
「メイリアちゃんッ!」
この声は……違う。
これは魔王、サタナイルの声だ。
「メイリアちゃん! メイリアちゃんッ!! しっかりしてよ!」
おかしい。
私は死んだはず。
そして異世界に再転生した、はず。
なのに、何故まだ魔王の声が聞こえるの?
「メイリアちゃんってば! 目を開けてよ!」
煩い。貴方の声はとっくに届いてる。
と、答えてやりたいのだが、どうにも返事が出せない。
「よせ、魔王殿! それ以上彼女の身体に負担をかけては駄目だ!」
コレはウィルスレインの声。
「でもこのままじゃメイリアちゃんが……ッ!」
「わかっている! だからこそ私も可能な限りの魔力でヒールをかけ続けているだろうッ! だ、だが、私の体力も魔力も相当に疲弊していて……っく! いつまで魔法が持つか……」
ヒールをかけている?
一体誰に?
「ウィルスレイン、貴様の泣き言など聞きたくないッ! 我は今も貴様にありったけの魔力を注いでやっているのだぞッ!!」
「落ち着け魔王殿! 落下による外的損傷はこうして回復している。メイリアくんが目を覚まさない問題はそこではないのだ!」
外的損傷?
問題?
「うう……メイリアちゃん。死んじゃ駄目だ! キミは死んじゃ駄目なんだ! こんな……あの時みたいなお別れなんて……ッ!」
あの時みたいな? 何を言っているの?
それに私だって死にたくはない。
でも壊れた世界をやり直すにはこれしかないんだもん。
せっかく父ヴィアマンテと母ミランダをこの手にかけて魔王の力を手に入れたと思ったのに、肝心の貴方は役立たずだし、私は『MIDS』とかいう病気のせいで頭がイカれてると言われてしまうし。
貴方は私を愛してくれないし。
こんな世界じゃ死んでやり直した方がよっぽどマシ。
「キミがもし……もし、今死んでしまうと……16年目まで生き残らないと、キミは一体どうなるのかわからないんだッ」
え……?
それってどういう……?
「魔王殿!? それは一体どういう事だ? 先程、貴殿から聞いた話ではメイリアくんは死んだらその精神だか魂だかは、別世界の『橘花美来』という女の子として産まれ直すのではないのか!?」
私が聞きたい事をウィルスレインが尋ねてくれている。
「これは呪い……神々から与えられた奇跡という名の呪いなのだ……。だから、その奇跡にそぐわない状態で彼女が死んでしまうと、我にはどうなるのかわからないのだ!」
「の、呪い、だと!? どういう事だ!?」
「メイリアちゃんが必ず16年目で死ぬのは、聖王の呪いだ。現聖王がその呪いをアルノー家伯爵、ヴィアマンテにかけた。産まれた子が必ず16年目に死ぬ呪いを」
「な、なんだと!? 聖王様が何故そんな……? 私はそんな話、聞いた事もないぞ!?」
「それはそうだろうな。何故ならこの呪いは現聖王の卑劣な下法だ。継ぐ子になりうる可能性のあるお前たちには言わぬだろう」
「むう……。魔王殿、それは一体どんな呪いなのだ?」
「その名の通り、生を受けて16年目のその日に、死のさだめを迎える呪いだ。この呪いがある限り、メイリアちゃんはどうやっても必ず16年目に殺されてしまう。我はそんな運命を変えるべく、彼女を守ろうと決めたのだッ! なのにこんなところで……ッ!!」
「何故そんな呪いを!?」
「……それは貴様たちの王の、下卑た思想が原因だ」
「な、なんだと? 聖王様の!?」
「教えてやる。現聖王が一体どんな卑劣な事をしでかしたのかを……ッ!」
ギリっと怒りの表情をその顔に現し、魔王は語り始めた。
話は前聖魔戦にまで遡る――。
かつて先代魔王と前聖王は、聖魔戦の果てに前聖王が勝利し時代はまたも聖王暦が続いた。
だが聖王も種族で言えば人間。その寿命は長くとも100年程しかないうえに、聖王として現役で戦える力を持っていられるのはせいぜい60歳くらいまでだ。
なので現在、聖王暦572年の今、この世を総べている聖王は聖魔戦を体験していない、聖王の意志と力を継承した『継ぐ子』なのである。
現聖王はアルクシエルの名を襲名する前、その旧名をフィラエルと言い、フォルクハイム家に名を連ねる一人であり、続柄で言うとウィルスレインの叔父にあたる。
ウィルスレインの父、グウェインはフォルクハイム家の中では相当な落ちこぼれだったので、グウェインの兄弟であるフィラエルが聖王として任命されたのだ。
前聖王に匹敵するほどの天才肌と言われたフィラエルは聖王の座を受け継ぐ為に、それまでは努力も惜しまず『聖光』属性を極めるべく文武両道に励んだ。
その甲斐あって無事聖王を受け継いだのだが、その後、人が変わったかのように彼は堕落した。
金と権力を手に入れ、欲に溺れてしまったのである。
女を正妻と側室で何十人もひっかえとっかえにはべらかし、好きな食い物があればどんな所からでも強引に取り寄せ、そして気に入った物や場所があれば自分の支配下に置く。
まさにやりたい放題の聖王となってしまった。
それでもこの世が平穏なのは、ひとえに聖王を支える宮廷の貴族たちが奮闘しているからである。
それはさておき、聖王の性欲が強くてもその子らが『聖光』属性に高い適正値を持つとは限らない。何故だかフィラエルの子らはことごとく魔法適正値が優れない者ばかりだったので、グウェインの息子であるウィルスレインが今現在では次世代の聖王筆頭候補となっている。
グウェインが早くにウィルスレインに爵位を譲ったのはウィルスレインを聖王にする為であったのだ。
あまり知られていないのが、魔王と聖王において『継ぐ子』の意味合いの違いだ。
この差は『封印されていた者なのか』どうかで意味が変わる。
現状であれば、魔王の『継ぐ子』は魔王直々の子でなければならず、その為には妻となる者が必要でその役目がアルノー家だ。
対して聖王の『継ぐ子』はフォルクハイム家の血族であれば誰にでも資格はある。ただし『聖光』属性に高い適正値が必要ではあるが。
封印されていない王には、血族を自由に増やす権利があり、封印された王には継ぐ子の家系の妻をもらう必要がある為であり、もし聖王と魔王の立場が逆転すればこれもまたそのまま反転する。
ともかく、フィラエルこと現聖王アルクシエルは、そんな風にして堕落していったので宮廷貴族や王室の者らは誰もが、あと数年後に訪れる聖魔戦を危惧した。
そしてそれは聖王本人ですらもそうだったのだ。
フィラエルは長年自由と贅沢という自堕落なぬるま湯に浸かり切ってしまい、戦う事が恐ろしくなってしまっていた。
そこでフィラエルは下劣な事を考えついたのである。




