第5話 悪魔の令嬢
気づけば私は見知らぬ三人組の男どもに囲まれていた。
やはり深夜の街道にいたいけな少女がひとり歩くというのは危険この上ないのだとよく理解させられる。
「なあなあ! おでと楽しい事、しようぜえ!?」
その内の最も下品で穢らわしそうな巨漢の男が私へと迫る。
「おいおいレスター。お前が遊んだら壊しちまうから、やめろっていつも……」
その巨漢の男を嗜めるように、仲間のひとりがそう言ったその時。
「ほ、ほわぁああああああーーーッ!?」
巨漢の男が発狂した。
何故なら私へと伸ばしてきたその右手を、手首から切断してやったからである。
「おおお、おでの手が! 手がぁあああ!?」
綺麗に切断された断面から、大量の血飛沫を撒き散らし、巨漢の男は泣き喚く。
先程魔力を使い切ってしまった私だが、当然物理的にも戦える準備くらいはしてある。
こんな小柄な少女だ。当然剣や斧や槍などと言った重い武具を扱う事など出来やしない。
なので私が携帯しているのは、
「うふふ。素晴らしい切れ味ですわね。流石は世界一硬いとされてるオルクステン鉱から作られたハンドワイヤーですわ」
密かに作っておいた魔道具のひとつ。巻き取り式の極細で強固な絞殺用ワイヤーである。
絞殺用とは言ったが実質、魔力炉を埋め込んであるせいで吐出させたワイヤーを巻き取る速度が異様に速い為、絞殺よりも切断させてしまえる威力となっている。
こういった『化学』と『魔学』を織り交ぜた創作が作れたのも異世界転生とループの賜物だ。
それを両手の甲から射出できるように薄手の白いグローブに取り付けていて、私はこれをまるで蜘蛛の糸のように自在に操ったというわけだ。
「て、てめぇ!!」
仲間をやられた男どもがその表情を怒りに変えた。
だが、私は知っている。
馬鹿を抑える最も効率の良い方法を。
「う、うわわわわ!?」
失った手を見て愕然している巨漢の男の首に、私はオルクステン鉱性のワイヤーを瞬時に巻きつけた。
「よーくご覧になって? 先程、貴方の手を切り飛ばしたのはこのほそーい糸のようなワイヤーですの。それが今、貴方の首に巻かれていますわ。その意味、おわかりかしら?」
「ひ、ひッ!?」
私の言葉に巨漢の男は涙目で怯えている。
「や、やめろクソガキがぁ! レスターを離しやがれ!」
仲間の男のひとりが叫ぶ。
「……ねえ、皆さん。私の言う事を聞いてくださらない? そうしてくださらないと、この方の命は保証出来ません事よ?」
「は、はあ!? 何言ってんやがんだこのガキ!? 調子こいてんじゃ……」
巨漢の男を離せ、と叫んでいた細身で顎の尖った男がそこまで言った瞬間。
「あびゃ……?」
プチュッ、と小気味の良い音を立てて私のワイヤーが、巨漢の男の首をもいだ。
その際の巨漢の男のわけのわからない声に、私は思わず声を出して笑ってしまった。
「くすくすくす! あびゃって、なんですの!? あびゃって! あっはははッ! 『北斗の源』の雑魚キャラよろしく、本当に死ぬ時って変な声を出しますのねえ!? あっははははははッ!!」
首を無くした巨漢の男は崩れ落ちるように、私の目の前でドサリと倒れる。
その様子を仲間の男たちは顔面蒼白で見つつ、声を失っていた。
「さて、もう一度聞きますわ。私の言う事を聞いてくださらない? そうしないと更に犠牲者が増えてしまうと思いますわ」
私はニヤァと笑いながら、残りの二人に近寄る。
「ひ、ひぃ!? に、人間のガキじゃねえ! こ、こいつは……あ、あくまだ……悪魔の子だぁー!?」
そんな私の様子がよほど恐ろしかったのか、細身の男はそう言いながら一目散に逃げ出した。
が。
「うわぁ!?」
彼はバランスを崩して転がった。
私は彼を逃さない為に素早く吐出させたワイヤーで、逃げた男の右足首めがけて巻きつけ、そしてそれを勢いよく引き、切断した。
「ギャァアアアア!? お、おおお、俺の足がぁああああ!!」
痛みに転がる男の滑稽さを見て私はまた笑っていた。
「な、なんなんだお前は!? 俺たちになんの恨みがあって……こんな!」
残ったひとりの男が私に怯えながらもそう尋ねてくる。
「……なぁ、おっさんよお」
私はいい加減苛つき始めた。
私は先程から何度も言う事を聞いてくれと頼んでいる。なのに、彼らは誰もそれに対する返答をしてくれない。
「私はな? 言う事を聞けって言ってんだよ。私の言ってる意味、わかるか? ぁあ!? わかんねーなら、今度はあそこで転がってる馬鹿の内臓でもぶちまけてやろうか!?」
私は口調を変えてお願いしてみる事にしたのだ。
最後の前世界。歌舞伎町のアングラで過ごした一年で、私は言葉による恫喝にも様々な効果がある事をよく知っている。
ましてや私のような見た目の少女が扱えばそのギャップさは、より効果的なものになるだろう。
「は、はい! すすす、すいません!!」
私の目論見通り、唯一怪我をさせていないひとりの男は従順に私の前へと跪いてくれた。
「……ふふ、よろしいですわ。ではあなたにお願いがありますの」
「お、お願い、ですか……?」
「ええ。この近くの街に私を案内してくださりません?」
私は色々な物資が必要だと考えていたが、とりあえず何よりも新しい靴が欲しかった。
「ほら、私の靴。こんなですから」
そう言って私はボロになった靴を見せつける。
「で、ですが俺らは生憎この辺じゃお尋ね者扱い方されてまして……街に行くのはちょっと……」
「使えませんわねえ」
私が視線を細めて言葉を冷たくさせると、
「ひ、す、すいません! こ、殺さないで……」
過剰に男は怯えた。
当然といえば当然か。
「じゃあ私はここで待っていますから、どこかで新品のこのサイズの靴を手に入れてきてちょうだい。それぐらいならできるでしょう?」
「は、はい」
「……ではお願いね。なるべく早くしてくださるとありがたいですわ。それと、もし靴を持って来れなかったなら、あそこで足を失くした男の命もないと思ってくださいませ」
私がそう言うと、男はぶんぶんと頷き、走り去っていった。
とりあえず便利な小間使いが出来た。
私は道具袋の中から魔力を詰め込んだ石を取り出す。『魔石』と呼ばれるこれは、体内の魔力が枯渇した時、手に触れていると代わりに魔力を消費してくれる、いわゆる魔力のサブタンク的存在だ。
私はこれを持ったまま、足を切断した男の近くに歩み寄る。
「ひ、ひぃいいい! お、俺たちが悪かったです! お願いですから殺さないで!」
「……足をお見せなさい」
「こ、ここ、殺さな……!」
「殺さねーから、さっさと足を見せろっつってんのよ!」
私の恫喝にようやく男は私の方へと切断された右足を見せる。
「……≪ライトヒール≫」
私は魔石から魔力を補いつつ、回復系魔法をその男の足に掛けてやった。
「あ、足の痛みと出血が……止まった……」
私のまさかの行為に男は驚愕とする。
「私は聖光系の魔法はあまり得意ではない上、今は魔力切れですからこのぐらいしかできませんわ。切断された足をくっつけるほどの力はないのであしからず」
「……」
男は何も言わずに私の顔を見上げていた。
別に私はこの男を助けたわけじゃない。
単純に先程靴を取りに行かせた男が戻る前に、出血多量で死なれては困るから、処置しただけである。
「あ、あんたは……本当に人間、なのか? ま、魔族や魔物、悪魔だったりしない、のか?」
足を失った男が私にそう問いかけるが、私は無視した。
(……そう。私はこれから魔王に会い、そして私の成すべき事を達せられたなら、私の肩書きは悪役令嬢なんて生優しいものなんかではないかもしれませんわね)
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