第55話 幸せな夢を
私が私をおかしい、と思うようになってもう随分と経つ。
幾度もの転生とループを繰り返しているうちに、何が正しい、何が悪いの判断が曖昧になっていた。
何故なら、正しいと思う事をしても、悪いと思う事をしてみても、結果がそんなに大きく変わらないからだ。
そんな風に考えている自分を更に客観的に見て、ああ、私って壊れかけているんだな、と思った。
何が夢で何が現実なのかすら、危うい事もあるぐらいに。
でも、それでも。
私は16年目を生き抜くというたったひとつの目標を胸に、努力を重ねてきた。
ヴァネッサに裏切られたあの日から、私の目標はただそれだけ。
それだけのはず。
他に何かしたい事なんて、あっただろうか?
あったのかもしれないが、もう、今の私には思い出す事なんて出来ない。出来やしない。
こんな風に思い耽ってしまうのは、決まって夜だ。
夜になると大なり小なり、私は良くない事だけを頭の中でぐるぐると考え始めてしまう。
「メイリア様、どうもお加減がよろしくないようですな? 何か憂慮な事でもありましたかな?」
ガーラングが私の顔を覗き込むように尋ねてきた。
「メイリア様ぁ。今度アタシと一緒に街の道具屋さんに行こーよ! メイリア様の新しいコスメとか一緒に見たいしー、メイリア様のぷるっぷるのお肌に合うやつ探し行こー!」
アイリスが無邪気な顔で私の頬を突ついた。
「メイリア様。よければ今度、メイリア様の魔法で俺を攻撃してもらえませんか? 決して妙な快感を味わいたいとかではなく、耐久力をつける修行をしようかと思いまして! ほ、本当ですよ?」
デイトルトが相変わらず無骨な顔に似合わない奇妙な事を言っている。
「姉さん! 姉さん! 俺たちちょっと考えたんすけど、これからは山賊業からは完全に足を洗って、姉さんの為に生きる、名付けてメイリア護衛軍って名乗ろうかと思ってるんすけど、いいすかね!?」
ジリングと他山賊仲間たちが目を輝かせて私にお願いをしている。
「なぁメイリアお嬢様。俺とフランクもそろそろお嬢様と付き合い長いし、なんか肩書きくらいあっても良くないっすか? なんかこうカッコいいヤツ名付けてくださいよ!」
ガイルとフランクもジリングたちと似たような事を言っている。
コレは、なんだろう。
私は一体いつ、こんなものを手に入れていたの?
「メイリアちゃん、ほら、見てよ」
魔王が空を指差す。
「……ッ」
魔王に言われた通り夜空を見た私は、思わず言葉を飲んだ。
「ね? 凄いでしょ。今夜はさ、レッドフルムーンって言って、月が明るい朱色に染まる夜なんだ。だから、夜なのに凄く明るいでしょ?」
本当だ。
夜なのに、妙に辺りの見通しが良かったのはそのせいだったのか。
「メイリアちゃん。僕らとこの月を見た事を忘れないで。僕らはメイリアちゃんの傍にいつもいるって事を」
魔王が臭いセリフを吐いている。
「はっはっは。そうでございますよメイリア様。私どもはいついかなる時も、貴女様の傍におりますゆえ、いつでも助けになりますからな」
「アタシも全力でメイリア様を守るもーん。そうしたら魔王サマ、アタシの事見直して、えっちな事してくれるかもしれないしー!」
「俺もですメイリア様。貴女様が受けるであろう痛みは全て俺が受けきります! この肉体で! え? い、いや、変な意味などないですよ!?」
忘れられるわけがない。
こんな騒がしくて、馬鹿らしくて、鬱陶しい魔族や山賊崩れや元野盗の人たちの事なんて。
どいつもこいつもキャラが立ちすぎてて、忘れたくても忘れられない。
こんな私の仲間たちを。
仲間。
仲間だと、私は思っている。思ってきてしまっている。
仲間、信用しても良い仲間。
そう、彼らは仲間なんだ。
信じられないくらい、温かい場所。
私が欲しかったものを与えてくれそうな場所。
だからそうだ、私は。
私は彼らみんなを――。
「みんなを殺さなくちゃ」
●○●○●
――ズキン、と強い頭の痛みで意識が戻り始めた。
さっきまで幸せな夢を見ていたような気がする。
あんな夢がいつまでも続けばいいな、なんて思っていたのに、結局最後に私が思った事は、何?
私は最後になんて思ったの?
ねえ! 私は何を思ったの!? 誰か教えてよ!
自分の考えがわからない。思った事が受け入れられない。自身に対して激しい嫌悪感がめまぐるしく襲いくる。
駄目だ、この感情に飲まれては。
嫌だ。嫌だ。
殺したくない。殺さない。
私は生きる。魔王やみんなと共に。
私は……。
「……生き……たい」
ようやく思いが喉から言葉となって出せた。
「メイリアちゃん!! 気がついたんだね!?」
「こ、こは……?」
私が目を開くと、啓介くんの……魔王の顔が、そこにはあった。
「メイリアちゃんが急に倒れて、僕は……ッ!」
魔王は必死な表情で私の顔を見ている。
身体を動かそうとしたが、うまく言う事が効かない。
どうやら私は地べたに横たわっているようだ。
「わた……し、は? ここ、はどこ……なの?」
かろうじて口と目だけが動かせる。
どうして私の身体は動かせないのだろう。
それに頭が物凄く痛い。
ズキン、ズキンとまるで巨大サイレンでも鳴らされているかのよう。
「ここはフォルクハイム家の敷地内にある離れのひとつ。そして、私専用の司書室でもあり、私の隠れ家でもある所だ」
そう教えてくれたのは、先程瀕死の重傷であったはずのウィルスレインだった。




