第50話 現れた者
申し訳ありません。
48と49話の投稿順を間違えたので修正致しました。
グウェインが手に持っていた小型のナイフ。
それが私の下着の端を切りかけた、その時である。
「な、なんだ……? 身体が……?」
グウェインの手が止まった。
私は涙でグシャグシャになった顔で、その様子を見ている。
「え……? あれ!? な、なんだなんだ!?」
グウェインは戸惑いの声をあげながら、私の下着に掛けていたその手を引っ込めた。
「手、手が……勝手に……っく」
グウェインが困惑していると、
「……いけません、父上。それは看過できませぬ」
閉じられていた牢獄の部屋の扉がギィっと開かれて、その声がした。
「こ、これは……やはりお前の仕業か、ウィルッ!」
グウェインが憎々しげにその名を言った。
「勝手に私の部屋に入るなと言っておるだろう!? それにコレは一体なんの真似だ!?」
「父上……私は父上の行為を邪魔だてするつもりはありませんでした。ですが、今回だけはそうは参りません」
そう言いながら現れた者は、私が追い続けていたあの男。
青色の髪に蒼い瞳。端正な顔立ちで、スラッと細身で背が高く、白と銀を基調としたコート型のフォーマルを着こなす、いかにも好青年そうな男がそこに立っていた。
ウィルスレイン・ラニ・フォルクハイムその人である。
「くっ……! ウィル! 貴様、一体どういうつもりだ!? 確かに貴様には爵位を継がせたが、この父に歯向かっても良いとは教えておらぬぞ!?」
グウェインが顔を真っ赤にして憤怒する。
「父上、申し訳ございません。今回ばかりは見逃せないのです」
反対にウィルスレインは冷静そのものだ。
「何故ならその娘は……今、行方不明とされているアルノー家のご令嬢なのですよ、父上」
「「……ッ!!」」
私とグウェインが同時に言葉を失う。
なんて事だ。バレてしまっている。
「なので父上、その娘を壊してしまってはいけません。おわかりですよね?」
「こ、この娘がアルノー家の令嬢だと……!? そんな馬鹿な……アルノー家は代々金色の髪色だぞ。この娘の髪の色は赤だ!」
「父上、そんなものはただのまやかしです。むしろ彼女の体内から溢れ出る魔力が『暗黒』属性である事に、お気づきになられなかったのですか?」
「……ふん。生憎、私にはお前のように優れた魔力感知能力はないのでな」
「そうでしたね。とにかく父上、その娘は私に引き渡して頂けますか? アルノー家のご令嬢となっては無碍に扱うわけには参りません」
「……この娘がアルノー家の者だという確証はなかろう? たまたま『暗黒』属性魔力に適正が高いだけかもしれぬではないか」
「いえ、そうではないのです。その娘がアルノー家の娘だという証言者がいるのです」
「な、なんだと?」
「その御仁が今も一階の応接間でお待ちしております。だから、すぐにでもその拘束を解いて、その娘を連れていかねばならないのです」
「……、……っち」
グウェインはとても悔しそうな顔をしながらも、渋々私の手足を拘束していた鉄の枷を外した。
「……ふん。連れていけ」
「ありがとうございます、父上」
「私も着替えたらすぐに向かう。もしその娘がアルノー家の娘でないのなら、またここに連れてくるがいいだろうな?」
「もちろんです」
「……ふん。なら仕方がない。さっさと行け!」
グウェインは不機嫌そうにシッシッと手振りをした。
私は下着一枚の姿で、更にはボロボロになったこの顔を見られたくないと思い下を向いていると、
「とりあえずはこれで隠しなさい」
ファサっとウィルスレインが着ていた白いコートを私に羽織ってくれた。
「あ……ありがとう……ございます」
私は俯きながら、そう言った。
衣服やグローブを着け直し、そしてウィルスレインに連れられるままに、グウェインの私室である地獄の部屋から退出したのだった。
●○●○●
あの牢獄みたいな部屋はどうやらフォルクハイム家の地下室だったようで、長い階段を登るとようやくフォルクハイム家の一階廊下へと辿り着いた。
それにしても私の事を知っている証人とは一体誰なのだろう。
と、不思議に思っていると。
「え? あ、あれ……ここって……」
そこはフォルクハイム家の正面エントランスではなく、裏手にある勝手口の扉の先。
すでに時刻は夜を回っていたようで辺りはすっかり暗くなっていたが、色とりどりの花々が灯籠の明かりに照らされていて、そこが美しく整列されている花壇の裏庭である事が窺える。
「時間がない。ここから真っ直ぐあちらの林の方へと向かって逃げなさい」
「え? に、逃してくれるのですか……?」
私が言うと、ウィルスレインはニコっと笑って、
「怖かったろう? でももう大丈夫だ。私の嘘で多少の時間は稼げた。父上もまだ着替えている時間もある。早く逃げなさい」
「で、でも私の事をアルノー家の者だって言う証言者がいるんじゃ……?」
「はは、そんなのはデタラメさ。だいたいアルノー家のご令嬢がこんな所にいるわけがないだろう」
「え? だ、だって私の属性についてウィルスレイン様は仰っておりましたわよね?」
「ああ。確かにキミの属性が『暗黒』なのはわかるし、適正値が高そうなのも感じる。だからこそアルノー家の令嬢だ、なんて嘘が通じたのさ。そう言えば父上も従わざるを得ないからね」
そうだったのか。
このウィルスレインという男は私を助ける為に、咄嗟に考えた嘘であの窮地から救い出してくれたのだ。
「どうした? 早く行きなさい」
私は迷った。
脱出のチャンスは今しかない。
だが目の前には悲願の相手。
ヴァネッサをたぶらかした、許されざる男。
今なら彼も私をただの少女だと油断している。これならば、私の両手のグローブに仕込んでいるハンドワイヤーで、瞬時に首を落としてしまえるのではないか。
この至近距離でなら、いくら彼でも理解して回避する時間などないはず。
今なら……ッ!




