第46話 こじらせ魔族と変態貴族
「クハハハッ! どうした小娘ぇ! 恐怖のあまり声すら出せんのかぁ!? 泣け! 喚け! そしてこの俺を恐れよ!! 貴様のその悲痛な叫びこそ、我にとって最も甘美なる美酒となりうるのですぅッ!!」
「た、たすけてー」
「フヒヒヒヒヒーッ!」
不安で不安で仕方がない、とウジウジしていた厨二病のオーガがこれである。
おまけに演技という意味合いでも壊滅的だった。色々やりすぎだし、キャラがブレブレだし、セリフがなんかしつこいし、聞くに絶えない。
次第に彼の三流役者以下のゴミ演技が私のイライラを加速させてきたので、さっさとウィルスレインは私を助けろ。
と、思いながら周囲を見回す。
すると街道にて、貴族の馬車がこちらに向かっているのがようやく遠目で見え始めてきた。
「(ようやく来ましたわね)デイトルト、そのクソみたいな演技を続けなさい。ターゲットが来ましたわ」
私は小声で囁く。
「え!? クソ!?」
「いいから続けなさい!」
「は、はい。グハハハハ! どうしたのだ!? 死すら生ぬるい恐怖に怯えきってしまって、声すらもでねーのかぁ!? 神への祈りが済むまで、このワタシが時間をくれてやっても良いぜ!?」
一人称も変わりすぎだし、敬語と平常語も入り乱れてて、もはやこのキャラはわけがわかりませんね。
と、デイトルトに呆れつつも私はウィルスレイン卿を乗せているであろう馬車が近づくのを怯えるフリをしてひたすら待った。
そして――。
「やめろッ!!」
ついに。
「そんな可憐な少女に何をしている! 離れよ!」
私を(色んな意味で)救う勇者が現れた。
その声は遠目で見えた馬車の方から届く。
私と悪者オーガ役のデイトルトがそちらを見ると、こちらに颯爽と……という程素早くはないが、一生懸命走って向かってくるひとりの小太りの男がいた。
「ふぅ! ふぅ! な、なんと……! 貴様、本物の魔族か!?」
小太りの男が肩で息をしながら驚いたように言った。
(こ、こんな小太りのオッサンがウィルスレイン卿なんですの……?)
私が訝しげにその男をまじまじと見ると、男も私を見た。
そして目があった。
脂の乗った身体と、妙にテカテカしている顔の額。青色にすら見える濃い無精髭。伸びすぎて出て来てしまっている鼻毛。そんな風体に不釣り合いなほど、上質そうな貴族の服。
その男は私の事をしばしジィーっと見つめると、突如、ニカッと白い歯を見せつけてきた。
「ふぅー! ふぅー! な、なんて可憐でお美しいお嬢さんだ。綺麗な赤い髪! 整った顔立ち! 未成熟の身体! はあはあッ……! す、すす、すぐにこの私がキミを救い出してあげるからね! はあはあッ!」
とりあえず私は今すぐにでもこの記憶を抹消し、世界の中心でブサイクキモロリコンオヤジ死すべし! と叫び上げたい気持ちが込み上げてくるのを必死で抑える。
「あ、貴方は……?」
私は確認も兼ねて恐る恐る尋ねると、
「我が名はグウェイン! グウェイン・ラニ・フォルクハイム! 由緒正しきフォルクハイム家の者である!」
と、答えた。
私とデイトルトは思った。
下衆のオヤジの方が釣れちまった、と。
●○●○●
グウェイン・ラニ・フォルクハイムは、現フォルクハイム公爵の実親だ。
基本的にこの世界における貴族というモノは、『魔学』に深い知識を持ち、そして貴族ごとに適正値の高い得意な属性を持つ。
我がアルノー家が『暗黒』属性に高い適正を持つように、当然、このフォルクハイム家にも高い適正のある属性がある。それが『聖光』属性だ。
ウィルスレイン卿は若干16という若さにして、公爵の座を受け継ぐほどに優れた能力を持っており、巷でも、悪を憎み、正義を愛する彼、ウィルスレイン卿の噂は嫌というほどに目立つ。
反面、その父についてはロクな噂がなかった。
性格、品性、魔力に関する知識、武芸、身体能力。そのどれもがフォルクハイム家の中でも最低クラスに落ちぶれているというのはもっぱらの評判だ。
(そんなクズの方が釣れてしまうなんて……)
私は内心ガッカリしたが、どちらにしてもフォルクハイム家は、私にとって忌み嫌うべき家系。
処分するならしてしまいたい、のだが。
(でもここでコイツを殺してしまっては、私がフォルクハイム家に潜入して調査する作戦がパーですわ)
それに殺すべき対象はウィルスレイン。
だったら――。
「……デイトルト。仕方がないのでコレにもわざと負けなさい。でも、ちゃんと相手の力量は確かめるんですのよ?」
「了解であります、小娘」
私が小声でデイトルトに告げたら、なんか返事の仕方がおかしくなってた。このオーガ、変な演技しすぎてゲシュタルト崩壊起こしてね?
「た、助けてくださいましグウェイン様! 私、この魔族に襲われて……ッ!」
「ぉお、ぉお! 可愛らしいお嬢さん。私に任せておきなさい!」
とりあえず私は頭のおかしくなりかけているデイトルトを放っておいて、演技を再開した。
「ところでグウェイン様! ウィルスレイン様はご一緒ではないのですか?」
ついでに探りを入れる。
「我が息子ならば、数日前まで一緒だったのだがな。急遽、ギルドに呼び出されそちらへ向かったのだ」
(そういう事だったんですのね……)
「ゆえにリーガンブルク男爵に関するリドルク村への視察は私だけで執り行なう事になったのだ!」
(そうなると、フォルクハイム家に忍び込んでウィルスレインと会い、彼を殺す為の策を練るにはやはり潜入するほかなさそうですわ)
私とデイトルトは互いにそう思い、頷く。
「ガハハハ! 何をごちゃごちゃと言っている! 貴様もこの俺が始末してやろう!」
デイトルトも演技を再開。
「……貴様のような魔族が、この人間様が住まう大地にて何をしているのか甚だ疑問だが、それ以前に、可愛らしい少女へ性的な悪戯をしようとするような不届きで羨ましい輩は許さんッッ!!」
いや、それはテメーだろ?
「それは貴様だろ……俺にそんな趣味はない……」
私と同じ事を強く思ったデイトルトがポソッと呟く。ゲシュタルト崩壊起こし掛けていた彼だったが、おかげで素に戻ってくれた。
だいたい、このオッサン「羨ましい」って言ってやがったし、マジでやべーやつだわ。
「一体この赤毛の娘をどうするつもりだったのだ? 未成熟な身体の隅から隅まで検査して、まだ未発達の○○○○と○○○○を使って貴様の穢らわしい○○○で○○○をする気だったのだろう!? そうであろう、この下郎がぁッ!!」
死ね! この変態クソデブオヤジッ! それ以上もうしゃべるなッ!
「……ごたくは良い。行くぞ」
デイトルトはアホな演技を止め、グウェインへ向けて戦闘態勢に入った。
「かかって来るが良い、三下魔族めッ! 貴様のようなとてつもない変態はこの私が屠ってくれるッ!」
いや、それはテメーだ。
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