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第41話 ガーラングの先見性③

 ガーラングが再びゆっくりと口を開く。


「話を戻しましょう。先代の聖魔戦に向けての修行に、私がお付き合いしていた頃。私はまだ今よりも少々荒っぽい性格でして、常日頃から人間であろうと魔族であろうと自分の敵は必ず死に至らしめる、という覚悟を持って臨んでおりました」


「貴方が荒っぽい性格だったなんて、とても信じられませんわね」


「私も若かったという事ですね。そんな感じだったうえ、更に私は人間の事が大嫌いでございましたので、人間と出会う事があれば必ず殺す、くらいの勢いでございました。しかしある時――」


 ある時、ガーラングはいつものように先代魔王の修行に付き合っていた日。


 そこは当然魔族たちの地であるゾルディニアだったのだが、なんの偶然か、ひとりの人間の子供が迷い込んだ。


 先代魔王は精神集中して魔法の修行に励んでいた為、その子供には気づいていないと思われた。


 周囲を警戒していたガーラングはすぐにその子に気づく。


 先代魔王の邪魔になってはいけないと思ったガーラングは、その子供を怯えさせる間もなく一瞬で殺してしまおうとしたその時。


 不意に先代魔王が口を開いた。


「ガーラングよ。腹が減っているのか?」


 先代魔王も気づいていたのである。


 ガーラングは修行の邪魔になってはいけないと思い処分しようとした、と答えると、


「そのような弱き生き物が我の修行の邪魔になるわけがない。ガーラングよ、お前はそこらにいる小動物や鳥たちも修行の邪魔になるといってわざわざ殺すのか? 自らの糧として仕方なく食う為ならば良い。そうでないのなら、その行為は無益どころか損益だ」


 と、嗜めた。


 ガーラングには何故人間の子を殺す事が損に繋がるのか、全く理解に及ばなかったが、先代魔王にそう言われては手を出すわけにもいかず、子供を殺す事を諦めた。


 すると先代魔王は、


「人間の子よ、こっちへおいで」


 と、優しい声でその子に呼びかけた。


 人間の子は涙目でビクビクと怯え、すぐには先代魔王に近づこうとしない。


 その時、ちょうどその子の腹の虫が音を鳴らした。


 すると先代魔王は自身のポケットからクッキーのようなものを数枚取り出し、


「ほら、魔族の携行食だ。腹の足しにするが良いよ」


 と、呼びかけた。


 人間の子はよほどお腹が空いていたのだろう。警戒しながらも先代魔王の施しを受け、美味しそうに携行食を貪った。その様子を見た先代魔王は人間の子の頭を撫でてやった。


 それからすぐに人間の子は先代魔王に懐いた。


 数日後、近くの浜辺に船の残骸らしき物がたくさん流れ着いているのを発見。それを見た先代魔王は、おそらく人間の船が難破しこの子だけゾルディニアに流れ着いたのだろうと言った。


 親を無くし不憫に思った先代魔王はその子を自らの子として育てると言い出した。


 ガーラングは当初、人間など魔族にとって不利益しかもたらさないと信じ、先代魔王の考えを理解しようとはせず、その子に冷たく当たっていた。


 そんなとある日。


 ひとりの魔族の幼な子がゾルディニアの森深くで迷子になった。


 先代魔王含め多くの仲間たちがその幼な子を探し回ったが、何日経っても見つからなかった。


 ゾルディニアの森は死の森と呼ばれるほど、危険な場所。地形も去る事ながら、生息する知性の低い凶暴な魔物たちは魔族の戦士たちですら苦戦を要する。


 更には食べる物も自力で確保できるわけがない幼な子が、そんな森で数日も生きていられるはずがない、と魔族たちは皆、絶望した。


 しかしある日、その幼な子はボロボロの状態だったが、先代魔王に連れられて魔族たちの村まで帰ってこれたのである。


 一体どうしたのかと尋ねると、その魔族の子はゾルディニアの森の中で自然にできた穴に落ちてしまい、上がれなくなってしまっていたらしい。


 救助を待ったが、中々見つけてもらえず死を覚悟していた時、先代魔王が拾った人間の子が偶然近くを訪れた。


 魔族の子は人間の子に助けを求め、人間の子もなんとか彼を救い出そうと右往左往した。


 穴の中で衰弱していく魔族の子を見て、いてもたってもいられなかった人間の子は、自らもその中へと飛び込んだ。


 魔族の子があまりの空腹に死にかけていた時、人間の子は「どうか自分を食べて欲しい」と言った。


 そんな事をしたくなかった魔族の子だが、いよいよ空腹に耐えかねた時、気づけば人間の子はすでに息絶えていた。


 何故、人間の子が死んでしまったのか魔族の子には理解ができなかったが、彼は泣きながらも人間の子の肉を食べた。


 それから更に数日経って、魔族の幼な子は命からがら先代魔王に発見された。


 先代魔王は人間の子の骨だけになった亡骸を見て、魔族の子が助かったのはこの子のおかげだ、と涙した。


 状況から察するに、人間の子は穴に落ちた際、頭を強く打ち付けてしまい、それが致命傷で死んでしまったと見られる。


 それを本人は知ってか知らずか、自らの命を魔族の子に捧げたのだ。


 先代魔王が救った人間の子が、魔族の子を救った。


 その話はすぐに魔族の村中に伝えられた。


 先代魔王の話では、人間の子と共に魔族の子を探しているうちに、人間の子も森の中で迷ってしまったらしい。


 その結果、こんな悲劇となってしまった。


 だが、そのおかげでその魔族の子は助かったのだ。


「……それからです。私が人間と魔族の命について考えるようになったのは」


「深い、ですわね。人間の子をガーラングがその時、殺していたら、魔族の子は助からなかったかもしれない」


「ええ、その通りです。私はそれから、魔族と人間の関係性についても深く、深く考えるようになりました」


「だから私に無闇に人を殺すな、と言いたいのかしら?」


「それもありますが私が一番お伝えしたいのは、恨みは恨みを呼び、救いは救いを呼ぶという事です」


「どういう事?」


「私が人間を嫌っていたのはその昔、私の父が人間どもに無惨な殺され方をしたからでございました。それから人間を忌み嫌うようになっていました。……ですが、先代魔王様のおかげで私の()()は救われたのです」


「まさか、森で迷子になったその魔族の幼な子って……」


「ええ。ゾルディニアの森で迷子になり、死にかけた末に人間の子の肉を食べて生き残ったのは、私の息子でございます」


「そうだったんですの……」


「私は人間への恨みしか持っていなかった。もし先代様も恨みしか持っていなければ人間の子は即座に殺されており、そして私の息子もきっと助からなかったでしょう」


「そうかもしれませんわね……」


「怨恨というものはつまるところ、怨恨しかもたらさないのだと私は思っております。だからこそ、事実はどうであれ、消せる恨みは消してしまえば良いと考えました」


「だからガイルたちの記憶が改竄された事を甘んじて受け入れてしまえ、というの?」


「その通りでございます。互いに殺意の念を抱き、抱かれて続けるよりも、捻じ曲げられていようとその念を消し去ってやる方が建設的だと私は思います」


「そう……ですわね……」


 私はガーラングを直視できなかった。


 何故なら私のやって来た事、やろうとしている事はまさにガーラングの言葉の真逆を進もうとしているのだから。


「……メイリア様は16年目以降を生き延びねばならないのでしょう? そうならば、力をつけるのも良いですが、いらぬ怨恨を取り除くというのも大切だと私は考えます」


 ガーラングの言葉は眩しくて。


 今の私には眩しすぎて、とても、辛い。


 こんな私でもいつか、ガーラングのような考え方に至れるのだろうか。




 そう、なれるといいな。




 

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