第40話 ガーラングの先見性②
「……だから貴方はあの時、殺意を持った私の殺気に気づいて、それを抑制するように言ったんですのね」
「左様にございます。私のこの瞳、未来の先見には私ども魔族にとって意味のある事だけしか見えません。私の見たメイリア様のその未来は、おそらく私どもにとって不利益になりうる未来だったのでしょうな」
「私がたくさんの子供を殺してしまう事が、魔王や貴方たちにとって不利益になる、と?」
「はい。何故そうなのかは断言はできませんが、おそらくは魔王様に関する事かと思われます」
「サタナイルお父様に関する事?」
「はい。多分でございますが、メイリア様がたくさんの子供を殺戮したとなればさすがに騒ぎが大きくなり、王都のギルドや聖王たちが目をつけるかもしれませぬ。そうなった時、複雑な思惑が絡んだ末、魔王様が聖魔戦の前に目覚めてしまった事が聖王らにバレてしまい大きな問題になるのでは、と私は予測しました」
「なるほど。それは一理ありますわね。でもそれなら王都のギルドに私たちの事を密告しようとしているガイルたちを放っておくのは得策ではありませんわよね?」
「ええ。だからこそ私は彼らを丸め込んで起きました」
「え? 丸め込む?」
「はい。私がここ最近、ガイルさんやフランクさんとばかり会話をしている事、お気づきになられていたでしょうか?」
確かに言われてみれば、急にガーラングはガイルたちとチェスを楽しんでいたり、たわいもない会話をしていたりするのを見かけていた。
彼らへの監視用の盗聴魔法は私が意識していない時には、私の耳には届かない。
常時聞いているのも煩わしいし、三魔貴族との会話なら監視する必要もないだろうと考えていたからである。
「私は彼らとよく話し、そして和解致しました。フランクさんの足は私の古い友人に完治させると約束致しました。おかげで彼らは私に最も気を許しておりますので、もう密告するような真似はしないでしょう」
「そうだったの……。でも私は彼らの仲間を一人殺しているの。だからきっと私の事は許さないですわ……」
「それについては手荒ですが、記憶を作り替えさせてもらいました」
「え? 記憶を作り替えた……?」
「はい。私の得意とする魔法の中で記憶操作系の物がございます。それを使ってガイルさんとフランクさんの仲間を殺したのは、見知らぬ賊であり、その賊にフランクさんの足も切断されたという風に誤認させ、メイリア様はその賊らからお二人を救い出した、という設定にしてございます」
「そ、そんな便利な事ができますの?」
「可能でございます。が、コレはあくまで彼らが私の魔法に対する耐性が無く、加えて私に大きな信頼を持っていた事が前提にあります。そうでなければそこまでの記憶改変は難しいですからな」
「つまりは一種の催眠術、みたいなもの?」
「ええ、その通りです。思いのほかスムーズに上手くいったのは、ガイルさんたちが想像以上に臆病だったからと言えます」
「臆病……?」
「人は臆病な者ほど、何かにすがりたいものです。彼らは最初、いつ我ら魔族に殺されるかわからないという恐怖心に囚われておりました。ですので、私はまず彼らの命を脅かす者では無い事をアピールし、日々会話を繰り返し、そして信用させたのです」
私が気づいていない間にガーラングがそんな事をしていたなんて、正直驚かされた。
「ガーラング……貴方って人は、本当に凄い人ですわ。私やサタナイルお父様なんかより、とっても色々な事に気がつきますのね」
「いえいえ、そんな事はございませんよ。それに私はその分、戦闘は苦手でございますから」
ニッコリと笑うガーラングだが、きっと実戦であっても彼なら幅広く対応して戦えるだろうし、とても強いと私は思う。
「じゃあこれで彼らの事は気にしなくても良いのですわね」
「左様でございます。むしろ彼らは今やメイリア様に服従を誓っているので、ジリングさんたちと同様に扱うとよろしいかと」
「そんな……」
私は内心、複雑だった。
確かにガーラングのおかげで私はガイルたちからの恨みを消せたのかもしれない。
けれど、私が彼らの仲間の命を奪ったのも、フランクの足を切断したのも揺るがない事実なのだ。
それを嘘で塗り固めたうえで自分が慕われる、というのは少し違う気がする。
嫌われる事はどうという事はない。ただ慕われるのには抵抗があるのだ。
「……メイリア様。少し、私の昔話を致しましょう」
ガーラングが遠い目をして、ゆっくりと語り始める。
「アレはまだ魔王様の先代……つまり、魔王様のお父上がご存命であられた時。私は先代魔王様と共に修行に打ち込んでおりました。とは言っても先代も封印の地で封印されている身。ゆえに先代の精神を乗り移らせたお方とですが」
魔王の一族は数百年、聖魔戦に勝てていないので先代魔王も当然現魔王と同じように精神強奪によって、他者の肉体を借りていたのだろう。
「サタナイルお父様のお父上は、亡くなられたの?」
「はい。ご存じの通り、前回の聖魔戦にて聖王に敗れその命を落としております」
「サタナイルお父様が魔王を襲名したのは16歳の時なんですわよね? それだと先代魔王が死んでしばらく経ってから魔王を襲名した事になりませんの?」
「そうでございます。先代が聖魔戦を行なったのは、今から108年前。ちょうど現魔王様が誕生された日ですからな」
「確か魔王も成人、つまり16歳にならないと魔王の名を襲名できないんですのよね?」
「ええ。なので魔王様が魔王を襲名したのは、妙な話ですが、先代様が亡くなられてから15年後という事になります。魔王というのはあくまで肩書きですので、魔王様の一族の血筋が絶えなければ、聖王的にも問題はございませんからな」
「魔王って肩書きは特に意味はないんですわね」
「いえ、そんな事はございません。魔王という肩書きを神より正式に襲名致しますと、様々な魔法の制限が取り払われます。そのひとつがまさに『精神強奪』でございますね」
「なるほど。それからサタナイルお父様は聖魔戦に向けて精神強奪で修行を始めたんですのね」
「左様でございます」
そして彼はそれから異世界で佐藤 啓介として生きたわけだ。
しかし何故魔王は日本で佐藤 啓介として生きたのだろうか。その辺がいまいちよくわからない。
魔王は……サタナイルは、一体何を考えているのだろうか。




