第37話 素直な気持ち
小一時間ほど経っただろうか。
ひとしきり泣き尽くした私がようやく冷静さを取り戻して木陰に腰掛けていると、不意に背後に気配を感じた。
「メイリアちゃん、大丈夫?」
振り返るように木の裏を見ると、そこにいたのは魔王サタナイル。
今宵は月明かりが強いので、深夜ではあるが彼の顔がしっかりと窺えた。
「いつから……いたの」
「……ずっと、かな」
「覗きが趣味なんて……最低ですわよ」
「そんなつもりじゃなかったんだけどね」
魔王は言いながら私の隣に近づいてきた。
「隣、良い?」
「……勝手にすればいいですわ」
私がそっけなく言うと、彼は黙って私の隣に座り込んだ。
魔王サタナイル。
魔族たちの頂点にして『魔学』のエキスパート。全ての魔法の知識を持ち、それだけでなく知力も武力も王にふさわしい実力を持つこの世界の覇者になりうる可能性を持つ者。
そして同時に人間たちにとって忌むべき存在、と言われている。
「ねえ、サタナイル」
「何? メイリアちゃん」
「貴方は何故、人間に忌み嫌われているの?」
「そんなの、僕が魔族の王だからじゃない?」
「何故、魔族の王は人間に嫌われているの?」
「メイリアちゃんなら知ってるでしょ。魔族や魔物は時として人間を襲うし、人間を食用として食べる者もいる。その頂点に立つ者が人間と仲良くなんてできないでしょ」
「そうですわね。でも貴方は人間を食べないでしょう?」
「僕は食べた事は無いし、好んでは食べないね。でも食べるものが全くなければ食べると思うよ」
「貴方も人間を食べるの?」
「そりゃあお腹が空いてどうしようもなければね。人間たちだって、それは同じじゃない? 僕たち魔族の中には見た目が四足歩行で牛や豚に近しい種族もいる。それを人間たちが絶対に食べないって保証はないでしょ?」
「……そうかもしれませんわね」
「まぁそれはあくまで極論だね。僕ら魔族も人間も、知性ある生き物だ。だからこそ平和的な解決方法を神が決めたんだろうね」
「それが聖魔戦ですわね」
「そう。魔族と人間。その代表で勝った方が、116年間この豊かな大地での繁栄を許される。敗者は封印の地で封じられ、また敗者の種族は貧困の大地、ゾルディニアに隔離される」
「そうですわね。でもこのオルクラ大陸にも魔族はチラホラ見かけますわよ?」
「そりゃあ流れ者や、僕の命に従わない者もいるからね。そういう自分勝手な者は人間の土地で好き勝手に暴れる事もある。人間だって、賊や犯罪者がいるでしょ。同じ事だよ」
「犯罪者……。そう、ですわね」
私の事を言われているのかと思った。
私は犯罪者だ。
この手で父や母、それにアルノー家の者をたくさん殺した。
そんな私をこの魔王はどう思っているのだろうか。
「……貴方は私の事をどう思っているの?」
「っえ!? メ、メイリアちゃんの事!?」
「そう」
私は隣で座る魔王の瞳をじっと見つめる。
「ど、どどど、どうって……!?」
魔王は妙にどきまぎとしている。
私は変な事を言ったのだろうか。
「……私は私が嫌い。この人生の私はただの頭のおかしな犯罪者。父と母をこの手で殺し、アルノーのお屋敷には火をつけて……。そして今だってヴァネッサをたぶらかした事のあるウィルスレイン卿と、その妹のヴァネッサを殺そうと思っている。そんな風にしか私の人生を変える手段が思いつかない私の事が私は大嫌いですわ」
「メイリアちゃん……」
「ねえサタナイル。こんな私をどう思うの?」
「……僕にはメイリアちゃんの行動が正しいとは思えないし、これからやろうとしている事を応援したいとは正直思わない」
「やっぱりそう、ですわよね」
「それでも僕は、僕だけはメイリアちゃんの傍にいるよ。メイリアちゃんは僕の大事な人だからね」
「……サタナイル」
「主従契約があるから当たり前なんだけどさ。そうじゃなくても僕はメイリアちゃんの傍にいてあげたい。僕だけは永遠に味方だと思ってくれて良いよ」
魔王が笑顔で私の顔を見る。
「……ヴァネッサだって、そうだと思ってましたわ。でも、裏切られた」
「だからメイリアちゃんは彼女を殺したいんだよね?」
「そうですわ」
「それならキミの気が済むようにすれば良い。僕はそれを応援するつもりはなくても、メイリアちゃんの傍から離れる事だけはしないよ。この命に換えてもね」
私は目を見開いて魔王を見た。
彼の言葉に救われている自分がいるのがわかる。
こんなつまらない言葉なんかで、目頭を熱くさせている自分がいる。
その事が無性に恥ずかしい。
「……命に換えても、って貴方は死ぬ前に世継ぎを残さないと、世界が大変なんでしょう? 馬鹿な事、言わないで」
私はそっぽ向いてそう答えた。
「そうだね。その相手はヴァネッサちゃんの予定だったけど……」
「私がヴァネッサを殺したら、どうするの?」
「そうしたら……」
「そうしたら?」
私がオウム返しで尋ねると、魔王は私を僅かに見てから視線を空へと逃した。
「……僕は自分の気持ちに素直になるしかない、かな」
そう言った。




