第22話 要らない子
そもそも私はアルノー家の長女でありながら、何故、何も知らないの? 何故、何も教えられて来なかったの?
父、ヴィアマンテはアルノー家当主へと代々伝えられる秘法を私には教える気がなかったという事?
それはつまり、私は元から要らない子で、殺されるさだめにあるからという事?
でもそう考えれば辻褄が合う。合ってしまう。
そうだ、そういえば少しだけ思い出してきた。
父、ヴィアマンテはヴァネッサの事を特に可愛がっていた。確かに魔法の才能や勉学、運動等においては全て私の方が優れていたが為に私も持て囃されてはいたが、ヴァネッサは何に優れているわけでもなく、その可愛らしさだけでヴィアマンテは溺愛していた。
こうは考えられないだろうか。
父ヴィアマンテは破聖の秘法を長女の私ではなく、双子の妹であるヴァネッサへと受け継がせようとしていたのでは、と。
そしてその事は私にはひた隠しにし、成人の日に私は魔王へと献上される予定だったのでは、と。
魔王へ献上される、なんて予め言われてしまえば普通に考えてどんな女性も嫌だろう。
だからその日まで私が拒否したり、嫌悪したりする事のないように私には何も教えられて来なかったのではないか。
そうだ、そうに違いない。
私への愛は元より希薄だったのだ。
だから、些細なきっかけで私はすぐに殺されてしまうのだ。
ああ、そうだ。全部、全部辻褄が合う。
だって私なんて要らない子なのだから。
心が暗く、黒く沈んでいく。
やっぱりお父様とお母様は殺して正解だった。
この世の父と母なんて存在は、どんな世界でもロクなものじゃない。
しかしそうなると腹黒い感情を持っているのはヴァネッサも同じなのかもしれない。
やはり彼女も殺さなくちゃ駄目だ。
見つけ次第私の手で、報いを受けさせなければ。
そしてそれをたぶらかす原因となるウィルスレインも必ず殺すんだ。そうしなければいけない。いけないのだ。
殺さなくちゃ。殺さなくちゃ。殺さなくちゃ。
「……い」
全ては呪われたアルノー家に生まれてしまった私が悪いのだ。
呪われた家系は繁栄などしてはいけない。ヴァネッサをしっかりと殺し、アルノーの血筋は私で終わりにしなければいけない。
「……ぉ……い」
ヴァネッサは殺す。必ず殺す。私の大好きだったヴァネッサを殺す事こそが私がこの人生でやるべき事なのだ。
それをたぶらかしたウィルスレインを必ず殺す。
殺す殺す殺す殺すころ――。
「おい! おい!! 聞いておるかメイリアよ!」
「……っは! き、聞いておりますわ」
アテナ様の呼び掛けで我に返る。
「お前さん、なんという顔をしとるんじゃ……」
私の顔……?
と、言われても自分の顔を自分で見る事はできない。私は一体どんな表情をしていたのだろうか。
「とにかくヴァネッサが見つからないのであればメイリアよ、お前さんが此奴の妻になるんじゃな」
「……それは拒否できませんの?」
「出来ん事はないが、おそらくそれをしても無駄じゃろうな」
「何故ですか?」
「聖王らがお前さんを捉えるからじゃ」
「聖王が?」
「うむ。もし魔王に世継ぎが生まれなければ、この世界全てに関わる。そうならぬように神々が聖王に神託を降ろすじゃろう。魔王の妻に相応しい者を捉え、封印の地にて魔王と共に封ぜよ、とな」
「魔王の妻はアルノー家の者でなくては駄目なのですか?」
「厳密に言えば駄目ではない。ただし魔王と同属性である『暗黒』への非常に高い適正を持つ者でなければならん。そうなると、まずいないんじゃよ」
「……そう、なんですの」
私が魔王の妻に。
そう言われ、私は魔王の顔を見る。
魔王は先程のアテナ様の言葉に打ちひしがれているのか、それとも私の事を見れないだけなのか、こちらを見る事なくその顔は下へ俯いたままとしていた。
その横顔は見れば見るほど、あの啓介くんだった。
私の擬態系魔法によって肌の色も髪の色も人間と化し、強靭な角も見えなくなっている今、彼はまさに啓介くんそのもの。
私の初恋の――。
淡く切ない気持ちが胸をしめつける。それと同時に恐怖も訪れた。
先程のアテナ様の言葉を思い出す。
「私の死に関する事で魔王に聞きそびれた事はないか」
ある。わかってる。
私はそれを聞くべきだと言うこともわかっている。
だけど、聞けない。聞けないの。怖くて聞けないの。
だって、もし、その答えが私の想像通りだとするなら。もし、その答えが残酷な真実だとしたなら。もし、その答えに一片の愛もなかったとしたならッ!
私はもうこの心を正常に保っていられる自信がない。
とっくの昔に私が壊れてるのはわかってる。愛に対する強さを求めている事もわかっている。けれど、それでもまだ私の心は人間でいたがってる。
彼にも要らない子だと思われているかもしれないという恐怖に、どうしても打ち勝てない。
だから魔王には、啓介くんには聞けない。
――そう私は勝手に結論付けて、魔王の顔を見るのをやめた。




