第21話 無知
「はっきり言うが、殺生を恐れている者に聖魔戦を勝つ事など不可能じゃぞ?」
精霊アテナは手厳しく魔王に告げた。
「……」
対して魔王は、俯いたまま口を開こうとはしない。
「で、でもアレですわよね? 魔王も聖王も、絶対死んじゃダメなんですわよね? だってどちらかが死んでしまえば、残された方も死んでしまうって聞いてますわよ?」
代わりに私が尋ねる。
「だからその為にお前さんたちアルノー家と、フォルクハイム家がおるんじゃろうが? 此奴が仮に聖魔戦で死に絶えたとしても、その血を受け継ぎし者を後世に残す為に」
そうだった。
私もこの人生で初めて魔王に聞いて知った事。私たちの一族は魔王の世継ぎを残す為に存在している事を。
しかしそれに付随して、信じ難い名前を今聞かされる事になるとは思いもよらなかった。
「ま……さか……フォ、フォルクハイム家が……聖王の継ぐ子の家系、なんですの……!?」
「いかにも。なんじゃメイリア、お前さん知らんかったのか?」
その対極に位置する聖王にも当然アルノー家と同じような役割を持つ貴族がいるのだとアテナは言った。それがフォルクハイム家。
そして何を隠そうそのフォルクハイムという公爵こそ、私の憎む者、ウィルスレイン卿の血族であった。
ウィルスレイン・ラニ・フォルクハイム。
私の最愛の妹、ヴァネッサを狂わせた元凶たる男。絶対にこの手で殺してやらなければ気が済まない相手。
しかし、この因果関係は一体何を意味しているのだろう。これらの繋がりは全くの偶然、とは到底思えない。
「……ま、そういうわけじゃ。聖魔戦は命の奪い合い。相手を殺す覚悟、そして死ぬ覚悟の両方が無ければ、その気概だけですでに優劣は決していると言えるの」
だから今のこの魔王には勝ち目など無いとアテナは言いたいのだろう。
「……大丈夫だ。我はやる。やれるとも」
ようやく魔王は重たいその口を開いた。
「ふぬけた返事じゃのう。ま、やるもクソも、まず貴様に世継ぎの為の相手がおらん事には意味がないがの。で、その当事者であるヴァネッサは姿を眩ましたんじゃったな、メイリアよ?」
「ええ、そうですわ」
「父と母はどうしたんじゃ?」
私はこれまでのループや転生の事については簡潔にまとめて話して来たが、私が犯してきた罪についてアテナにはまだ話していない。魔王にはこの世界の両親を手に掛けた事は言ったが、それでも異世界での細かな事までは打ち明けてはいない。
「……アテナさん。彼女の両親は何者かに殺された。それで身寄りが無くなって我のもとに来たのだ」
私の事を慮ってか、魔王が先に答える。
「ほう? 何者かに、のう?」
アテナの訝しげな口ぶりに対し、
「……ええ、そうですの」
私は視線を逸らして魔王のその嘘に乗る。
「……まあそんな事はこの際置いておくとする。ヴァネッサはとりあえず生きておるんじゃな?」
「多分生きていると思いますわ」
「……それならばまずはヴァネッサを探す事じゃな。彼女をサタナイルの妻にさせぬ事には聖魔戦どころではないからの」
私は元々、ヴァネッサすらも私の手で殺してあげようと考えていた。
だがここに来て、魔王の世継ぎなどという珍妙な展開になり正直戸惑っている。
ヴァネッサは殺さなくても良いのだろうか。
私の死のさだめに彼女は関係がないのだろうか。
私は最愛の妹に殺されているのだ。今回も彼女の手に落ちないとは言い切れない。
私のこの地獄の転生ループを抜け出すには、不安定なファクターは取り除くべきだ。それには私の事を手に掛けた者を漏れなく殺してしまう事。
そうしなければ私は永遠にこの地獄から抜け出せない。
だから私は――。
「仮にじゃがの?」
私が思い詰めていると、アテナが口を開いた。
「魔王の妻になるべき相手はアルノー家の者であれば良いのじゃから、お前さんでもええんじゃよ?」
と、言いながら私の事を指差した。
「え?」
「だってそうじゃろ? お前さんもアルノー家の娘なんじゃから魔王の妻としての適正は満たしとるはずじゃ。本来ならば、長女であるお前さんはヴァネッサを此奴に引き渡した後、聖魔戦が訪れる日まで魔王を再封印せねばならぬし、聖魔戦の日には再び封印を解かねばならぬが、今回は違うんじゃろ?」
そう、今回は違う。
今回は私の思いつきで魔王の封印を解き放った。だからこんな事になっている。
「……アテナ様。そもそも何故魔王は封じられていなければならないのでしょうか?」
「ん? なんじゃお前さん、そんな事も知らんのか? アルノー家の令嬢なのに?」
「……父も母も、私には何ひとつ教えてくれませんでしたもの」
私の瞳に薄暗い影が宿っていくのが自分でもわかる。
「簡単な話じゃ。それを決めたのが神々じゃからじゃ。敗者を封印の地にて封ぜよとな」
「何故、神々はそんな事を……?」
「この世に覇者は二人居てはならん、という事じゃろうな。魔王も聖王も共にカリスマ性の塊じゃ。同時に世に解き放たれていては、戦争のきっかけにもなるじゃろうしな」
「では今現在こうして魔王が解放されているのは、神々の思想にとって禁忌な状態なのではないですか?」
「そうじゃな。此奴がもし来たるべき聖魔戦の前に暴れたり、聖王や王都を攻撃するような事をすればそうなる。じゃが、大人しくしているのならまず平気じゃろ。聖王の関係者から神々へ通告さえされなければ、な」
「もしバレたらどうなるのです?」
「簡単な話じゃ。聖王が神々の許可を得て、直接魔王を封じる。もしもそれで魔王が反発するような場合は神々が直々に魔王を拘束するじゃろう」
「随分とお詳しいようですが……アテナ様はまるで見てきたように話されますね? それも勘なのですか?」
「察しがええのう、その通りじゃ。これは勘ではなく、此奴の先々代の時にそんな事実があったからじゃな。反面、お前さんはアルノー家の者とは思えんほどに無知じゃのう。父と母は一体何をしとったんじゃか……」
アテナ様の言う通りだ。
私は何故、こんなにも無知なのか。
私はアルノー家の長女であるはずなのに……。




