第20話 胸に秘めた想い
「え……? こ、超えて……?」
精霊、アテナの言葉に私は顔を訝しげる。
「うむ。この世界とは異なる次元を行き来しとるじゃろ?」
「「!!」」
思わず私と魔王は互いに顔を見合わせる。
さすがは精霊と言ったところか。私の目を見ただけでそれを見抜いてしまうなんて。
「ワシに尋ねたいのは超えてしまう事と……む、それだけではないな。なるほど、ふむ。なるほどなるほど。お前さん、更に繰り返す者でもあったか。なんとも稀有な現象に苛まされているようじゃの」
「あ、アテナ様……ッ!」
私は一気にこの精霊の力を信ずるに値する存在であると確信し、思わずその名を読んだ。
何も話していないにも拘らず、私の身に起きている事情をすぐに把握してくれたのだから。
「ワシにはおぼろげにしか見えんでな。娘よ、詳細を聞かせてみるがよいぞ――」
●○●○●
私は精霊アテナの言われた通り、自分の身に起きている謎の事象について簡潔に話した。
「なるほどのう。メイリアよ、お前さんは中々に難儀な状態に陥っているようじゃな……」
「アテナさん、そういうわけでこの子をなんとかする為に、どうにか良い知恵はないだろうか?」
魔王が言うと、
「ワシには確かに時空間系に関する知識や、その変化を感じ取る直感力が備わってはおるが、事象に関する全てが明確には見えるわけではない。ワシ程度の精霊ではおぼろげに感じられるだけじゃ」
と、精霊アテナは答えた。それよりも、と更に続けて、
「それ以前にサタナイル。貴様は一体何をやっとったんじゃ……」
大きな溜め息を吐き、アテナは魔王の所業に呆れ返っている。何故なら、私に関する内容を伝えるその流れで、魔王が佐藤 啓介として日本で生活していた事についても彼女へと話したからだ。
「わ、我は一応見聞を広め、深める為にわざわざ異国の世界へと並列意識を飛ばしていただけで、何も遊んでいたわけではッ!」
「はあ……。サタナイルよ、ワシはそんな事に呆れとるわけではないぞ。貴様、自分が変わってしまっておる事に気がついておらんのか?」
「な、何? 我が変わった?」
「そうじゃよ。貴様、一体いつからそんな目になった?」
精霊アテナに目、と言われ私も魔王の瞳を覗き見る。が、私から見ただけでは特に何もわからない。
「そんな目をしている者に、聖王を打ち負かす力はないじゃろうな」
「な、何を言うかアテナさん! 我はこれでもちゃんと並列思考でしっかり鍛錬も欠かさずに……ッ!」
魔王の言い訳にアテナは首を横に振り、
「違うんじゃ。貴様の目は穏やかすぎる。ワシと初めて出会った、まだ貴様が魔王を襲名したばかりの頃とは雲泥の差じゃ」
「だ、だってあの時アテナさんと出会ったのは、我のこの肉体ではなく、我の精神強奪した別の者のボディだったのだぞ? それは見た目が違うのは当たり前ではないか!?」
「そうではない。ワシには目を通じてその者の心や経験が透けて見える。メイリアの目を見て彼女の生き様がなんとなく見えたように、貴様の目を見てワシには貴様が変わった事に気がついたんじゃよ」
「ぐぬ……我の何が変わったと言うのだ!?」
「貴様は優しくなり過ぎた」
「なん……だと……?」
「日本とか言う国じゃったか? そんな平和なところで何十年も生活したツケじゃな。今の貴様では人間はおろか、そこらの魔物や動物すら殺せんじゃろ」
私もそれは薄々感じていた。
この魔王はある意味、良い人すぎる。
確かにこのガボルの大森林にて、襲って来た魔物たちを蹴散らしては来たが、私の目で見る限り確実に魔物を死に至らしめた攻撃をしたのは三魔貴族だけであり、この魔王はせいぜい魔物を目の前から吹き飛ばしたりする程度だった。
もちろんそれでも空高く、遠くに吹き飛ばしていたのでおそらくその魔物も死んでいるとは思うが、目の前で直接生き物を殺める様子は見た事がない。
「黙って聞いておれば……我が日和ったとでも言いたいのか?」
「ん? なんじゃ違うのか?」
アテナは小馬鹿にするように微笑を交えて魔王を煽る。
「……違う」
対して魔王の反応は薄い。図星だからだろうか。
「嘘をつけ。それに貴様、他に何か隠しておるな? ワシに洗いざらい話しておらんじゃろ? 原因はそれか? ん?」
「……っく」
魔王が二の句を飲む。
それと同時に今度はアテナが私を見た。
「どうやらメイリアに関係している事のようじゃのう」
「え? 私?」
「うむ。ちょっとさっきワシに話した内容を掘り返すぞい。確かメイリア、お前さんは16歳になる日に必ず殺されると言っておったな」
「ええ……」
「その事で魔王に関係する何かを此奴に聞きそびれてはおらんか? もしくはわざと聞いておらぬのか?」
ドキリ、とした。
私には思い当たるフシがある。
「思い当たるフシがある、とでも言いたそうな顔をしとるのう。それが原因じゃな」
「え……原因……?」
「うむ、そうじゃ。魔王がこんなに日和っとるのは、それに関係しとるっぽい、とワシの勘的なものが言っとる」
「「……」」
私と魔王は互いの顔を見れずに俯いた。
私にはこの精霊アテナの言いたい事がおそらく、わかる。
だが、怖いのだ。
私は怖くてそれを聞けずにいた。
「それはお前さんたちの問題じゃな。だが、それを解決せん限り、この魔王はポンコツじゃ。此奴の膨大な魔力はただの飾りと化し、虫すら殺せぬ、臆病な子供となんら変わらぬ」
ボロクソにこき下ろされても魔王は言い返さずにいる。
だが、きっとそれは私のせいなのだ。
私が怖くて聞けなかったその内容。それは逆に魔王からも私に触れてこなかった内容でもある事を、私は薄らと感じている。
魔王から……彼から話してくれたのなら、良かったのに。
そうすればきっと、それが残酷な真実であったとしても、否が応でも受け入れざるを得なかったのに。




