第1話 死せる令嬢
――私ことメイリア・リィン・アルノーは、ここオルクラ大陸南西部に位置し広大で恵まれた豊穣の大地を所有する、由緒正しい富豪貴族であるアルノー家の長女であった。
都からは遠く離れた辺境の地ではあるが、周辺の人里はそれなりに豊かに発展しており、凶悪な魔物も少ない。私は自分の生まれ里であるこの地を誇りに思い、同時に愛している。
そして優しく暖かい家族たちも同様に。
とある日。
16歳のバースデイを迎えた私は、このアルノー領で伝統的である成人の儀を行なうべく、金色で長い自慢の髪をこの日の為にバッサリとショートヘアにまで切り落としてもらい、大人の女性らしい品の高いメイクをアルノー家のメイド長に施してもらった。
そして準備が整った後、父に命じられ深淵の混沌と呼ばれる、ある意味神聖な場所へと赴いていた。
その道中に事件は起こる。
私を乗せた馬車が賊に襲われたのだ。
ここ、アルノー領はオルクラ大陸でも指折りの治安の良さで有名だったのだが、私は本当に運が悪かった。
その賊どもに私の従者たちは皆、殺された。
そして私だけは捕らえられ、彼らのアジトに連れて行かれ、あとは想像に難しくない結末を迎える事になる。
賊の男どもに身体中を散々に弄ばれたあげく、彼らは人質として私の父、ヴィアマンテ・リィン・アルノーへと身代金の要求をした。
私を助ける為に父が用意したのは、身代金と多少腕に覚えのある剣士数名。賊どもを不意打ちにして私も身代金も全て奪い返す算段だったのだが、これは結果、失敗に終わる。
剣士たちも父も私も殺されたのだ。
私はここで初めて『一度目の死』を体験した。
――次に目覚めると、意識は『一度目の死』を体験する直前のままだったのだが、私の身体は何故か思うように動かせずにいた。
だが視線で辺りを見回す事だけは出来た。
ただ、周りには私の知らない世界が広がっていた。
レンガでも単調な木造でもない造りの壁。惚れ惚れするほどまでに整った造形で飾られた数々の品や家具。精度の高い絹や布製のカーテン。
そして私の目の前にいる二人の召し物の異端さ。
「んー? どうしたんだい、美来? 何をそんな驚いた顔をしているんだい?」
目の前にいる大きな男は私の顔を覗き込むようにして、そう言った。
色黒で髭の濃い強面の男の顔が迫り、思わず私は自身の顔を引きつらせる。
「あらあら駄目よ和樹くんったら。美来を怯えさせるような事しちゃあ」
「な、何を言ってるんだ美希。俺はただこの子をあやしてただけで……」
状況を全く飲み込めなかった私だったが、時が経つに連れて自分の置かれた事態を少しずつ把握していった。
どうやら私は別の世界で『橘花 美来』という名で新たな命として生まれ変わった、らしい。
ただし前世の記憶を引き継いだままで。
そしてこの世界では『かがく』というものが発展している代わりに、私の世界では当たり前だった『まがく』という存在自体が無いに等しいようであった。
この世界のここ『日本』という国は、かつて私が愛していたあのオルクラ大陸、アルノー領よりも更に治安の良い国だったが、この世界では『魔学』に通ずる『魔法』を扱う事は出来なかった。
おそらくこの世界には『魔学』の礎となる根本的な『魔元素』自体が存在しないからなのだろう。
私は『魔法』が扱えない事に少々の不満と戸惑いを抱きながらも、成長と共に新しい家族とこの平和な世界での生活に少しずつ慣れていき、こちらの世界の現実を受け入れ始めていった。
そして転生前世界での記憶なんて夢か妄想かと思い、ほとんど忘れかけていたとある日。
日本で迎えた16の誕生日。
私は再び死んだ。
死因は学校の屋上から転落死。
私が覚えているのは、近隣に住んでいた幼馴染の啓介くんという男の子と共に高校へ向かったのち、彼に屋上で話したい事がある、と言われ着いて行った直後にそうなった。
原因はさっぱりわからないが、私はおそらく啓介くんに殺されたのだ。
――次に私が目覚めて、初めて目にしたのは懐かしき父の顔だった。
と言っても日本での父、和樹ではない。
我が最初の故郷の父であるヴィアマンテ・リィン・アルノーであった。
私はまた、このオルクラ大陸のアルノー領にて、アルノー家の令嬢として、メイリア・リィン・アルノーとして再転生し直したのだ。
だが、始まりはまた赤ん坊からだ。
私はこの不可思議な現象の事を『ループ』と呼ばれるものである事と、別の世界に生まれ変わる『異世界転生』である事を前の異世界、日本のサブカルチャーで学んだ。
オルクラ大陸での二度目の人生こそは必ず上手く立ち回ってやると心に誓い、私はこの人生では物心が着いた頃から、なんでも上手くこなしていった。
知力、運動能力、魔力、全てにおいて他者よりも優れた成績を残し続けた。
結果そんな私の事を、父も母も双子の妹も神童だと持て囃した。
当然の結果だった。何故なら私にはここで起きる事の未来のおおよそがわかりきっているのだから。
だがしかし、運命は変わらなかった。
私はオルクラ大陸で再び迎えた16のバースデイで、累計三度目の死を迎える事になる。
今度は母の裏切りだった。
私の母、ミランダ・リィン・アルノーは若い冒険者の男と恋仲に陥り、その男に唆され、アルノー家の資産を奪うべく、私の父と妹と私を卑劣な策略によって始末したのである。
――そうして次に目が覚めると、今度は再び日本に再転生していた。
ここでようやく私は私を取り巻くルールを理解する。