第18話 ガーラングの目
「え? ええ、そうですわね。これでも一応由緒正しいアルノー家の血筋ですもの」
不意なガーラングからの声掛けに戸惑いながら私は答える。
「それだけではなく、その若さでは考えられぬほど相当に弛まぬ努力を研鑽されてきたようでございますね? 私には貴女様の洗練された魔回路に行き渡る魔力を見て、よくわかりますぞ」
「そ、そう? ありがとう、えっと……ガーラング、さん」
「私めの事はガーラング、と呼び捨てになさってくださいメイリア様。貴女様は我らがあるじ、魔王様のご令嬢に在らせられるのですから」
「わかりましたわ、ガーラング」
「……ときにメイリア様は得意の属性は『暗黒』でございましたな? 他の属性にもある程度適正はあるとお見受け致しますが、いかがな具合でしょう?」
「ええ、まあそうですわね。最も得意とするのは仰る通り『暗黒』ですわ。次いで『土』属性と『風』がそれなりに扱えますわね。その他は多少心得はありますけれど、不得手ですわ」
「いやはや、それほど多属性に渡る適正値、そして魔力量と精錬さともなると、中々高度な攻撃魔法も扱えそうでございますね?」
「そんな事はございませんわ。直接的な攻撃魔法で得意なのはせいぜい『土』属性の『ストーンバレット』くらいなものですわよ?」
私は攻撃魔法をあまり得意としていない。何故なら最も得意な属性が『暗黒』であるからだ。『暗黒』属性は主に攻撃魔法よりも状態異常や生死に関する呪術の方を得意とする。
ちなみに擬態系魔法と回復系魔法はその特性により『聖光』属性の魔法であり、私の最も苦手とする魔法だ。一応多少の心得があるとはいえ、やはり低級位の魔法しか扱えない。
「とはいえメイリア様ほどの実力者ともなれば、その『ストーンバレット』ひとつでも相当な威力を発揮なられるでしょう」
「まあ……そんじょそこらの魔法師よりは……」
「メイリア様。仮にでございますが、今、目の前に貴女へ敵意を向けた者が立ち塞がったとしましょう。ですが、その者は力のない、か弱い子供だったとします。そんな時、貴女様はその子供をどう対処なさいますか?」
ガーラングは一体何を言っているのだろうか。
私には彼の思惑がいまいち飲み込めない。
「……私の行動を阻害する存在なんですわよね? それなら子供でも容赦は致しませんわ」
「ほほう? となると、『ストーンバレット』で完膚なきまでに打ち付け、殺害なさいますか?」
「ええ。そうですわ」
「例えそれが魔族や魔物ではなく、人間の子供だったとしても?」
「関係ないですわ。私の前に立ち塞がる者は分け隔てなく、屠りますわよ」
「もしそんな子供が何人も貴女様の前に、何度も現れたとしても同じように対処なさる、と?」
「……か、関係ない、ですわね」
「ふうむ。ですが貴女様の今の反応はいまいちですな? 出来るなら殺したくはない、と言う風に見受けられますが」
「べ、別に罪悪感とかなんかじゃないですわ! ただ無駄な労力だけはしたくないと思いましただけですの!」
「……ほうほう! それではメイリア様、私めからひとつ申し上げておきたい事がございます」
「……なに?」
私の問い掛けに対し彼はひと呼吸だけ置いた後、それまで笑顔だった表情を少しだけこわばらせ、鋭い視線で私の目をジッと見据え、
「貴女様が連れているあの人間たち。彼らを殺してはなりませんぞ」
と、告げた。
「え……?」
私はまるで心を見透かされたかのようなガーラングの言葉に、ドキリとした。
「彼らを殺せば、今しがた私めが申し上げた事象が近い将来現実として起こりうるでしょう」
「そ、それは一体どういう……」
私がガーラングの意味深な言葉に心をざわつかせていると。
「見えてきたぞ、メイリアよ」
魔王サタナイルが私たちの会話に割って入るようにそう言った。
「アレが精霊の住む魔力の泉。マジックスポットだ」
周囲は背の高い木々に囲まれた大森林の中、少し開けた場所が見える。
その中央部にキラキラと光るそれは透明度の高い美しい泉が窺えた。
「アレが……精霊が住むという……」
私は思わずその神々しき泉の魔力に目を奪われた。
「さあ、こっちだメイリア。皆の者も我についてこい」
「「っは! 魔王様!」」
魔王の言葉に三魔貴族たちは声を揃えて返事をした。
「あ……」
先程、私と奇妙な会話をしていたガーラングも、まるでそんな事などなかったかのように振る舞い、魔王の後をついて行く。
「……なんなんですの」
ガーラングの言いたい事がさっぱりわからなかったが、私も魔王たちの後を追いかけて行くのだった。




