第17話 魔王の威厳
魔王が言うには、自身の意識はひとつでは無くいくつかに分散させる事ができ、それは別々であり共有でもある、要は並列に思考を操っていたのだそうだ。
『思考超並列化』というそれも、高度な魔法の一種らしい。
その並列意識の主軸であるメイン意識は異世界で啓介として。
サブ意識たちは魔族たちの住処であるゾルディニアで魔学の修行や魔族、魔物たちとの交流に充てていたらしい。
なんともまぁ便利で都合の良い魔法である。
(精神強奪は神々から与えられた僕たち魔王の一族しか使えない一子相伝の秘法だから、こればっかりはどう頑張ってもメイリアちゃんにも扱えないよ)
そういう意味で言うと私の破聖の秘法と同じという事かと納得する。
(魔族たちや魔物たちは多種多様な者たちが多いけれど、その誰もが知性が高いわけじゃない。欲望のままに動く者、知識が浅いゆえに愚かな行動を取ってしまう者などトラブルが尽きない。だから僕がある程度指示を出しておかないとなんだ。そんなわけでサブ意識で借り物の身体を使って、三魔貴族のガーくんたちと一緒に彼らを導いていたんだよ)
それにしても意外とこの魔王はマメなんだなと少しだけ、ほんの少しだけ感心させられた。
(こっちの世界にもスウィッティ本体とスプラトゥ○ンが持ってこられれば、皆でナワバリバトルやりたいんだけどね)
なんでこんなに中身子供な奴が、魔族どもを統率できるのか。
やっぱり私にはよくわからなかった。
●○●○●
――それから数日あまりの日が過ぎた。
ガボルの大森林は別名迷いの森とも呼ばれるだけあって、その広さと難解な道中に、私たちは中々目的の地である魔力の泉へと辿り着けずにいた。
大森林には知性が低い割にかなり凶悪な多くの魔物たちがウヨウヨとひしめいていたが、魔王率いる私のパーティの敵ではなかった。
魔王曰く、知性の低い魔物たちは凶悪な動物と同じであり、例え相手が魔王であろうとも無差別に襲い掛かってくるのだとか。
そんなわけで数々の魔物たちは、魔王と三魔貴族がまるで埃を払うかのようにいとも簡単に処理していった。(ガイルやフランクの話によればここの魔物たちは相当に手強いらしく、並の冒険者では命賭けの戦いになるだろうとの事だった)
深夜になれば焚き火を囲って食事を摂ったり雑談をしながら過ごした。
意外だったのは食事のほとんどをサキュバスのアイリスがやってのけた事だ。あんな見た目と中身の癖して料理上手とか、どんなギャップ萌え狙いなんだよと私は舌打ちした。
ガーゴイルのガーラングは、やはり終始紳士的な人だった。彼は魔貴族と言っても本当に差し支えがないほどに、礼儀やマナーをとても重んじてよく身につけている。食事の時も必ず私に何もかもを優先してくれ、レディーファーストのお手本ような人だなぁと、私は感心した。
見た目の通り無骨な男なのはオーガのデイトルト。彼は何を置いても常に男らしさとか筋を通すとかを重んじている。魔物との戦闘においては最も肉弾戦で活躍していた。
そんな彼らと共に過ごして少しだけ気づいた事がある。
それは彼らが本当に心から魔王サタナイルの事を崇拝し、敬愛しているのだという事だ。
私にはいまだにこの魔王サタナイルの凄さが伝わらないのだが、やはり彼には人を惹きつける何かがあるのだろう。
元々日本で佐藤 啓介として生きていた彼もとても交友関係の広い男の子だった。
きっとそのコミュニケーション能力の高さゆえに、これほど仲間たちからの信頼も厚いのだろうな、と悔しながらも少しだけ納得してしまった。
●○●○●
「……なあ、ガイルの兄貴」
「なんだフランク……」
「俺たちは一体何をやってんのかな」
「さあな……」
ガイルとフランクは大森林の中、私と魔王の後ろをついてくる三魔貴族の、更にその後ろからあとをついてくるように歩きながら、私たちと共に行動している。
そんな彼らの小さなぼやきが私の耳に届く。
「っつーか、あのガキ、やっぱとんでもねえ奴だった。魔王の令嬢って……冗談じゃねえ。このまま下手をすれば俺たちは奴らのエサになっちまうかもしれねえな……」
「ガ、ガイルの兄貴ぃ! 俺、まだ死にたくねぇよぉ!」
「んな事言ったってどうしようもねえだろ。お前の切られちまった足を元に戻してくれるって言うから黙って着いて来てたっつーのに、ちっともそんな約束守ってくれやしねぇし、かと言って文句でも垂れようもんなら、魔族どもに殺されかねねえんだからよぉ」
「うう……お、俺たちどうすればいいんだよぉ」
「とりあえず死にたくなけりゃ今は大人しくしてるしかねぇよ……。上手くすりゃそのうちどっかの冒険者たちがコイツらを退治してくれるかもしれねぇし……」
「で、でも魔王と三魔貴族なんだろぉ? あのガキの娘は別としても、そんな化け物ども相手じゃ聖王以外の人間に勝てる望みは薄いんじゃ……」
「……いや、待てフランク。良い事を思いついたぞ!」
「な、なんだよ兄貴?」
「ふふふ。それはな、タイミングを見計らって奴らの事を王都のギルドに密告するんだ。地方の弱小ギルドじゃなくて王都直営のギルドなら聖王にゆかりの深い貴族にも必ず伝わる。そうなればきっと放っておくわけには行かないだろ? そうすりゃ俺たちを助けてくれるに違いないぜ」
「そうかぁ! だってコイツら魔族なんだもんな! 確かに王都のギルドなら動いてくれるし、王都のギルドで対処できなければ聖王本人が動くってわけだな!」
「そういう事だ。だから王都の近くまではコイツらに大人しく従っておこうぜ」
さっきから彼らの煩わしい会話が長い。
どうやら私の小間使いどもが何やら薄暗い策略を講じているようである。
私に全て筒抜けだと言う事を知る由もなく。
しかし、つまらない策略のようなので無視しておいても良いのだが、かといってこのままいつまでも放置しておくと人間たちに魔王たちの事についての噂が広まる可能性がある。
もうここまで来てしまえば彼らの存在などリスクでしかない。
早々に処分してしまおうか。
と、私が考えていた時。
「……ときにメイリア様。魔王様のお話によれば、貴女様も中々に魔学に関する知識が深いのだとか」
突如、私の後ろを歩いていたガーゴイルのガーラングが笑顔で私に声を掛けてきたのだった。




