第16話 全てを見通す魔眼
魔王封印の地から、ガーゴイルたちにガボルの大森林へと私たちを降ろしてもらったのにはわけがある。
単純に人目につきにくいというのもそうだが、このガボルの大森林の深部には『魔力の泉』と呼ばれる場所があった。
この『魔力の泉』という場所は別名、マジックスポットとも呼ばれ、世界にいくつか点在し、訪れる者には大いなる魔力の福音がもたらされるとされている。
私たちの狙いはその根源たる『精霊』に会う事。
マジックスポットと呼ばれる場所には必ず『精霊』が住んでいる。『精霊』は通常不可視の存在であり、彼らとコミュニケーションを取るには彼らが見えるようになる必要がある。その為には自身の瞳に特殊な魔法をかけなければならない。
「……なるほどですわ、それが『ホルシングズアイ』というのですね?」
私が魔王に言うと、
「そうだ。『ホルシングズアイ』はその魔法式の難解さに加え膨大な魔力量を必要とするだけで、並大抵の者には術式を唱え上げる事すら困難だが、最も重要なファクターはそれではない」
ちょっと前まで私にシカトされ続けて凹んでいた魔王サタナイルが、皆の手前威厳を保ちつつそう応えた。
「それが『ウジャト』と『ラー』の瞳、ですわね」
魔王がコクン、と頷く。
私がそもそも魔王に会う目的のひとつはこれであった。
この世にはS級位魔法と呼ばれる飛び抜けて特殊な魔法があるが、そのひとつが『ホルシングズアイ』である。この魔法は魔王の言う通り難解な魔法式と魔力量を要するが、それ以前に『二種の同調した瞳』が必要なのである。
その同調とは魔力の同調率を指し、互いに同じ精度の魔力を練り上げられる者同士で発動させなけらばならない。
それが上手く行くと、発動者Aの左目に『ウジャトの瞳』が、発動者Bの右目に『ラーの瞳』が宿るのである。
私はそこまでの詳細は知らなかった。ただ、魔王には全ての不可視を可視化させる術があるという文献だけを読んで知っていたのである。
つまり私の目的は魔王に会い、そして全てを見る事が可能になる力を得て、精霊に会う事。そして精霊に出会えたなら、彼らの力を借りたかったのだ。
アルノー家の文献のひとつに『時空間系魔法』について記された物がある。その中には精霊についての情報が記載されていた。
精霊とはこの世の神々にも近しい力を持ち、更には時間や空間、次元を超越する存在とも言われているらしく、そんな彼らに話を聞けば私の身に起きている不可思議で不明瞭な事態を解決する糸口になるかもしれないと思ったのだ。
そしてその事を魔王に伝え協力を仰ぎ、私たちはこのガボルの大森林に訪れたのである。
何にせよさすがは魔学に精通している魔王だ。全ての魔法の知識を兼ね備えていると言われるだけはあると、私は少しだけ彼を見直した。
(ね? ね? メイリアちゃん! 僕の知識役に立った? 凄いでしょ!? 惚れ直してくれたかな!?)
だが、その承認欲求がウザいので私は前言をすぐ撤回した。
「ときにメイリア様。何故アルノー家はメイリア様を残して滅びてしまわれたのですか?」
森の中を歩きながら、不意にガーゴイルのガーラングが私へと尋ねて来た。
私は事の素性をどこまで話せば良いものかと少し悩んだが、
「ガーラングよ。我らもそれがわからぬのだ」
と、魔王が代わりに答えた。
「アルノー家の一族はメイリアを残して殺されてしまった。我が妻となる予定であったヴァネッサも行方知れずとなった。だからこそ我らはこうしてガボルの大森林にいるのだ」
「なるほど! それで精霊に会い、アルノー家を潰した者を調べ上げようと言うのですね!?」
「うむ、そうだ(って感じにしとけば良いよね?)」
魔王はガーラングに返事をしつつ、私に思念で同意を求めてきたので、
「ええ、そうなんですの。私は信用のおける身寄りが見つからず、それでサタナイル様の封印を解いて事情をお話したのですわ(とりあえずはそれで良いですわ)」
と、合わせた。
「さすがは我らが魔王様! 我らにとって重要な血族となるアルノー家を潰した憎き者を探し出し、メイリア様の為にその者らを八つ裂きにしようと言うのですね! 素晴らしい……素晴らし過ぎます!」
ガーラングが歓喜に震え、
「やぁぁぁん! やっぱり魔王サマったら、ちょおカッコイイー! そーゆークールでナイスガイなところにアタシったらサキュバスの癖にメロメロなのぉ!」
と、アイリスが身体をくねらし、
「うむ。やはり我が忠誠を捧げた魔王様だ。底知れぬそのお考えの深さ、そしてメイリア様を思ってのその行動。深く感動の極みにございます」
そのごつい顔と肉体に似合わず、その瞳に薄らと涙を浮かべる程感動しながらデイトルトがそう言った。
それにしてもこの魔王、何故これほどまでに信頼が厚いのだろうと私には不思議でならなかった。
私からすればこんな奴、啓介くんとして日本で過ごした生活が長かったせいか妙に日和見主義だし、女の子にはデレデレだし、なんか言葉の言い回しは軟弱者感はあるしで、カッコ良さなんて皆無だと思っていた。
だから大勢の魔物や魔族たちが異様なくらいに彼を慕っている事に、妙に違和感を覚えるのである。
というか、そもそもこの魔王はそのほとんどを精神強奪によって異世界で過ごしていたはずだ。
それなのに一体どうやってこれほどの魔族たちに信頼されるような関係性を築けたのだろうか。
(……ねえ、貴方。先程の話ですと基本的に貴方は日本で啓介くんとして生活をなさっていたのですよね?)
私は率直に思念で尋ねてみる。
(うん、そうだよ。僕はこの殺伐とした世界より、日本が大好きだからね。本当ならまた向こうに戻って今やりかけの積みゲーとか、スプラトゥ○ンをやりたいんだよ。やっとこの前初めてXランク帯に入れて、これからだーって時だったのにさ)
(……はあああああぁぁぁぁぁ)
威厳のいの字すら感じさせられないこの馬鹿魔王の一体どこにこれほど他者から崇拝される要素があるのやら。私は思わず思念で深く、深く溜め息を吐いた。
確かに魔王としての尋常ならざる魔力や知識はあるようだが、私からすれば中身はただの馬鹿な子供にしか見えない。
(……話を戻しますわ。どうして日本にほとんど居たはずの貴方にこれほど魔族たちからの支持率が高いんですの? 私には不思議でならないのですわ)
(あー、それはね。僕がこっちの世界でも精神強奪して、皆とコミュニケーションを取っていたからだよ――)
と、魔王が思念で言った。




