第14話 三魔貴族
「貴方たちは帰らないんですの?」
私のその問い掛けに対し真っ先に答えたのは、私をここまで運んでくれた一匹のガーゴイル。
「はい。我々は帰りませぬ、メイリア様」
礼儀正しい言葉使いではあるものの、その内には確固たる意志が詰まっているように感じられる。
この場に残っているのは三匹の魔族。
一匹はこの私の目の前にいる、細身で紳士的なガーゴイル。
「帰るわけないじゃない。あんたみたいな小娘とアタシの大切な魔王サマを二人きりになんてさせると思ったのかしら?」
続いて返事をしたもう一匹は、やたらと色気が凄いサキュバス。
「……魔王様直属の三魔貴族である俺らが、目覚めた魔王様のお傍から離れるなど、ありえん」
最後に物静かな態度でそう答えたのは、屈強な肉体をしたオーガ族の男。
「さ、三魔貴族……だって!?」
最後のオーガの男が言った言葉に素早く反応したのは、私の小間使いのガイルだ。
「兄貴、さんまきぞくってなんだ?」
「馬鹿野郎フランク! てめぇはそんな事も知らねえのか! 三魔貴族といやぁ、かつての魔王が世界を統べていた時、最高の頭脳と魔力、そして武力を兼ね備えた魔族たちの超エリートだ!」
「あ、兄貴。それってどんくらいやばいんだよ?」
「俺たち人間で例えるならS級の冒険者でも、全く歯が立たないくらいの化け物って事だぞ!? SS〜SSS級のごく限られた冒険者とかでようやく五分で戦えるかどうかって強さだ」
それを横から聞き、私も正直驚かされた。
そのクラスの冒険者となると世界でも指折りしか存在しない、つまりは化け物クラスの強さを誇る魔族だという事だ。
「アタシらはその子孫だけどネ? っていうかアンタらみたいな矮小な人間を生かしておくなんて、魔王サマ、これはどういう事なんですかあ?」
サキュバスの女が魔王に尋ねる。
「……この者らは我が娘、メイリアの下僕だ。メイリアの使い魔のような扱いとして連れている(で、いいんだよね?)」
魔王は魔族たちに説明をしつつ、思念で私にそう尋ねて来たので、私は小さく頷いた。
「ふーん……ま、いっか。こんな小者なんてどうせすぐに魔物にでも食べられて死んじゃうだろーし」
キキキ、と嫌味そうにサキュバスは笑う。
「それより魔王様。私どもの護衛をお許し頂けないでしょうか?」
今度は紳士的なガーゴイルが魔王に尋ねた。
「魔王様はまだ封印から解き放たれて間もない。その状態では最盛期の力を出す事は難しいでしょう。万が一の事も考え、どうか我らの同行をお許し頂けないでしょうか?」
ガーゴイルは丁寧に頭を下げて魔王にそう頼み込む。
「……ガーラングよ、面をあげよ」
魔王のその言葉を受け、ガーゴイルは顔を上げる。
「ガーゴイルのガーラング。貴様のその思い、我は存分に理解している。だが、貴様らの同行は許すわけにはいかぬ」
「な、何故でございますか!?」
「魔王サマぁあ! アタシたちは魔王サマにお会い出来る日をずっと待ち焦がれていたんですよぉ!? 一緒にいたいんですう!」
「俺たちの存在意義はこの命を賭してでも魔王様を守る事。その為に、お傍から離れるわけにはいきませぬ……」
魔王の言葉に三匹の魔族は必死の表情で訴えかける。
「ガーゴイルのガーラング。サキュバスのアイリス。そしてオーガのデイトルトよ。貴様らの我への忠誠は痛いほどにわかっている。だが、それでもやはり、貴様たちの同行を認めるわけには行かぬのだ。何故なら、我と娘のメイリアはこれから各地の人間たちの人里に赴かなければならぬ。その際に貴様たち魔族が出入りしては大混乱を招くであろう?」
「そ、それは……そうでございますが……」
「それに我が先程言った通り、我らは今後裏から世界を征服する。この真なる意味は聖魔戦への下準備でもあるのだ。人間たちの信仰心を我が娘、メイリアに集める事で、聖王への魔力の流れを弱らせるというな」
これはおそらくデタラメではない。
聖王の力の根源は人間たちの信仰心。人間たちが聖王を崇める事で、世界各地から聖王のもとへと微弱な魔力が流れている。これを弱らせるという狙いがこの魔王の狡猾な作戦でもあるのは事実だ。
「で、ではせめて我々は隠密に動くというのはいかがでしょう? 表立って魔王様のお傍には居ませんが、いつでもすぐに駆けつけられるよう、隠れて護衛をするというのは?」
「いや、駄目だ。我らの周囲にいれば自ずと人目に着く機会も増える。貴様たち三魔貴族が人里近辺に姿を現したとなれば、聖王や聖王の側近、近衛兵、冒険者らも黙ってはおらぬだろう」
(ねえサタナイル。この三魔貴族たちって普段はどこにいるんですの?)
私が魔王に思念で尋ねると、
(彼らは魔族や魔物たちだけが住む魔大陸、別名ゾルディニアという土地を住処としているんだ。強大な力を持つ者たちが人間の住む土地で見つかれば、たちまち大きな戦が始まりかねないからね)
と、答えた。
「ですが我々はせっかくお目覚めになられた魔王様のお傍にいられないなど、考えられませぬ! どうかご慈悲を!」
ガーゴイルの彼が深く頭を下げると、それに習ってサキュバスとオーガも同じように頭を下げた。
「ううむ……(どうしようメイリアちゃん?)」
「(そんな事私に聞かれましても……)……困りましたわね」
思念で私に尋ねてきた魔王の相談に、私も困り果てる。
確かに彼らみたいに明らかな魔族が彷徨いていては、お忍びで旅などまず不可能だ。
(……って、ん? ちょっとお待ちになって)
そんな時、私はひとつ気になる事が頭に浮かんだのだった。




