第12話 魔物たちの詰問
「うふふ、ふふふ! やはり魔回路への魔力の流れが更に潤沢としていますわ! とてつもない魔力量を感じますの!」
私がそんな風に歓喜に打ち震えていると――。
「や、やべえ! なんか空から来てるよガイルの兄貴!」
「ありゃあ……つ、翼の生えた……魔物じゃねぇのか!? それも大群だ!」
「ど、どどど、どうすんだよ!? あいつら俺たちの方に向かって降りてこようとしてねえか!? 殺されちまうよお!」
「こんなとこじゃ逃げ場なんかねえ! とりあえず城の中にいるクソガキのところに行くしかねえ! なんか魔王と仲良さそうにしてやがったし、アイツらに頼るしかねぇよ!」
――というガイルとフランクの会話が私の耳に届く。
「……サタナイル。何やら外が騒がしいようですわ」
私が尋ねると、
「ねえ、ところでさ。なんで僕の事、啓介くんって呼んでくれなくなっちゃったの? 僕は啓介って名前結構気に入ってるし、美来ちゃんにはやっぱり啓介くんって呼ばれる方がしっくり来るというか」
この馬鹿な魔王は全く私の話など聞きもせず、くだらない事を言い出したので、
「黙れ腐れ魔王。あんたはサタナイルだろーが。誰がそんな名前で呼ぶかッ! っつーか、美来って呼ぶんじゃねえッ!」
私は、ッペ! と吐き捨てるように言い捨てた。
それにコイツは断じて私の知ってる啓介くんなんかじゃない。啓介くんはどんな時も、明るく、前向きで、人の事を気遣える男の子だった。
こんな、自分勝手な性格じゃなかった。
だからこそ、顔立ちも中身も、本当に彼が私と日本で過ごした啓介くんだったとしても。
決して私の中の思い出の啓介くんなんかではないのだ。
穢れ切った私の中の……微かに残された唯一の光をこんな魔族の王なんかに汚されたくなんかない。
「はあ……。んで、外に魔物がたくさん来てるって私の下僕どもが騒いでいるんですの。一体何事かしら?」
私は呆れたように再び尋ねる。
「ガーくんたちじゃない?」
と、魔王は軽いノリで答える。
「がーくん? なんですのそれは?」
「ガーゴイルくんだよ。僕が目覚めるといつも皆で迎えに来てくれるんだ」
「はあ……そうなんですの」
「多分予定よりも早く僕が目覚めたから、何事かと思って慌ててるんだよ」
私はさっき魔王の封印を解いた時に発生した光の柱の事を思い出した。
アレが魔王復活の合図になるわけだ。
「とりあえず、外に行きますわよ」
●○●○●
魔王の城の玄関扉を開くと、そこにはすでに多種族に渡る大勢の魔族や魔物たちがひしめいていた。
「おはようございます、魔王様!」
「ご機嫌はいかがでしょう、魔王様!」
「一体どうなされたのですか!? 聖魔戦まであと8年もあるというのに!」
私と魔王の姿を見るやいなや、周囲の魔物たちが一斉に質問攻めを始める。
「……ッ! ……ッッ!!」
私はあまりの数の魔物たちに思わず身体をすくみあがらせ、声を詰まらせた。
「魔王様! 先程浜辺の入り江付近に怪しい人間が二匹おりましたので捕らえておきました。こいつらは食っちまっていいんですかね!?」
上空で蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、ガイルとフランクの腕を掴み、ぶら下げている一匹のガーゴイルがそう言った。
「た、たたた、助けてくれえーーッ! 俺たちは何もしてねぇーーー!」
「あばばばばばばばばばばはばばば……」
ガイルはすっかり怯えて泣き叫び、フランクは白目を剥いて失神している。よほど恐ろしいのだろう。
「魔王サマ魔王サマ! その魔王サマの前にいる小娘はなんでございますか!? まさかとは思いますが、そんなちんちくりんが此度の魔王サマのお妃サマ、なんて事は……ない、ですよね!? もしそうだったならアタシ、ゼツボーしちゃいますよぉ!?」
今度は一見可愛らしい女の子の顔立ちに小さな二本の触角を頭に乗せ、ボンと出た胸とキュッとしまったお尻をプリプリと動かし、魅惑のボディーを色気充分に見せつけている、いわゆるサキュバスと呼ばれる雌型の淫魔がそう尋ねてきた。
「ち、ちんちくりん……ですってぇ!?」
私は侮辱された事に腹を立てると、それまで終始無言で私の背後にいた魔王がようやく私の前へと現れた。
こんなヒヨったクソ魔王が果たしてこれだけの魔物たちや魔族たちを本当に従えらせられるのかと心配になっていた、が。
「静まれ」
と、魔王はそれまで啓介くんだったノリの口調ではなく、トーンの低い響く声色で一言だけ、そう発した。
その瞬間、全ての魔物たちがピタっと口を閉ざした。
「……え?」
物凄い喧騒だった周囲が、まるでコンサートホールで本番が始まったかのように静まり返った事に私は驚く。
「皆の者、まずは我が出迎え、ご苦労。久方ぶりに皆に会えて我も嬉しいぞ」
「「わぁあああああーーッ! 魔王様ーーーーッ!!!」
魔王の言葉に対し、周囲の魔物たちが歓喜の声をあげた。それを魔王が再び手のひらで『静まれ』と言わんばかりのジェスチャーをしただけで今度はピタッと静けさを取り戻す。
「我が此度、早くに目覚めたのは特別な事態が起きた為だ。我の背後にいるこの娘……アルノー家の令嬢だった彼女、メイリアを我が娘として引き取るが為である」
魔王の言葉に魔物たちのどよめきが広がる。
「ア、アルノー家の娘……!?」
「我々の始祖の家系の……!!」
「でもどういう事だ? アルノー家の娘は必ず代々魔王様のお妃様になられるはずでは……?」
私は魔王の顔を見上げた。
そこには先程まで見せていた、あの啓介くんの面影は全く無くなっていた。顔立ちこそは啓介くんのままだったが、そのいでたちには魔王たる威厳を充分に放っていた。
「……我は考えを改めたのだ。聞いて驚くな、皆の者」
魔王は一体何を考えているのだろうか。私にはこれから魔王が何を言うのかさっぱり見当がつかない。
「我はこれから……旅に出る」
「「旅!?!?」」
「そうだ。我はとある事情によってこの娘を我が娘、魔王の令嬢として預かり育てる決意をした。彼女を一人前の淑女に成長させる為に、我は彼女と世界を見て周る事にしたのだ」
「し、失礼ながら魔王様! そうされると聖魔戦は一体どうなさるおつもりでございますか!?」
上空のガーゴイルが魔王にそう尋ねる。
「無論、出る。だが、それ以前に彼女、メイリアを立派に育てなければ今後の我が魔王の一族、ひいては魔族全ての存命に関わっている大事な使命なのだ」
「我々魔族全ての……!?」
「うむ。良いか? 彼女メイリアを大切に立派に育てあげられなければ、アルノー家は潰える。つまり、我の世継ぎが生まれず、我が一族は滅ぶ。ともすれば聖王の一族も滅ぶ。我ら魔王と聖王がいなくなった世界は、破滅の一路を辿り、やがては全てが無へと還るのだ」
「つまり、その我々の為にメイリア様を育てるに旅に出る、と?」
「その通りだ。彼女には立派に成長してもらい、生涯において沢山の子を宿してもらわねば困る。そしてその為の相手となるであろう人間の特級貴族たちとも懇意な仲にならなければならぬ。我は彼女の為に世界を教え、そして学ばせ、強くなってもらう為の父として、8年間生きるのだ」
この魔王の言葉にある意味嘘はないし、私も聞きながら上手いことを言ったと正直思った。
だが、まだそれだけでは納得していない魔族たちもチラホラと見受ける。
「で、ですが魔王様! そんな事をしていたら聖魔戦までの魔王様の世継ぎや魔王様の修行は一体どうなされるおつもりなんですか!? もしまた聖魔戦に負けてしまえば、我らはまた……ッッ」
上空のガーゴイルが再びそう質問してきた。
果たして魔王はなんと答えるのだろうか、と私は固唾を呑んで見守る。
「くくく、ガーゴイルよ、安心するが良い。我は聖魔戦の前に、世界を征服するッ!!」
魔王は漆黒のマントを翻して、そう叫んだ。




