第10話 サタナイルの精神強奪
魔王サタナイルこと、佐藤 啓介は、転生した私メイリアこと橘花 美来が住んでいたマンションの同階に住む、活発で明るい元気な男の子だった。
私が初めて異世界に転生して出来た、初めてのお友達が啓介くんだった。
彼はまだ異世界に慣れない私ととても仲良くしてくれた。いつの間にか、優しくて面白い彼といつも一緒に遊ぶようになっていた。そして気づけば転生前での世界の事など、次第に忘れ去られていた。
そんな風にして小学校、中学校と進学していく中、いつからか私は彼の事を単なる幼馴染としてではなく、ひとりの男の子として意識し始めていた。
でも今の関係を壊したくなかった私は、結局その事を打ち明ける事はしなかった。
同じ高校に入学してからも二人で一緒に登校した。
とある日、啓介くんが今日は少し早く学校へ行こうと誘ってくれたので私は言われた通りに家を早くに出て、彼といつもの待ち合わせ場所で落ち会う。
けれどその日、何故か私たちは妙に会話が続かず、気まずい奇妙な沈黙が続いたまま、いよいよ高校の正門が近づいてきた時。
彼は「今日は授業をさぼって屋上へ行こう」と誘ってきた。私は素直に頷いた。
そして――。
というのが、私の二度目の人生だ。
信じ難い事実として、その佐藤 啓介という男の子の中身が魔王サタナイルだったのだ。
だが彼は異世界転生者ではない。転生などしていないと言う。
彼ら魔王の一族は、この封印の地に封じられて以降、神々に与えられた修練手段のひとつを授与された。
その修練手段とは、自身の精神体を他者の肉体へと完全に乗り移らせるという方法。
『暗黒』属性のひとつに『精神転移』という名の魔法がある。
これは自身の精神、魂を自分以外の存在の中へと入れ込む事が出来る高難度の魔法で、扱える者は魔法適正値の高い者、つまり特権階級の貴族しかいない。
だがそんな貴族たちですら、自身の精神を長時間乗り移らせるのは至難の業だ。
神々は封印されし王たちに僅かばかりの自由の恩赦として、その『精神転移』の魔法を更に強化させた『精神強奪』という昇華魔法を授けた。
この魔法は術者の設定した時間帯まで、対象となったその人そのものとして過ごす事が可能であり、更にその対象が得た経験などを自分のものにする事も可能だった。
それを使う事で、別の人物に自身の精神体を乗り移らせ、そこで様々な修行や訓練、魔学の勉強を行なっていた。
通常はそれをこのオルクラ大陸にいる誰かに向けて行なう。
しかしこの魔王サタナイルに限っては奇妙な事をした。
それはこの世界ではないところにまで、精神体を飛ばしたのである。
常識的に考えればそんな事はありえないのだが、この魔王はありえない事をやってのけてしまった。
そしてまだ物心がつく前の佐藤 啓介に乗り移り、そこで佐藤 啓介として何年も過ごし続けたのである。
――それにしてもこの魔王、日本という国で過ごしたせいなのか、すっかり魔王としての威厳など無くしてしまったのか、とんでもなくやる気のないニートみたいな発言ばかりを繰り返すものだから、ついつい私は我慢出来ずに怒鳴り上げてしまったのだ。
「え? だ、だまれ?」
きょとん顔でサタナイルが目を丸くする。
「……あんた、魔王なんでしょ? それが何? その体たらくは!? 情けなくねえのかよ!?」
魔王サタナイルのあまりに情けない発言に、私は思わず感情をぶちまけてしまった。
「ちょ……え? 美来、ちゃん……?」
「さっきから黙って聞いてりゃ性根の腐った事ばかり言いやがって。あたしはよぉ、そういうウジウジしたやつぁでぇきれぇなんだよッッ!! わかるか!? ぁあ!?」
「え? あ、あたし!? さっきまで一人称わたくし、だったよね!?」
「うるせー馬鹿! んなこたぁどうでもいいんじゃこのクソボケ!」
「クソボ……え!? ええッ!?」
「おめぇそれでも魔王なんだろ!? だったらちったぁ気合入れて世界を恐怖のどん底に突き落としたやんぜ、くらいの気概は見せらんねぇんかよ!?」
「きょ、きょうふのずんどこって……」
「どん底だ! この馬鹿!」
「み、美来ちゃん……なんかヤンキーみたいで怖いよ……」
「だぁあああああああああああああッ! 口を尖らせてジト目なんかであたしを見んじゃねぇええええッ! 気持ちわりぃいい!」
「ど、どうしたの急に……? 美来ちゃんはそんな荒っぽい感じの女の子じゃなかったのに……」
「うるせー馬鹿! あたしだって元からこんな感じじゃなかったっつーの! あんまりグルグル転生とループばっかしすぎておかしくなってんだよ! 察しろよ!」
怒鳴り上げながらふー、ふー、と私は肩で息をした。
でも実際、言う通りに自分がおかしくなっている自覚は私自身にもある。前回の日本で身も心もアングラな世界に堕として、性格すらも捻じ曲げたのは明白だ。
……前回のオルクラ大陸でヴァネッサに殺された記憶があまりにも強すぎるせいなのが一番の原因かもしれないが。
とにもかくにも私はこの魔王サタナイルに私の事情も全て話した。
私が何度も異世界とこっちの世界を行き来しながらループさせられてしまうルールの事。そして私がこの世界で初めて無理やり魔王の封印を解いた事も。
とりあえずわかった事の中で最も大切なところは、私が過ごした何回もの異世界体験のうち、何回かはこの魔王サタナイルの記憶と経験にも残っている、という事。
これはどういう事かと言うと、『この魔王サタナイルは16年目をリミットに精神強奪を解除していた』事が原因だ。
この魔王は今現在108歳。あと8年で聖魔戦を迎える歳になる。
それまでの間、彼はアルノー家からいつか訪れるであろう花嫁を待ちながら、16年目をリミット(それが彼の魔力の限界らしい)にして佐藤 啓介の人生を乗っ取っていた。
これはつまりどういう事かというと、
① 15年間、魔王サタナイルが佐藤 啓介として過ごしたあと、魔法の効果が切れて精神体が魔王サタナイルに戻る。
② 魔王サタナイルは修行(だか、なんだか実際怪しいが)の為に、再び精神強奪の魔法で異世界の佐藤 啓介の人生を最初から始める。
③ 魔法が切れてまた魔王サタナイル本体に精神体が戻る。
④ この繰り返しで消費している年月は、リアルタイムで進行しているので、つまり15年+15年+15年+……と言った感じでオルクラでの魔王の時間は進んでいる。
⑤ 魔王サタナイルは今この歳になるまで、可能な限り佐藤 啓介の人生を往復した。精神強奪の魔法を扱えるようになったのは魔王サタナイルが魔王を襲名してから。
⑥ 16歳+15年+15年+15年+15年+15年+15年+最後の精神強奪の途中←今ココ
と言った具合なので、この魔王サタナイルは私のループのうち、日本での6回分の記憶は私と情報が共有している。
それ以降のループで私は日本でこの身を堕落させたので、この魔王サタナイルこと佐藤 啓介には、堕落して家族殺しをした私……橘花 美来を知らないのである。
ループしている私とリアルタイムは進行している魔王が、何故かリンクしている、というのもなんだか奇妙なパラドックスが起きそうな気がするのだが、実際こうなのだから仕方がない。
しかし結局のところ、魔王が私と一緒に日本で過ごした記憶がある事以外、私の身に起きている問題は何ひとつ解決はしていない。
このポンコツ魔王にそれを聞いても、
「さあ? 僕にそんな事わかるわけないじゃん(笑)」
とか言いやがったので、結局のところ私の目的は、特に変わらないのである。




