第9話 うるせえ黙れ
魔王サタナイルとは、いわゆるひとつの肩書きであり、固有名詞ではない。
代々『魔王』を受け継ぐ者は、継承の儀を終えたのちサタナイルと名乗るようになる。
サタナイルとアルノー家の次女との間に生まれた子が16歳になると、その継承が行われる。そしてそれからおよそ100年ほど『魔学』の修行をする。更にはその間に世継ぎを授かる必要があった。
魔族は不老不死ではないが、それでも寿命は人間よりも倍ほど長く、個体はおよそ短くとも200年ほどは生きる。
そして116歳になると、魔王は一度だけ封印の外へ出る事が許される。
116年に一度執り行われるそれは『聖魔戦』と呼ばれる戦いで、世を統べる者を再度選び直す為の、神々が与えた栄誉ある勝負が開かれる。そこで勝利した者がこの世の覇者として王族となり、オルクラ大陸を、ひいてはこの世界全土を統べる者となるのだ。
当然ここで『魔王』の一族が勝てば、世は『魔王暦』となり、魔王サタナイルが全てのルール、秩序、法を定める事となる。
が、ここ5回の聖魔戦は全て『聖王』の一族が勝利を収めている。だからこそ現在の年号が『聖王暦572年』なのである。
(私が死ぬのは必ず16歳のバースデイ。聖王暦にして580年目……。つまり、6回目の聖魔戦の年……)
魔王サタナイルから聞かされた事実に私は頭をフル回転させた。
(死のさだめは16年目。聖魔戦の年。それと私の転生、ループには何か因果関係が……?)
あまりにも一致する大きな出来事に、私はこれがただの偶然とは思えなかった。
(それになんだか妙ですわ。何故その事を私はこれまで誰からも知らされていなかったのかしら。少なくとも成人の儀を執り行うまでに私には教えるべき内容だと思うけれど……)
生まてくる疑問は次々頭の中を埋め尽くす。
(いえ、それよりも厄介なのはウィルスレイン公爵ですわ)
同じく『聖王』にも肩書きとしての名が存在する。
その名をアルクシエルと言った。
聖王であるアルクシエルはフォルクハイムという名の公爵家の者であり、彼の配下で最も最強の騎士として名高いのが、オルクラ大陸東部を領地とし、わずか16歳という若さにして公爵の爵位と聖戦士という肩書きを受け継いだウィルスレイン卿である。
彼が聖王の側近で最強の騎士ともなると、私の大きな障害となりそうだ。
「では貴方は……あと8年後にヴァネッサとの間に子を授かる予定でしたのね?」
私の問い掛けに、魔王サタナイルはこくんと頷く。
「そう。僕はあと8年で116歳になる。『魔王』を襲名してからちょうど100年。本来ならもっと早くにアルノー家の娘を貰う予定だったんだけど、どうやらアルノー家の先代に色々不都合があったみたいでね。ギリギリまで待たされる事になったんだ」
なるほど、その話は昔に聞いた事がある。
父、ヴィアマンテがよく酒に溺れて愚痴るように言っていた内容で、「能無し種無しの駄目親父」という言葉を耳にした。
なんでも私の祖父、先代は子を授かりはしたものの、男子にしか恵まれず魔王の妻に差し出す為の女子を授かれなかったそうだ。
なんとか聖魔戦までの猶予ギリギリになってようやく私とヴァネッサを授かれたらしい。
「……もし、私とヴァネッサが生まれていなかったらどうするつもりだったの?」
「そうしたら聖魔戦をリタイヤするだけだよ。僕なんかが戦って勝てればいいけど、おそらく僕じゃ聖王には到底勝てないから殺されちゃう。そうなっちゃったら聖王も消えちゃうからね。跡継ぎが作れなかった場合は強制的に世継ぎのいる方が王になる。そういう取り決めさ」
それにしてもなんとも不公平な話だ。
聖王たちは豪勢な暮らしをし、何もかもに恵まれ、更には世継ぎの為の相手も選びたい放題。
対して魔王は我がアルノー家以外とは交わる事を禁じられ、おまけにこんな窮屈な場所に幽閉されている。
「ま、僕もある程度努力しているとはいえ、幽閉されてる環境じゃいくら『魔学』に精通していても、外で伸び伸び強くなれる聖王には勝てっこない。だから現に500年も前からこの世界は聖王のものみたいなもんだ」
サタナイルは半分諦めたような口ぶりでそう言った。
「だからまぁ、世継ぎが間に合わないなら間に合わないで僕としては聖魔戦をリタイヤして、のんびりここで暮らすのも良かったんだ。もちろん死ぬまでには世継ぎの事も考えなくちゃいけないかもしれないけどね」
彼はハハっと軽く笑った。
私はそんな彼の態度に苛つきを覚える。
「……そんな諦めたような態度、啓介くんらしくありませんわよ。それでも魔王なんですの? 情けなくはないんですの?」
「僕らしくないって言われてもなぁ。っていうか、それを言うなら美来ちゃんの方がらしくないって。なんなの? その変な言葉使い。お嬢様みたいじゃん」
「なっ……!? あ、当たり前ですわ! 私は元々由緒正しいアルノー家の令嬢! この態度こそが本来の私でしてよ!」
「えー。なんかヤだ」
「なんかヤなのはこっちですわ! なんでそんなヒヨった感じになってしまったんですの!?」
「そりゃあヒヨりもするよ。聖魔戦なんて、どうせ勝てっこないもん。僕はこう見えて、争いごとは大嫌いなんだ。出来ればずっとここで引き篭もって好きな事だけやっていたいんだよ。あ、でも女の子の事は好きだよ。だからヴァネッサちゃんが来るのは凄い楽しみにしてたんだけどなあ……」
なんだこの魔王、クソじゃね?
と、本音が漏れそうになったが、なんとか言葉を抑えて私は歪めた表情でその胸の内を表しておく。
……だけにしようと思ったのだが。
「それにさあ、もうこの世界のルールとか、だるくない? 文明レベルも低いし。やっぱり日本の文化の方が楽しいと思うんだよね。同じ趣味の女の子とも知り合えるし。それにこっちみたいに頑張らなくても生活は安泰だし、いざとなれば生活保護でも暮らせるし、働かなくていいとか最高じゃん」
「……」
「でもまあヴァネッサちゃんを見てみたかったのは本当だよ。どんな可愛らしい子が来るのか楽しみにしてたんだ。……とかなんとか言ってるけどさ、それでも僕は結局ヴァネッサちゃんとの間には子を授かれないと思うんだよね。だって僕は――」
「うるせえ黙れ」
魔王の止まらないクソみたいな言葉に、ついに私のイライラは限界に達した。




