7.スタンプカード
「ご馳走様、お勘定な」
頭に角を生やしたダンジョンマスターの少女がいつもの通りラーメンを食べ終えレジでお金を支払うと、店主が名刺サイズの紙に判を押して少女に渡した。
「なんだ……これ……?」
「ラーメン屋はリピーターが命だ。だからよ、始めたんだ。スタンプカードをな」
「いや、正直あんまりリピーターが来られても私的には困るのだが」
ラーメン屋は彼女の領地とも言えるダンジョン「ロストフォレスト洞窟」の最深部で営業している。
人が大量に来られても少女にとっては迷惑と言うわけであった。
「5個スタンプが溜まるとチャーシュー以外のトッピング一個無料だ。どうぞこれからもご贔屓にな」
ご贔屓にと言われてもアレなのだが、まあ5回に1回トッピングの煮卵が無料になるならそれで良しとするかと思い、少女は店を後にした。
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王都には巨大な冒険者ギルドとそこに併設された酒場が存在している。
冒険者ギルドの酒場は仕事の斡旋所であると同時に冒険者達の意見交換所と言った側面もあるのだが、そこに集まる有望な若手冒険者達が俄かに色めき立っていた。
「それは……らぁめんフレデリックのスタンプカード!?」
「ふふふ……ずいぶん苦労したがな……。ついに俺も一流冒険者としてのアチーブを手に入れたってわけよ……」
「くそ……先を越されたか……」
黒いローブを羽織った若き魔道士の手には、スタンプカードが燦然と輝いていた。
こだわり麺房「らぁめんフレデリック」はS級ダンジョン「ロストフォレスト洞窟」の最深部にある。
つまり、スタンプカードを所持していると言うことはS級ダンジョンを踏破したことの証明となるのであった。
「レグルス達のパーティがフレデリックさんのスタンプカードを手に入れたらしいぞ!」
「マジかよ、すげぇ……」
「あいつらAに上がったばかりだろ!? どうやってS級ダンジョンを踏破したんだよ!」
S級ダンジョン踏破は若手冒険者達の憧れなのだが、その中でも「らぁめんフレデリックのスタンプカード」と言う分かりやすいアチーブがあるロストフォレスト洞窟は現在人気のダンジョンとなっている。
スタンプカードは若き冒険者達にとってある種のステータスであり、その所持者にはランクを度外視して尊敬のまなざしが向けられていた。
「こうしちゃいられねえ……! 俺も修行を積んで、早くスタンプカードを手に入れないと……!」
「お、俺だって負けてられるかよ!」
「ところでフレデリックさん、何で突然アチーブになるようなことを始めたんだろうな」
「恐らくだが俺達は伝説の冒険者であるフレデリックさんに試されているんだ。『ここまで辿り着いて俺のような冒険者になれ』と。きっとそうに違いない」
「伝説の冒険者の挑戦状ってわけか……受けて立ってやるぜ!」
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「リピーター、あんまりつかねぇな……」
店主がお手製のスタンプカードを作りながら独り言のように呟く。
「困ったことに上の方には結構来ているぞ。最近はダンジョンを強化したからお前みたいな化け物でなければここまで降りてこられないが」
店主のつぶやきに対していつもの席でラーメンを食べていたダンジョンマスターが答える。
「あ、そうなの? 気付かなかったわ」
「最新の罠とかすっごい魔物とか入れて滅茶苦茶強くしたんだぞ。あわよくばお前も排除しようと思って試しに魔物をぶつけてみたらあっさり返り討ちに遭ったから、以降は手出しさせてないだけで」
「ほーん。え? なんで強化したん?」
「ここは私の家だぞ、侵入者が増えてきたら警備を強化するのは当たり前だろうが。大体ダンジョン強化の費用をお前に請求したいくらいなのだが? 人が増えたのはここのスタンプカードが原因なんだからな」
後日談であるが、ダンジョンマスターの少女がダンジョンを強化したことによってロストフォレスト洞窟はS級ダンジョンからSS級ダンジョンへと格上げされた。
らぁめんフレデリックのスタンプカードは始めこそリピーターの獲得に繋がっていたのだが、結局はダンジョンが強化されたことにより一層客足が遠のく結果となった。