4.行列のできるラーメン屋さん
「俺、気付いたんだ。この店には行列が足りねえ」
「はぁ? 唐突に線型代数学を始めるとは、とうとう頭がイカれたかお前は」
「そうじゃねぇよ、何だよ線型代数学って。人気ラーメン店には行列がつきものだろ? それがねぇんだ俺の店には」
ラーメンを啜る常連の男に、店主はそう言った。
「まあ実際客が少ないのは認めるが……最初の頃は『客入りなんて関係ねえ。美味いラーメンが作れればそれでいい』って言ってたのに、随分俗な事を言い出したなお前も」
「俺、求道者であると同時に経営者なのよね。で、気付いちまったわけよ、損益分岐点のカラクリにさ。この店が軌道に乗って続いていくためには、行列が必要なのさ」
難しいことを言おうとしているが、つまるところ赤字経営なわけである。
それはそうだ。
いくら美味しければどんな僻地でも客が来ると言うラーメン屋という商売と言えども、肝心の到達することができる実力を持った客がいないのであれば誰も来るはずはない。
「行列って言うがな、そもそも昼食時にも関わらず俺しか店にいないのに、どうやって行列を作るって言うんだよ」
ラーメン屋にとっては書き入れ時であるはずなのだが、客はカウンターに座っている常連の旧友1人だけなのだ。
店内にはカウンターの他にテーブル席が4つほどあるのだが、今まで一度たりとも全て埋まったことはない。
「そうだな……ええと……例えば席を……席を1席にするってのはどうだ……?」
「それこそ誰も来なくなるわ」
たとえ1席にしたところで行列は出来そうにないな……などと思いつつも、常連の男は反論した。
「つーかさ、行列なんて行き交う人に対しての宣伝みたいなもんだろ? そもそもここ、誰も通らねえじゃねえか。行列作ったって意味ないんだよ」
「はぁーーー……そう言うワケか……。なんでこんなところに店を構えちゃったんだろうなぁ俺」
「素材と水がここしかねえって言ったのはお前だろうが。そこはブレるな」
確かに客入りはなくどう見ても赤字経営のラーメン屋さんではある。
しかし、ラーメンは間違いなくうまいし、その味はここでしか出せないのだ。
その点は店主の旧友である常連の男も認めている。
「ほんと、どうすっかなぁ……。そうだ、ダンジョンの構造を変えて、入り口からここまで直通にしちまうか」
「ああ、そりゃあいい案かも知れねえな。ついでにダンジョンの外も歩きやすいよう整備してな」
店主と常連の男が「これは名案だ」と言った風な態度を取り、具体的にどうすればいいかを話し始めようとしたその時である。
可愛らしい声がその話し合いを遮った。
「なーーーにが、いい案だ! ダンジョンの構造を勝手に変えるなこの馬鹿者共が!」
店の入口には二本の角を頭に生やし煌びやかなローブを纏った女の子が、目を吊り上げながら立っている。
「だれ? この子」
「ああ、大家さん」
「つーとなにか、あんたがここのダンジョンマスターってわけか」
常連の男は合点が言ったと言う風に頷く。
「お前、冒険者だな! うちの財宝を勝手に盗っていくなこの盗人め!」
「俺はここのラーメンを食べに来てるだけだよ」
ダンジョンマスターにとって冒険者とは物盗りであり強盗である。
質の悪い冒険者の中にはダンジョンマスターを排除していこうとする奴等までいる有様だ。
しかし、一概に冒険者が悪いとは言えない。
この世界のダンジョンにある財宝の殆どは実のところダンジョンマスターが魔物を使い人間達から掠め取ってきたもので、元の持ち主に戻るわけではないがそれを冒険者達が命をかけて取り戻しに来ていると言う構図なのである。
つまり、この世界は経済はしっかり循環していると言うわけだ。
循環しているのかな??
「まあいい。とにかくダンジョンの構造を勝手に変えることは絶対に許さんからな! お前も私の集めたもの、盗っていくなよ! ラーメンひとつ! 煮卵つきで!」
「はいよ、いつものね」
そう言うとダンジョンマスターの少女は指定席である奥のテーブル席にドカッと座り、ふんぞり返りながらラーメンが出来上がるのを待ち始める。
何だかんだ言いつつも常連客が俺以外にも出来つつあるんだな、と友の店の行く末に安堵しながら、常連の男は替え玉を店主に頼んだ。