2.その少女はダンジョンマスター
その少女は頭にねじれた角が二本生えている。
煌びやかなローブに身を包み、いかにも身分が高いと言った装いであった。
そんな装いの少女前に、熱々のラーメンが入ったどんぶりが一つ置かれている。
「お前さあ、こんなところで店なんか開いちゃってどうしてくれるのよ。ほんと、いい迷惑なんですけど!」
「場所代も素材の代金もちゃんと支払ってるんだから、いいだろ?」
「先月分がまだ支払われていないんだが!?」
「おっと、スープが俺を呼んでいるからちょっと待っててくれ」
少女はこのダンジョン「ロストフォレスト洞窟」の主、即ちダンジョンマスターである。
ダンジョンは彼女にとって領地であり、大切な我が家だ。
そんな彼女の領域に人間がラーメン屋さんを勝手に作ってしまい、甚だご立腹である。
「ほんと、何なんだよお前。魔物をけしかけても全部返り討ちにしてしまうしさ! 一体何者なんだよ!」
「そりゃあお前さん、こんな場所に店を出そうって言うんだから事前に魔物の強さとかリサーチして倒せる倒せないの勘定するのは当たり前だろ? 真面目に経営者やってんのよ俺はね」
「何が経営者だよ全く」
少女は怒りを露わにしながら、ラーメンに手を付け始める。
最初の頃は彼女もこの異物を排除しようと躍起になって戦った。
しかしどんな手を使っても店はびくともせず、店主には返り討ちに遭い追い払われるだけだった。
結局ロストフォレスト洞窟内でのラーメン屋の経営を許す代わりに、家賃と素材代を徴収すると言うことで落ち着いたわけである。
ちなみに彼女はこの店の煮卵が好きなのだが、一番好きなものは一番最初に食べるタイプだ。
「と言うか、お前のせいで我がダンジョンに人がよく来るようになってしまったのだぞ。折角安寧の日々が続いていたと言うのに、どうしてくれるのだ」
「そうなのか? いや、その割にゃあ俺の店には客が少ないな」
「大体が一番上の層で追い返されているからだ! なんでわざわざこんな最深部で営業を始めたんだよ! ダンジョンマスターたる私の部屋のすぐ近くじゃないか!」
この場所はダンジョンの最深部の一角であり、ダンジョンマスターたる彼女の部屋のすぐ傍である。
そんな場所にラーメン屋が出来てしまった事によって、人の来る頻度が以前よりも上がってしまったわけだ。
時折ラーメン屋で気力を回復した冒険者が彼女の部屋まで来てちょっかいを出すのだからたまらない。
「何度も言ってるだろ? このラーメンはここでよく取れる深洞茸の出汁が命なんだ。深洞茸は摘んだら急いで処理しないとすぐダメになってしまうし、日光に当たると変質しちまう。だから、この場所じゃないとダメだったんだよ」
ラーメン屋の店主は鍋の火を見ながら更に続ける。
「それに、この辺りはチャーシューの素材になるドラゴンボアがよく出てくるからな。調達してくるのに丁度いいんだ」
「一番腹が立つのはそれだよー! 私が頑張って創り出した魔物をお手軽に食材にしやがって! どれだけ手間がかかると思ってるんだよドラゴンボアを創造するのにー!」
ドラゴンボアとはドラゴンとイノシシを掛け合わせたような巨体の魔物であり、一般的に言うと上級に位置する存在だ。
その実力はソロで挑んだAランク冒険者を一瞬で返り討ちにし、Aランク数人でパーティを組んでいたとしても殺るか殺られるかの死闘を演じる事になる程の強さである。
……そんなドラゴンボアをこの店主は一人で易々と倒してしまうと言う事実も、彼女にとっては大変腹立たしい。
「どうせ無限に湧いて出るんだからいいじゃねえか。それに、素材の代金はちゃんと支払ってるだろ?」
「先月分がまだ支払われていないんだが!?」
「おっと、寝かせてる麺が俺を呼んでいるからちょっと待ってくれ」
ラーメン屋の店主は店の奥の方へと引っ込みながら、彼女がラーメンを食べ終わるまでやり過ごした。