1.ダンジョン内のラーメン屋さん
ダンジョンと呼ばれる未知の領域がある。
ダンジョンの中は魔物の巣窟であり、冒険者と呼ばれる戦闘と探索に熟知した集団でなければ攻略することもままならない。
しかしそこには世にも珍しい財宝が眠っており、一攫千金を求めて命懸けでダンジョンに挑む者も中にはいるわけだ。
そんな実に恐ろしきダンジョンにあって、人の通わぬ迷いの森の奥にひっそりと口を開いた「ロストフォレスト洞窟」と呼ばれるダンジョンは、他と比較しても段違いに難度が高く熟練の冒険者でなければ手も足も出ないと言ったことで有名である。
……しかしロストフォレスト洞窟の最奥には、どう言うわけかこんな滅多に人の来ない場所にも関わらず店を構えているラーメン屋さんがあった。
「ここに店を構えた理由? それは素材と水だな。このダンジョンの奥でしか取れず、しかも鮮度が命の素材を使っている。そしてここには麺を作るのに理想的な水があった。だから、ここに店を構えるのが最適解だったわけだ」
バンダナを頭に巻いた店主の男が、食材を仕込みながら客の一人に向かってそう言う。
「俺はラーメンを使って儲けたいんじゃない、美味いラーメンを作りたいんだ。だから、ここじゃないといけなかった」
店主のその言葉に「確かにこのラーメンは美味しい」と客は思った。
ラーメンとは不思議な食べ物である。
美味いラーメンがある限りどんな僻地に店があろうとも、そこに人は集まってくる。
ラーメンとはそう言うものなのだ。
「しかし店主さん、こんなところに来る人間は限られているんじゃないですか? 俺みたいなって言ったら自惚れですけど、腕に覚えのある冒険者しか来られないですよこんなところ」
客の一人がラーメンを啜りながら店主に聞く。
この客自体もフルプレートに身を包んだ重戦士であり、カウンターのテーブルには彼のパーティメンバーが三人並んで同じようにラーメンを食べていた。
四人とも王都では一目置かれるような歴戦の冒険者であり、最高ランクたるSランクの一歩手前、Aランクの称号を戴いている。
しかしその彼等をしてロストフォレスト洞窟の攻略は余りにも骨が折れるものであり、命懸けであった。
ダンジョン最奥にラーメン屋の灯りを見つけた時は警戒心と共に「疲労と傷のせいでついに幻覚まで見えるようになったのか」と震えたものである。
「うちは一日50食限定にしている。スープや具材の仕込みを考えるとそれで手一杯だ、手間のかかる自家製麺だしな。幸いなことにここは家賃もほとんど掛からないんでランニングコストが安くてね、50食も売れば充分元が取れるんだ。逆に言えばそれ以上来られても手が回らねえってもんで、客が来られないくらいが丁度いいのさ」
店主がチャーシューの仕込みをしながら、客達に答える。
確かに、ラーメン屋の中には戦略的にそのようなスタイルにしている店も結構存在しているものだ。
予定の営業終了時間になっていなくても「スープが切れたので本日は店仕舞い」なんて店もザラである。
僻地にあるようなラーメン屋程、その傾向が顕著だ。
……それは置いておくとして、だ。
「いや、それはいいんですけど、こんなダンジョンの奥で営業していて一日に何食出るんです? 50人もお客さんがいらっしゃるんですか?」
「そりゃあ……まあ……」
店主が言い淀む。
この薄暗いダンジョンの奥底で昼も夜もあったものではないが、夕食時を過ぎても本日のお客さんは今カウンターに並んでいる冒険者パーティ一団の4人だけだ。
昨日に至ってはお客様数0人達成である。
「あ、おかわりできるから、気に入ったらどんどん食ってけ」
「確かに美味しいですけど、一杯頂ければ充分ですよ……もうお腹いっぱいです……」
こんなところで営業していて本当に大丈夫なのだろうか。
冒険者達は心の底からそんな事を思いながら、お会計をしてラーメン屋を後にした。