毎度お馴染みの悪役令嬢に転生したのですが…
むかしむかしあるところにヴァイオレットという女の子が住んでいました。
ヴァイオレットは公爵家の長女で、ちょっとつり目気味の美人で横暴で我儘な女の子。
そんな彼女には秘密がありました。
実は彼女は転生者だったのです!
……そんなこと言われても、もう誰も驚きはしないよね。
前世で何百回と目にした転生もの。
思い出しちゃった。色々と。
前世は家族仲も良好で親友と呼べる子もいて、それなりに幸せに暮らしていたと思う。
でも高校の卒業式に向かう途中で事故に遭い、気づいたらここにいた。
卒業式が終わったら舞ちゃんと新しくできたカフェにケーキを食べに行く約束してたのに。
心残りがケーキって……。
過ぎたことを考えてもしょうがないので、未来に向けた策を練ろう。
例に漏れず、ここも乙女ゲームの世界。
そして私が転生した公爵令嬢も、例に漏れず悪役令嬢。
思い出したのが早くて良かった。
記憶が確かなら、後々醜聞として語り継がれる「我儘令嬢によるメイド一斉解雇」がまだ起きていない。
この国では5歳の時に教会で魔力量や属性を調べる。
生活魔法は殆どの国民が使えるのだが、攻撃魔法などが使えるレベルは数十万人に一人と言われている。
貴族の令息令嬢が15歳で入学する王立学園でも魔法の授業はあるのだが、ヴァイオレットは魔力量がとても多く、早めに魔力のコントロールを覚えるために先生が付けられた。でも、ヴァイオレット曰く「教え方が悪い」とのことで変えられ、先日3人目の先生を迎えていた。
その先生というのが金髪碧眼の美貌の持ち主で、ゲームのヴァイオレットは先生に一目惚れをし、先生と話しているメイドを見つけては父親に有る事無い事告げて解雇するのだ。
通常はメイドが解雇されたからといって騒がれることはないが、短期間にほぼ屋敷中のメイドが総入れ替えになるほど解雇されたため噂になってしまうのである。
今その先生が真剣な目で私を見つめているのだけど、確かにうっとりするほどの美形なのよね。
ちなみにこれほどの美形なのにも関わらず攻略対象ではない。
それにしても、こんな真剣な目で見られたら誰でも恋しちゃうわよね。
でも何だか真剣というより心配しているような?
「ヴァイオレット!大丈夫ですか?」
……そうだった!
魔力コントロールが上達していないにも関わらず出力を上げたら、魔法で木の枝が折れて私の頭に直撃して気を失ったんだった。
「はい、大丈夫です!」
慌てて返事をすると先生はホッとした顔をした。
「先生ごめんなさい!ふざけてしまいました。もうしません。真面目に練習します」
そういうと先生の目は大きく開かれた。
まあ、びっくりするでしょうね。
こんな殊勝なこと言ったことないもんね。
でも今の私は破滅エンドを回避するために必死なのです。
そして、私を危ない目に合わせた責任を取って辞めると言い出しそうな先生を引き留め、真面目に訓練を受けた。
その後、メイドを解雇することもなく、先生を追いかけ回して不快な思いをさせることもなく無事に成長した私は、今日学園に入学する。
とうとうゲームが始まる。
*****
……と、意気込んでたんですけどね。
全然ヒロインが現れないんですよ。
どういうこと?
気づけばもう卒業パーティーですよ。
入学してしばらくしてもヒロインが現れないので自ら探してみたけど見つからず。
2年から転入してくるかもと思ったけれど現れず。
3年になってそろそろ来るでしょうと思ったけど現れず。
もしかしてヒロインも転生者で、逆破滅エンド回避のために入学してこないとか?
いやいや安心するのはまだ早い。こういうのは油断した時に現れるのよ。
などと思っていたら卒業式を迎えていた。
破滅エンドを回避するために大人しく目立たず過ごし、友だちも作らず授業が終わったら真っ直ぐ直帰。
3年生になってしばらくすると、私がヒロインのことばかり気にしていたせいか「ヴァイオレット様にはずっと待ち続けている人がいる」という噂が立ち、婚約者のアルビー殿下から「良かった。実は僕もずっと想っている人がいるんだ」と嬉しそうに告げられ、「違う」とは言えず婚約を解消することになった。
卒業パーティーにエスコートしてくれる人もおらず、一人寂しく壁の花になっていた。
私の青春はなんだったの?
私は間違っていたの?
でも前世の記憶を思い出したら、破滅エンド回避に動くのは定番でしょ?
当時はいつも先生と一緒にいたので何も思わなかったけど、今、隣に誰もいない状況に気づくと寂しさが込み上げてきた。
場違いな気がしてそっとバルコニーに出た。
風に揺れるイヤリング。
今日のためにせっかく父が用意してくれたアクセサリーとドレスだけど、見せる人もいない。
申し訳ない。
ふと気配を感じ振り向くと先生がいた。
いつものローブ姿とは違い正装しているので、大人の色気10割増の彼が微笑んでいる。
「麗しいお嬢様、よろしければ私と踊っていただけませんか?」
「……先生踊れるんですか?」
「ひどいですね。私をなんだと思っているんですか?」
「魔法オタク……」
「おたく?」
「いえ、なんでもないです」
「褒め言葉でないのはわかりました。確かに、魔法にのめり込んで臣籍降下するなど褒められた事ではないですからね」
そう、先生は魔法にしか興味のない、魔法の研究のために早々に臣籍降下したという異色の経歴を持つ第二王子様なのだ。
*****
「待て!臣籍降下するってどういうことだ!」
「どうって、王族がその身分を離れて臣下の籍に降りることですよ?」
「なぜそんな事をするんだと聞いているんだっ!」
「兄上もご存知の通り、私は魔法が好きなのです。いえ、好きではなく、愛しています。常に魔法のことだけ考えていたいのです。ですから王族としての勤めも向いていませんし、アルビーもいるので問題ないでしょう」
「アルビーを何歳だと思っているんだ!?」
「はて……確かもうすぐ3歳になろうかと記憶しております。兄上、くれぐれも元気にお過ごしください」
「っお前!待てっ!」
兄上に微笑んで転移魔法で逃げた。
子供の頃から魔法に関する本ばかり読んでいた。
自分で魔法が使えるとわかってからは更にのめり込んだ。
王宮の図書室で誰にも邪魔されないように魔法で姿を消して本を読んでいたら、誰もいないのにページがペラペラと捲られるという怪奇現象の噂が広まってしまい、父にひどく怒られた。
王族ということで政務があり、魔法だけに集中することは許されない。
その上、全く好きでもないどころか会ったこともない人と婚約させられてしまう王族に、少しも未練はなかった。
臣籍降下の話をした時、父は私のことは随分前から諦めていたようであっさり承諾してくれた。
それもこれも兄上が優秀なお陰なので、いずれ恩返しができればいいなと思ったような気がしないでもない。
その足で魔法の研究が進んでいる隣国へ行き、学校へは行かず研究所で魔法の研究に明け暮れた。
そして5年が経ちそろそろ国に戻ろうかと思った時、仕事で来ていたゴードン公爵と偶然会った。
7歳のお嬢さんの魔力コントロールが上達せず苦労しているようだった。
「私がお教えしましょうか?」
思わず口が滑っていた。
なぜそんな事を言ったのか、未だに自分でもわからない。
ただ公爵が私の手を取りぶんぶんと振って喜びを露わにしているので、今さら「口が滑った」とは言えなかった。
国に戻ったことを知られたくない私に公爵は一室を与えてくれ、住み込みで教えることになった。
初めて会ったヴァイオレットはちょっとつり目だが将来間違いなく美人になるであろう顔をしていた。
子供なので我儘なのはいいが、私に好意を持ち熱を帯びた視線を向けて来くるのは正直怖かった。
それがある日、折れた木の枝で頭をぶつけて以来、人が変わったように、いや、本当に人が変わったのだと思う。
何かの書物で「前世持ち」という言葉を見たことがある。
ある日突然前世の記憶が蘇り、今までとは全く違う性格になるそうだ。
大体は年が経つにつれ2つの人格が融合して落ち着くらしい。
彼女はそれではないかと思った。
魔法にしか興味のなかった私に、新たな興味の対象ができた。
真面目に魔法の練習に取り組むようになり、出来るようになると素直に喜ぶヴァイオレットは可愛かった。
毎日のように共に過ごし、妹がいればこんな感じなのだろうと思っていた。
アルビーとの婚約話が出てきた時はめでたい事だと思った。
ヴァイオレットも喜ぶと思っていたのだが彼女は最後まで公爵に断って欲しいと懇願していた。
でも抵抗虚しく婚約が成立した時、彼女は絶望感を漂わせていた。
その後も何かの瞬間にため息が溢れ、向日葵のような彼女の笑顔が減って行くのがなぜだか苦しかった。
ある日、庭のベンチで一人考え事をしている彼女を見つけ、魔法で姿を消して近づいた。
「は〜。これで卒業パーティーで婚約破棄されて修道院送りの未来に一歩近づいちゃった。ゲームの強制力ってどのくらいなんだろう?悪いことしなくても断罪されるのかな?」
ヴァイオレットはひとり言が大きかった。
これまでのひとり言から、ここが「ゲーム」という物の世界に似ているらしく、ヴァイオレットが「ヒロイン」という存在に怯えているということは知っていた。
しかし今回は具体的な情報が出てきた。それだけ切羽詰まっていたのだろう。
13歳の時にヒロインのエミリーがハワード男爵の養子になる。
その後王立学園に入学してエミリーとアルビーが恋に落ちると、理由は不明だがヴァイオレットは修道院送りになるらしい。
ヴァイオレットの憂いを除くにはヒロインを入学させなければいいのでは?
すぐに行動に移した。
ハワード男爵を調べてエミリーの身元を見つけ出し、彼女を平民でも入学できる魔術学校に入学させるべく援助を申し出た。
彼女の母親は恐縮していたが、エミリーは魔術を学びたかった様でとても喜んでいた。
後日男爵が彼女の元を訪れたが男爵の援助が不要な状況になっており、またエミリーが王立学園よりも魔術学校への進学を希望したため、エミリーの母親は養子縁組の申し出を断った。
そしてヒロイン不在を知らずに学園に入学したヴァイオレットは、友だちも作らず真っ直ぐ帰って来た。
可哀想だと思いつつも嬉しいと思ってしまう自分に驚いた。
友だちのいない事を寂しいと思わせないように、学校以外では常に一緒にいる様にした。
しかし、3年になっても彼女の憂いはなくならなかった。
ヒロイン不在なのだからこのままアルビーと婚約していても大丈夫だとは思うが、それでも油断はできないとヴァイオレットがひとり言を呟いたので、アルビーとの婚約解消に一役買った。
婚約解消が成立した時、ホッとしてしまった。
13歳も下の子にあり得ないとずっと思って来た。
しかし、自分の気持ちに戸惑いつつも認めざるを得なくなった。
卒業パーティー用のドレスとアクセサリーを公爵から渡してもらった。
私からだという事は秘密にしてもらった。
本当はエスコートをしたかったが、臣籍降下した際に保留にしていた爵位やその他諸々の手続きに時間がかかっていたので様子を見に行くと兄に捕まってしまった。
私を捕まえるために兄がわざと手続きを止めていたようだ。
転移魔法で逃げようと思えば逃げられたが、今まで散々迷惑をかけたので大人しく説教された。
今、彼女の耳と首には碧色が輝いている。
「とてもよく似合っていますよ」
イヤリングに触れながらそう告げると、彼女は月明かりでもわかるほど顔を赤くした。
*****
先生がイヤリングに触れながら私に微笑みかけている。
あまりの色気に卒倒しそうになる。
いつも距離が近い人ではあるけれど……。
その手が今度は頬に触れる。
壊れものを扱うような優しい触れ方にドキドキする。
そしてその手が流れるように顎に添えられると先生の顔が近づいてきて……気づけば口付けられていた。
えっ?
少し顔を離した先生が言った。
「魔法にしか興味のなかった私が、貴方のことが気になって仕方がないのです」
ちょっと待って!
順番!
告白してからキスじゃないの?
それはもう古いの?
しかも「好き」とかじゃなく「気になる」レベルでキスしていいの!?
両手で押して先生から距離を取ろうとすると
「私のことが嫌いですか?」
と耳元で囁かれた。
無駄にいい声にゾクゾクする。
「っっ!だって『好き』ではなく、まだ『気になる』だけなんでしょ?それなのになんでキスなんてするんですか!?」
自分だけドキドキしているのが悔しくて睨みつけてしまった。
でも先生は不思議そうな顔をして、こともなげに言った。
「魔法と同じくらい気になるというのは、私にとっては『愛している』と同等なのですが?」
「!?愛、して?っっ、そんなの言われないとわかりませんよ!」
「愛しています」
「ひぇっ?」
「愛しています」
「うっ」
「愛しています」
「わっ、わかりましたから!もう大丈夫です!」
止めるまで何度でも言い続けそうな先生を制した。
「すみません……本当に貴方に出会うまで魔法一筋でしたので、普通の恋愛というものがわからないのですよ」
先生は心底わからないという表情をした。
「でも、私みたいなお子様なんて気持ち悪くて対象にもならないんじゃないんですか?」
「どうしてそんな事を思うのですか?」
ゲームの公式ファンブックに書いてあったとは言えない。
「一般的に考えて、そうかなって」
「……ゲームとやらの世界の私が言ったのですか?」
んっ?んんっ?ええっ???
もっ、もしかして先生も転生者なの?
「貴方はひとり言が大きいのですよ」
「えっ!?」
「貴方のひとり言が始まる度に周りに防音魔法をかけてお守りしていたのですよ」
……つまり、先生は転生者ではなく、私のひとり言が全部聞かれてただけって事?
「え〜っと、その、どのくらいご存知なのでしょうか?」
「殆ど知りませんよ。この世界がゲームとやらの世界に似ていることとか?大して知らないので、ヒロインが男爵の養子になるのを阻止して、アルビーとの婚約を解消させるぐらいしか出来ませんでしたよ」
めっちゃ知ってる!って言うか、いつの間に!?
でもそうか、私が断罪されずに済んだのは全部先生のお陰だったんだ。
「でもそれならもっと早く教えてくだされば良かったのに。そうすれば友だちを作って放課後カフェに行ったり、恋バナしたりと青春を謳歌出来たのに」
「そして私以外の人と恋愛をするのですか?」
「えっ?そっ、それはわからないですけど……」
「ふうん、わからないのですか。やはり言わなくて正解でしたね」
するとあっという間に先生の腕の中に閉じ込められた。
首の後ろから回された手が顎に添えられると顔を上向かされ再び唇を奪われた。
今度は深く激しく……。
前世含め、恋愛初心者の私にはいきなり刺激が強すぎる。
息も出来ず、失神寸前でやっと解放されたと思ったら、
「私が唯一興味を持った人なのです。絶対に放しませんよ」
無駄にいい声で囁かれた後、耳を甘噛みされてとうとう限界を超えた。
*****
気づいたら自室のベッドの上だった。
「大丈夫ですか?」
ベッド横の椅子に座った先生が言った。
気を失った私を先生が転移魔法で部屋まで運んでくれたそうだ。
着替えさせられてる……
「着替えさせたのはメイドですよ」
良かった。安心した。
先生がため息を吐きながら言った。
「気を失うほど嫌でしたか?」
「嫌とかではなく、その、初心者なので……」
「ああ、なるほど。では、次は少しだけ軽めにしますね」
なんて答えればいいの?ありがとうございます?って言うのも変よね?お願いします?
そもそも恋愛ものあるあるだと思うのだけど「人を好きになったのが初めて」とか言う男性が、相手をウットリさせるようなキスができちゃうのは何なの?イケメンはスキル「キス上手」が標準装備されているとでも言うの?
「どうしたのですか?」
……聞けるわけないじゃない。
「まあ、もし嫌と言われても、婚約に関してはもう受理されているので覆せないですけどね」
「えっ?婚約?誰がですか?」
「私と貴方に決まっているでしょう」
そういうと先生は婚約受理証明書を取り出して見せた。
いつの間に……。
「私、アルビー殿下の時はサインしましたけど、今回はサインした覚えないんですけど?」
「この国では、未成年者の場合は両親のサインがあれば認められますからね」
なるほど。生まれてすぐ婚約者がいる人もいるものね。
「私が嫌がるとは思わなかったんですか?」
「嫌なんですか?」
「……」
なんだか先生に全てを操られている気がする。
ヒロイン不在や、アルビー殿下との婚約解消は助けられたけど、きっと知らないだけで他にもあるんだろう。
先生の敷いたレールの上を走っているというか、手のひらの上というか。
でも……
「嫌いになりましたか?」
珍しく先生がほんのちょっとだけ不安そうな声音で言った。
「う〜ん、そうですね。全てが先生の思惑通りみたいでちょっと面白くないなとは思いました。でも困ったことに、不思議と嫌ではないんですよね……」
私がそう言うと、先生は思わず見惚れる様な艶っぽい笑みを浮かべた。
「これからも貴方のことは必ず私が守ってみせますよ」
そして、先生の顔が近づいてきて、昨日よりちょっとだけ軽めのキスをされた。
〜fin〜
いつも誤字報告ありがとうございます。
大変助かっております。